株式会社サイバーエージェントの現・取締役会長であり、競馬ファンにはアメリカの競馬の祭典・ブリーダーズカップクラシックを日本馬としてはじめて制したフォーエバーヤングの馬主として知られる、藤田晋さんの著書『勝負眼』のなかに「トランプ型リーダーへの対応法」という回があったのです。
藤田さんは、会社経営、ビジネスの世界での自らの経験から、こんなふうに書き始めておられます。
トランプ大統領が就任してまだ半年(2025年7月)。世界中が彼の言動に不利まわされている。目を疑うような率の関税を各国に課したり、いきなりイランにミサイルを撃ち込んだり、平然と相手国の足元を見るような外交を仕掛けたり。このようなパワーゲームで物事を進めるリーダーは、何をするかわからない怖さがある。パワーゲームとは、政治や経済の場で、その権力や影響力を背景にマウントをとり、威圧、脅しなどで自分のほうに利益誘導することだ。これ、ビジネス社会でも時々見かける光景で、私も会社を大きくする過程で、過去に幾度となくこのタイプの出現に苦労させられた記憶がある。競合企業や主要取引先の新社長に、喧嘩腰で空気を読まないタイプのリーダーが就任したら、関係各所にとっては厄介だ。
特に、国家におけるアメリカのように、業界で強い立場にある大企業、影響力のあるプロダクトを持った会社のトップがこのタイプに代わった場合、身構えなくてはならない。競合に対する攻撃が一層激しくなるのはまず間違いない。勝てる喧嘩があったら自分から仕掛けていくからだ。また、取引先や下請けにあたる人たちにも戦々恐々とする日々が訪れる。トランプのように不当に搾取されていると騒ぎ始め、原価を見直したいと、値引きや取引先の見直しを迫られるかも知れない。もしも新しい社長が、温厚で空気を読む人だったとしたら、もちろん何の問題もない。これまで通り平和な日々が続く。理論的でインテリジェントな人が社長になっても、何も怖くない。
しかし、武闘派で、空気を読まないタイプがきたらはっきり言って手強い。今まで積み重ねてきた関係性のようなものは白紙に戻り、慣例とされていたものは通用しなくなる。関係各所は対応に大わらわとなるだろう。ただ、利害関係者のうち、(短期の)株主だけは拍手喝采となるかも知れない。そういうリーダーが空気を読まずに利益誘導してくれれば、シンプルに当面の業績が上がり、目の前の株価を上げるには手っ取り早いからだ。
起業から、長年ビジネスの世界で丁々発止のやりとりを続けてきた藤田社長(現会長)にとっては、トランプ大統領的な存在は「これまで何度もみてきた、武闘派のトップのひとり」なのです。
もちろん、いち企業のトップと、世界のリーダーのひとりであるアメリカの大統領とでは「スケールが違う」面はあると思うのですが、アメリカ国民は、それを承知の上で、「パワーゲームで物事をすすめるリーダー」を選んだ、とも言えます。
企業経営でも、最近は「株主還元の最大化」を訴える「モノ言う株主(アクティビスト)」とそれに対抗する企業側とのせめぎあいが多くみられるようになりました。
株主としては、株価が上がったり、配当が増えたりすればもちろん嬉しいのだけれど、「現在の利益の最大化」が、企業の研究開発を抑制しすぎたり、資産の切り売りをしたり、リストラで企業文化を壊したりするものであれば、その企業の将来を先細りさせ、中長期的には株主にとってマイナスになることもありえます。
個人株主としては「悪影響が出る前に、上がったところで売ってしまえばいいや」なのかもしれませんが。
トランプ大統領は、「こういうパワーゲームで物事をすすめようとするリーダー」であるのと同時に、やることが極端すぎるし、発言が一貫性に欠ける、とみなされてきており、最近は、トランプ発言であまり株価も動かなくなりました。
イランへの攻撃など、アメリカとイスラエルには「それぞれの事情」もあるのでしょうけど、なぜ今?しかもなんか一方的に民間人も巻き添えにして殴りかかっているようにしか僕には見えないのです(AIに質問したら理由をあれこれ説明してくれましたが)。
長年アメリカの盟友であるヨーロッパ諸国も、トランプ政権への反感をつのらせ、距離を置きつつあります。
イタリアのメロー二首相は、ローマ教皇を批判したトランプ大統領に対して、公然と抗議しています。
それに比べて、われらが高市早苗首相は……
【首相は会談で中東情勢の緊迫化などに言及し、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ。私は諸外国に働きかけて、しっかりと応援したい」と述べた。】
トランプ大統領への飛びつくようなハグの映像をみて、僕は正直「なんだこれ?」と思いました。
「世界の平和をぶち壊している張本人」に、ここまで媚びるのか日本のトップが……
ほんと、情けない、恥ずかしいよ。
同じような意見は、「有識者」やSNSでもたくさん見かけたのです。
国益がからむ戦争を「いじめ」と同じように扱ってはいけないのかもしれませんが、いじめている側に「いじめをやめてみんなを仲よくさせられるのはあなただけ!応援してる!」とか言っているやつがいたら、頭になにかわいているんじゃないか、と言いたくなります。
ところが。
アメリカに留学している僕の身内に「高市首相のアメリカでの評判はどう?」と尋ねてみると、向こうでの評価は、まず「女性にもかかわらず総理大臣になって『ガラスの天井』をぶちこわした。それも、アメリカより先に」というのがまず高市さんに対するアメリカのメディアの論調なのだそうです。「極右」とかいうイメージよりも「女性総理」のインパクトが重視されているのです。
今回のトランプ大統領への態度についても、「日本という大国のトップが情けない」というのはほとんどなく、「彼女の立場を考えたら、仕方がない。うまくやったんじゃないか」とか、「トランプ大統領を刺激して機嫌を損ねないようにするのは合理的ではある」というような、肯定的な意見が多かったみたいです。
もちろん、アメリカ人目線、というのはあるのですが、日本の総理に対して、日本人が「みっともない」と憤っている一方で、アメリカの多くの人は「軍事力の差もあるし、アメリカ軍に守ってもらっている立場だし、トランプ大統領は理屈で説得できるタイプじゃないから、今をやりすごすにはあれが最適解というか、しょうがないよね」とみている。
高市さんを「太鼓持ちかよ!」とか「田舎のスナックのママみたい(古舘伊知郎さん・談)」と批判する声は、アメリカではほとんどないそうです。
イタリアのメローニさんは、いざとなったらEU各国の支援も期待できるだろうし、中東とは比較的近いとはいえ、いくらトランプ大統領に嫌われてもアメリカがイタリアに宣戦するとも思えないし、隣に危険な大国も現時点では存在していない、という「強気に出られる状況」だから、というのはあるのでしょう。
藤田晋さんは、こういうタイプのリーダーについての対処法について、こう書かれていました。
とはいえ、結局そういうタイプのリーダーが長続きしたのを見たことがない。社内外で嫌われたり、恨みを買ったりするからだと思う。クーデターのように追放されることもある。大抵、混乱を経て次にトップに選ばれるのは、周囲と調和できる理性的なリーダーだ。任期が長い創業オーナーでも、たまに利己的で独善的なタイプを見かけるけど、やはり嫌われるからどこかで行き詰まる。結局、ビジネスにおいても誰しもが社会の一員であり、他者への配慮なしに自分だけが身勝手な振る舞いを続けることは許されないということだろう。
そう考えると、自ずと対応の仕方は見えてくる。パワーゲームが好きなリーダーの人気をなんとか耐えてやり過ごせば良いのだ。私自身も、会社をゼロから大きくしてきた過程で、そのような自分たちより強い大企業からの理不尽な要求や、酷い仕打ちをこれまでどれほど耐えたか分からない。腹立たしい相手にも、ぐっと怒りを堪えてきた。
なぜ堪えたか。その理由は簡単で、喧嘩しても勝てないからだ。逆に、喧嘩して勝てる相手が失礼な態度をとってきたとしたら、それは我慢しない。たくさんの人々の生活や資産、その運命を預かる組織の長が、勝てない相手と喧嘩を始めてはいけないと思う。みんなを危険に晒したり、危機に瀕する方向に導くことはリーダーとして間違っている。
ああ、なんだか滅茶苦茶モヤモヤする。
藤田さんがおっしゃっていることは、たぶん「処世術として正解」なのだろうけど、「巨大な力の前には、我慢するしかない。その力が衰えるのを待つしかない」のだろうか。
これを読んでいて、僕は第二次世界大戦前のドイツに対する「宥和政策」のことを思い出しました。
宥和政策の代表例は1938年のミュンヘン会談です。この会談では、チェコスロヴァキアの不参加の下、ズデーテン地方の割譲を認め、ヒトラーの要求に譲歩しました。当時は戦争回避の英雄としてチェンバレンは歓迎されましたが、結果的にナチスの侵略を助長し、第二次世界大戦の引き金となりました
アメリカはドイツじゃないし、トランプ大統領はヒトラーではない。
ただ、ヒトラーを支持した人たちも、最初は歴史にこんなことが起こるとは思っていなかったのではなかろうか。
それこそ「演説が面白い、威勢のいいことを言って元気づけてくれるおじさん」くらいの存在だったのかもしれない。
今の日本人だって、ガーシーを国会議員にしたり、石丸伸二さんを都知事選で次点に支持したりしているわけです。
身も蓋もない話をすれば、「とりあえず我慢して暴風が通り過ぎるのを待つ」戦略は、トランプ大統領やプーチン大統領の年齢を考えれば、正解に近いような気もします。
大統領の任期が延長されたり、トランプ大統領が憲法を曲げて再選されたり、トランプ大統領がアメリカの王になる、なんてことはないでしょうし。
あまりにも朝令暮改がつづいていて、物価も上がり、格差も広がっているトランプ政権に、アメリカの人々も、これまでの「信者」たちも離れつつある、という世論調査の結果も出てきているようです。
それでもやっぱり、個人的には、「正しさ」って何だろう?と、この年齢になっても考えてしまうのです。
トランプ大統領に正論をぶちかまして、目の敵にされるのが処世術的な正解だとは思えないけれど、「言うべきことは言う」ことさえ許されなくなった、そんなことをするのは、ばかげている、というコンセンサスができあがってしまった世界は、あまりにも虚しくはないだろうか。
そして、長い目でみれば、世界がそうなってしまうのは、「人類」にとって悪い傾向ではないのか。
藤田さんは、このエッセイのなかで、こうも述べられています。
これが厄介なのは、今回のトランプ関税のように、目の前の事象だけを捉えれば、国益を損なう! とか間違っているのはトランプのほうだ! などと勇敢な言葉を叫ぶリーダーのほうが、大衆からは一瞬正しいように聞こえてしまうことだ。同様のことは企業内部でも起こり得る。無謀な勇ましさが、憎悪の感情が昂った社員には勇敢なリーダーとして映ることがあるのだ。喧嘩になれば、計り知れない代償を払うことになるのに。
もちろん言うべきことは言わなければならないし、無条件に全面降伏すべきという訳ではない。相手は勝てる喧嘩だから仕掛けてきているのであって、喧嘩を買えば思う壺だ。
その人の任期中だけでもなんとか失点を最小限で済ませる。もしくは別のところで得点を上げて均衡を狙うのが責任ある立場のリーダーが取るべき対応ではないか。
ただ、このように相手が野蛮な場合でも理性的に振る舞っていると、今度はこれを傍目に見ていた第三者からなめられる時がある。この人(会社)は何をやっても怒らないのだなと。その時(なめられた時)ばかりはガツンといかないとダメだと思う。特に、喧嘩して勝てる相手が失礼な態度をとってきた時は、他者へのみせしめも含めて、怒らせると怖いと思わせるような対応をとっておく。
「強きを助け、弱きをくじく」
タケちゃんマンかよ!
……と、世代的にはツッコミを入れたくなるのですが、責任がある立場であればあるほど、みんなを危険にさらすような「蛮勇」に酔ってはいけない、という戒めでもあるのでしょう。
高市さんも、そこまで考えて、あんな太鼓持ちムーブをしたのだろうか。
天然なのかどうかわからないのは、ある意味すごい役者なのかもしれませんね。
この話には、納得できる結論みたいなものはなくて、僕もうまく消化できなくて、これを書きました。
こんなの、「持たざる者」はテロでもやるしかない、と考える人が出てくるのも、わかるような気がします。
そんなことはしてはいけない、というのが「正しい」のだとは思うけれど。








