いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

YouTubeの広告で、「昔の知り合いがFXで大金持ちになって、『自由な生活』を手に入れている話」が垂れ流されている時代を生きている。


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 仮想通貨なんかやるからだよ、それは「投資」じゃなくて、単なる「投機」「ギャンブル」だから!
 と、知ったようなことを言いたくなるのですが、NHKマイルカップでスタート直後に〇万円が消えてなくなった僕が偉そうに説教できるような話でもないですよね。
 

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 ブックマークコメントでも、辛辣な言葉が並んでいるのもむべなるかな。
 
 とはいえ、僕は仮想通貨とFXはやらないし、株は現物のみ、投資信託とロボアドバイザーで少しずつお金を運用しているのですが、資産運用を本格的にはじめてからこの2年間くらいは、投資をするにはかなり恵まれていた時期ではあると思うのです。
 2年前に買って、1万円プラスになった時点で喜んで売ったゲーム会社の株をずっと持っていたら、今頃は3倍くらいになっていたのに!と悶々とすることもありますし。
 この人も、きっと、最初に買った仮想通貨をそのまま握って放っておけば、けっこう儲かっていたのではなかろうか。
 正直、「この2年間に仮想通貨をやっていて、そんなに損するものなんだろうか……」とも思うんですよね。
 自分のこととなると、適切な時期に買って、良いタイミングで売る」のは本当に難しいのだけれども。

 あと、「家族がいるのに、こんなに借金するなんてバカだな」って言っているのですが、読んでみると、最初は「FXでちょっと1万円くらい遊んでみるか」という感じだったみたいです。
 こういうギャンブル的な投機って、少額で遊び程度のつもりではじめても、熱くなってしまうと天井知らずでお金を遣っていくようになることがある、というのは教訓にしておくべきでしょう。


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 この本のなかに、ギャンブル依存になってしまった人たちの体験談が収められているのですが、彼らは別に「特別な人たち」じゃないんですよね。

 わたしが始めてパチンコ店に行ったのは、短大のときです。一年生の夏休みに、三歳年上の兄が連れて行ってくれました。店の中は騒音でやかましく、タバコの煙が充満していて、こんな所に何時間もいたら病気になると思いました。

 わたしは40代半ばまでは、ごく普通の主婦でした。高校を卒業して農協に勤め、二十二歳のとき伯父の仲介で見合い結婚をしました。相手は6歳年上でタイル工場に勤めていました。仕事人間で、納期が迫ったときなど、残業も休日出勤も断らないような人でした。

 私がパチスロを始めたのは大学二年のときでした。奨学金をもらっていましたが、振り込まれたその日に全部使ってしまうこともありました。そんなときは田舎の母親に電話をして、教科書代が予想以上にかさんだとか、大学のゼミで合宿をしなければならないとか、適当な嘘を言って送金してもらっていました。両親とも大学には行っていないので、大学がどんな所か全く分からないのです。嘘は簡単に通りました。

 私がパチンコにはまり出したのは、高校を卒業してしばらく農協に勤め、四年で転職、事務用品の会社の営業マンになってからです。時間があればパチンコをしていました。休みの日は朝からです。その頃、見合い結婚をしていましたが、残業や休日出勤だといえば、妻も信じていました。


 パチンコ(パチスロ)というのは、本当に「ちょっとした心の隙間」に、するりと入り込んでくるのです。
 この本の前半部分6人のギャンブル依存症患者の体験記なのですが、普通の、というかむしろ、世間では「平凡」であったはずの人たちが、いとも簡単に「ギャンブル地獄」に引きずりこまれていく様子が、赤裸々に告白されています。
 「ギャンブル依存症になった後の彼らの行動」のあまりの酷さに、同情するのも難しいのですが……
 ギャンブル依存は、患者の人格そのものを変えてしまうのだけれども、周囲の人たちは「改心すれば、ギャンブルをやらなくなって、真人間に戻る」と思いこんでしまい、傷口をどんどん広げてしまうのです。


 YouTubeをみていると、動画の広告には「久しぶりに会った昔の知り合いが、FXで大金持ちになって、『自由な生活』を手に入れている話」がけっこう多いのです。
 僕はそういうのを観るたびに、「そんなにうまくいったら苦労しないだろ」と思いますし、「こういうのを子どもたちや若い人たちが、人気YouTuberの動画の合間に観て、少しずつ「ラクに稼ぐ方法があるのなら、ちょっと試してみようかな」と受け入れるようになっていくのかな……」と不安にもなるんですよ。ほとんどの人は、そんなの見ないでスキップしているとは思うのですが、それでも、ちょっとボーっとして流しっぱなしにしているときなどに、心に入り込んでくることはあるはずです。


 「お金がないから、仮想通貨やFXで増やそう」という発想そのものが危険であって、お金って、「資本」が少ないと「うまくいくとものすごく儲かる、リスクの高い方法」を選択しがちになるのです。

 負けが込んでくると、さらにハイリスク、ハイリターンな方法を選ぶようになり、さらに借金が膨れ上がっていく。


 その一方で、いまの世の中って、「頑張って仕事をして地道に貯金をしていっても、そんなに報われないと感じてしまう時代」でもあるのです。


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 以前のエントリの繰り返しになりますが、トマ・ピケティさんが『21世紀の資本』で示した「r>g」とは、こういうことなのです。

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21世紀の資本』の主張は「資本主義の富の不均衡は放置しておいても解決できずに格差は広がる。格差の解消のために、なんらかの干渉を必要とする」というものだ。その根拠となったのが、「r>g」という不等式だ。「r」は資本収益率を示し、「g」は経済成長率を示す。

同書では、18世紀まで遡ってデータを分析した結果、「r」の資本収益率が年に5%程度であるにもかかわらず、「g」は1~2%程度しかなかったと指摘する。そのため、「r>g」という不等式が成り立つ。

この不等式が意味することは、資産 (資本) によって得られる富、つまり資産運用により得られる富は、労働によって得られる富よりも成長が早いということだ。言い換えれば「裕福な人 (資産を持っている人) はより裕福になり、労働でしか富を得られない人は相対的にいつまでも裕福になれない」というわけだ。
富裕層の資産は子どもに相続され、その子がさらに資産運用で富を得続けることができる。もちろん各国で所得再分配政策は行われているものの、ピケティ氏は、多くの富が世襲されていると示唆する。


 どんなに努力をしても、勤勉であっても、「持たざる者」は、「もともと持っている者」に追いつけない世の中になっているのです。
 仮想通貨やFXで一発逆転!という誘惑に抗えない若者たちの気持ちも想像できなくはない。
 このまま真面目に働いても、日本では賃金の上昇は鈍いし、高度成長期みたいに年功序列でずっと会社にいることもできない。お金がないから、結婚もできないし家族もつくれない。このまま漫然と年を重ねていくのは虚しい……
 そういう人たちを「投資という名目の投機ビジネス」はターゲットにしています。
 
 広告みたいにうまくいったら、みんな苦労しないのですが、まあ、だいたいは「自分でうまくやろう」と思うほど手痛い目に遭います。将棋のプロ棋士がAIに勝てなくなったように、個人トレーダーがAIのアルゴリズムに勝つのは難しい。ウォーレン・バフェットさんのように「その人が買えば、みんなもそれを見て同じ銘柄を買うので値上がりする」ような存在であれば話は別なのでしょうけど。

 ただ、「投資」=「悪」「怖い」と言っていられる時代ではないんですよね。
 そもそも、日本政府だって、国民から集めたお金をさまざまな形で「運用」しながら、年金などを拠出しているわけですし。


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誤解(1)投資はリスクが高い

 投資をしない理由で、筆頭に挙げられる声は、「投資のリスクが怖い」というものです。
「せっかく一生懸命に働いて手に入れたお金を、投資をして失うのは避けたい」という損失回避の声が多く聞かれます。


真実(1)「現金投資」のリスクは高い

 これはほとんどの人が誤解している点です。投資はリスクがあると言いながら、現金を持ち続けることこそが、そもそも投資だということを理解していないのです。
 現金という資産に長期投資することほど、リスクが高い投資行動はありません。
 なぜなら、経済ショック後に現金需要が高まったとしても、長期的には現金の価値は確実に目減りするからです。


 「現金を持つのも投資」だという考え方もあるのです。
 個人的には、ひとりの人間にとっていちばん安全な資産運用は「なるべく健康に留意しながら仕事をして定期的に安定した収入を得つづけること」だと思うのです。それだと大金持ちにはなれないとしても。

 多くの日本人も「投資」に目を向けるようになってきたのですが(僕もそうです)、お金のやりとりというのは、ギャンブル的な面白さがあるんですよね。個人的には、株をやるようになって感じているメリットは、「経済」というものを学ぶモチベーションが上がったとか、世の中の動きについて幅広く興味が持てるようになった、ということなのです。
 その一方で、「株価」という、買い手にはどうしようもない数字の動きに(売り買いはできるけれど)、一喜一憂するようにもなりました。ただ、この「株価に一喜一憂する」のは、年齢的にも低空飛行安定みたいだった僕の人生に起伏をつくってくれる「老いらくの恋」みたいな感情でもあるのです。「お金が欲しい」というより「なんかドキドキする」「勝てると気持ちいい」みたいな脳内麻薬放出目的でハマる怖さがあります。
 冒頭のエントリの人も、結局は「ギャンブル依存」だったのではなかろうか。スマートフォンで「投資」ができるようになるというのは、場所や時間の制限がかなり緩くなるわけで、よりリスクと依存性が高くなりやすい。


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 ある調査会社のデータでは、「株式投資で、いちばんプラスリターンになったのは死んだ人、次は株を買ったのを忘れて放置していた人」という、どこまでネタなんだかわからない話があるのです。

 正直、僕がいまあれこれ手を出しているなかで、いちばん好成績をあげているのは積み立てをしているだけいろいろ売り買いして運用してくれるロボアドバイザーなんですよね。下手のトレード、休むに劣る。それでも、タイミングがよかったおかげで、今のところ諸所の投資を合わせてもプラスにはなっています。
 投資とかやっていると、新型コロナ禍のなかでも、お金というのは、あるところにはあるのだな、と感心せずにはいられません。
 新型コロナウイルス日経平均が暴落したときには、「詰んだ……」と思ったのですが、こうして、新型コロナ禍で、仕事がなくなった、と生活に困っている人がいる一方で、日経平均株価は暴落後にどんどん上がって、「すでに持っている」人々の「投資熱」は高まっています。そろそろ「ヤバい」のではないか、と考えている人も増えていそうですけど。


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 むしろ、新型コロナ禍のなかだからこそ、「コロナがおさまれば経済は回復するはず!」という将来への希望を持ちやすいし、国も「とにかく今を乗り切ろう」と公的資金を注入しつづけています。

 しかしながら、実際にコロナがおさまってみると、思ったほど消費は回復しないし(というか、リモートワークに慣れ、ステイホームに馴染んだ人たちのなかには、「こういう生活」をコロナ後も望む人は少なくないはず)、生きのびるために注入した公的資金はなんらかの形で「回収」しなければならなくなる、という「行き詰まり」が待っている可能性も高いと僕は予想しています。
 旅行だって、出発する前日がいちばん楽しい。


 というようなことを書いていたら、今日は、日経平均が800円も下がってる!
 嗚呼……と思いつつ、下がりすぎていて買いの銘柄はないか、と物色する自分に、「病膏肓に入る」とはこういうことか……と思わずにはいられません。

 YouTubeの広告やブログでは「成功体験」ばかりがアピールされがちだから、こういう「失敗してしまった人の話」には価値があると思うし、「自分もこうなる可能性がないわけではない」と考えてみていただきたい。
 多額の借金があると、ずっとお金のことばかり考えていなければならなくなるので、広告の「自由になろう!」に騙されて、お金の奴隷にならないように。
 「自分は『絶対に』騙されない」と思いこんでいる人は、案外騙されやすい。
 しかし、YouTubeのああいう広告って、規制されないのだろうか。

 いまの世の中って、よほど初期パラメーターに恵まれていないと「真面目に働くのも地獄、ギャンブル的な投機をするのも地獄」みたいな状況になりがちで、「マシな地獄を選ぶ」しかないのかもしれないけどさ。


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