いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「離婚してから自分が性格悪いことに気づいた」の人が誤解していること

anond.hatelabo.jp


いまネット界隈でかなり話題のこの『はてな匿名ダイアリー』のエントリについて。

読みながら、これAI?が半分、こういう「理由責め」しないと気が済まない人っているよな、が半分。

僕もけっこう「理由にこだわってしまう人間」だったので、「ちゃんと確認したい」「可能であれば自分でも改善したい」「だから理由を教えてほしい」と思いがちだったんですよ、以前は。

でも、年を重ねるにつれて、少しわかってきたような気がします。
けっきょく、人間の感情なんて、そんな簡単に因果関係を説明できるようなものじゃないんですよ。
あるいは、自分で思い込んでいる「理由」と「結論」は、実際は逆であることが多い。


以前、伊集院光さんが、立川談志さんとのこんなエピソードを語っておられました。

fujipon.hatenadiary.com


『のはなし』(伊集院光著・宝島社)より。

(「『好きな理由』の話」というエッセイの一部です)

 2年ほど前になるか、自分の担当しているラジオの深夜放送に立川談志家元をお呼びした時のこと。もともと古典落語の道をドロップアウトして今の世界に逃げ込んできた僕としては、談志家元は特別な存在で、何より6年間の修行時代にピリオドを打った理由の一つが「名人立川談志」の落語だった。
 仕事疲れか、それが素の状態なのか、不機嫌そうにスタジオ入りした家元。僕は「機嫌を損ねて帰ってしまわないうちに…」とばかりその話をした。
「僕は落語家になって6年目のある日、若き日の談志師匠のやった『ひなつば(古典落語の演目の一つ。短く軽い話で特に若手の落語家がやる話)』のテープを聞いてショックを受けたんです。『芝浜』や『死神(ともに真打がおおとりで披露するクラスの演目)』ならいざ知らず、その時自分がやっている落語と、同じ年代の頃に談志師匠がやった落語のクオリティの差に、もうどうしようもないほどの衝撃を受けたんです。決して埋まらないであろう差がわかったんです。そしてしばらくして落語を辞めました」
 黙って聞いていた家元が一言。
「うまい理屈が見つかったじゃねえか」
 僕はうまいことをいうつもりなんかなかった。ヨイショをするつもりもない。にもかかわらず「気難しいゲストを持ち上げてご機嫌を取るための作り話」だと思われている。あわてて「 本当です!」といい返したが「そんなことは百も承知」といった風に家元の口から出た言葉が凄かった。
「本当だろうよ。本当だろうけど、本当の本当は違うね。まず最初にその時のお前さんは落語が辞めたかったんだよ。『あきちゃった』のか『自分に実力がないことに本能的に気づいちゃった』か、簡単な理由でね。もっといや『なんだかわからないけどただ辞めちゃった』んダネ。けど人間なんてものは、今までやってきたことをただ理由なく辞めるなんざ、格好悪くて出来ないものなんだ。そしたらそこに渡りに船で俺の噺(はなし)があった。『名人談志の落語にショックを受けて』辞めるんなら、自分にも余所にも理屈が通る。ってなわけだ。本当の本当のところは『嫌ンなるのに理屈なんざねェ』わな」
 図星だった。もちろん『ショックを受けて辞めた』ことは本当だし、嘘をついたり言い訳をしたつもりなどなかったが、自分でも今の今まで気がつかなかった本当の本当はそんなところかもしれないと思った。10年もの間、いの一番に自分がだまされていたものだから、完全には飲み込めていないけど。
 いろんな物や人が好きな理由にしたってそうだ。「家庭的だから」「目が綺麗だから」「平井堅に似てるから」「さっぱりしてるから」「デザインに丸みがあって、堅い材質の中にも温かみがあるから」。そんなもの理屈だ。本当の本当は「好きだから」以外の何ものでもない。


われわれは、「〇〇だから好き」という因果関係が正しい、理由があるから好きになるはず、だと思いがちなのです。
でも、実際はたぶん、そうじゃない。

若い頃は、「好みのタイプは?」なんて聞かれることはありますよね。
それで、「やさしい人」とか「誠実な人」とか「顔はこういうのが好み」とか言い合っている。
でも、そういう「条件」と、実際に好きになった人がどのくらい適合しているかというと、「えっ?あんなこと言っていたのに、その相手なの?」と言いたくなることが少なくありません。

場合によっては、「前にうまくいかなかった人と、同じようなタイプに見えるんだけど……」と内心嘆息していることもある。

実際のところ、「理由」のほとんどは後付けではないかと僕はけっこう長い間生きていて感じています。
「〇〇だから好き」は嘘。
「(今は)好きだから〇〇なところをプラスに受けとめられる」だけです。

同じ人間に対しても、熱愛期は「優しい」「おおらか」だったところが、倦怠期、あるいは敵対期になると「優柔不断」「いいかげん」に見えてくる。
こんな人じゃなかった!と思うし、実際、結婚すると変わる人もいるのだろうけれど、実際は、受けとめる側の価値判断基準の変化のほうが大きいのではないかと思います。


僕自身は、人間はまだプログラムが解析され尽くしていないAIみたいなもので、人間の感情なんてものは、フローチャートで説明できる日がそんなに遠からず来るのではないかと考えているのですが、現状、感情というものを完全に予測するのは困難です。


村上春樹さんの、こんな言葉を思い出します。


fujipon.hatenablog.com

(夫婦喧嘩で仲直りするコツは? と聞かれて。2通分)

あなたが平謝りに謝るしかないじゃないですか。コツもへったくれもありません。もう大人なんだから、そんなわかりきったことをいちいち質問しないでください。ただひたすら頭を下げて謝りましょう。それがいちばんです。情けない? 何を甘いこと言ってるんですか。謝っているところをテレビ中継されないだけ、ありがたいと思わなくちゃ。

あのですね、こちらに向かって驀進(ばくしん)してくる機関車に向かって怒鳴ったりはしませんよね。それとだいたい同じことだと思われたらいかがでしょう? 無駄なエネルギーは使わないようにして、身の危険は素早く避ける、これしかありません。人生の知恵です。がんばって平謝りしてください。


冒頭のエントリのような人って、けっこういますよね。
私は「理性的」にふるまっているのに、なぜちゃんと説明してくれないのか、って。

こういう人の大部分は、理性的なんじゃなくて、理屈らしきもので相手を追い詰めて、屈服させたいだけなのだと僕は判断しています。

これまでの人生で、どんなに僕なりに言葉を尽くして説明しても、相手の言うこと、求めることがどんどん変わってきて、「なんて答えたら許してくれるんだ!」とキレたこともあります。
僕自身も、この手の「なんでそんなことをしたの責め」をやってしまったことは少なからずあって、けっこうサディスティックな快感があるんですよね。

もともと、「説明を聞いて納得する」ためじゃなくて、「嫌いな、あるいは嫌いになった相手を『ああ言えばこう言う』で無間地獄に堕とし、うんざりさせる」のが目的なんですよ、これ。自覚してはいないとしても。
しかも、その機能は、特定の相手、とくに身近な人だけに発動されやすい。
だから、詰められている人は「孤立」してしまう。

こういう相手に「ちゃんと理屈で対応しよう」と思ったら、激しく消耗します。そして何の成果もない。
当たり前です。相手にはこちらの話を受け入れる気が微塵もないのだから。
ああいえば、こう反論される、そしてこちらが悪者にされる。
でも、優しい人、良い人ほど、まともに機関車に立ち向かっていくわけです。

僕はある時期から「これ以上はこちらも感情的になってまともに話せなくなるから、今回は終わりにしよう」と、強制打ち切りを発動するようにしました。

「説明責め」をするタイプの人って、相手に「答え」を求めているわけではない。
自分のなかにすでにある「答え」が正しいと思っていて、相手の話なんて、聞いていない。
でも、「ちゃんと理由をきいている」という「正しいスタンス」をとると、真面目な人は逃げづらいことを知っている。

ChatGPTと対話していると、次から次へと「ここを深掘りしたら、もっと面白くなります」とか言って、なかなか話を終わらせてくれないじゃないですか。同じ話がループすることもある。
冒頭の増田さんって、相手からすれば「攻撃的でこちらの話は全く聞いてくれないChatGPT」みたいなものです。
どこかで話を打ち切らないと、延々と「次の問題点」に誘導され、消耗させられるだけ。


結局、「好きなものは好き」「嫌いなものは嫌い」だし、「好きなはずだったけど(理由はうまく説明できないが)嫌いになってしまった」ということもある。少なからずある。

まあ、そういうものだと思ってあきらめろ、と他人には言えるんですけどね、自分のこととなるとそうは割り切れないのも人間だし。

こういう人は、同じタイプの「理詰め厨」みたいな人と付き合えばいいと思うのだけれど、こういう人はえてして、自分が一方的に詰める側になれないのを嫌うんだよね。

世の中には「なんでも自分ばかりやらされる」と怒りながら、他人がやることにはケチをつけずにはいられない、って人はけっこう多い。めんどくさい。


冒頭の増田さんは悪人ではなくて、単に「そういう人」なだけです。
そして、「理由をちゃんと答えない人」もそう。
性格に良いも悪いもありません。でも、関係性において、合う合わないは確実にある。

ネット社会になって感じるのは、言語化がうまかったり、金儲けに特化してうまくやろうとしたりする人が、強くなりすぎているんじゃないか、ってこと。
「理由」をうまく説明する人よりも、ただ、そこにいるだけでなんとなく安心できる人のほうが、周囲にとってはありがたいのに。

増田さんのような人は、距離を保てば理性的で思慮深く、魅力的にみえることもあって、深淵を覗いてしまう人は、後を絶たないのでしょうね。


増田さん、ChatGPTと結婚したらいいんじゃない?


追記:あと、これって「他人を攻撃せずにはいられない人」の亜種ではないかと思いました。

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