いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

2020年「ひとり本屋大賞」発表


本屋大賞
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「2019年本屋大賞」は、明日、4月7日の14時に発表されます。
 例年であれば、受賞作家が参加してのイベントで発表されるのですが、今年は新型コロナウイルスの拡散予防のため、オンライン上での発表のみになる予定だそうです。

 残念ではありますが、まあ、パーティ気分じゃないよな、というのも事実です。今年は仕方がない。

 というわけで、今年も人の迷惑かえりみず、やってきました「ひとり本屋大賞」。
 僕が候補作全10作を読んで、「自分基準」でランキングするという企画です。
 あくまでも「それぞれの作品に対する、僕の評価順」であって、「本屋大賞」での予想順位ではありません。
(「本屋大賞」の授賞予想は、このエントリの最後に書いています)


では、まず10位から4位までを。


第10位 ムゲンのi
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 話の支離滅裂さを「夢」とか「トラウマ」とか「精神を操る」とかいうマジックワードで説明されまくると、「ああ、もうそういうのは間に合っているんですよすみませんね」って言いたくなるのは、僕がこれまで、そういう作品を読み(あるいは読まされ)まくってきたからなのでしょう。
 この本と僕は、「本屋大賞」にノミネートさえされなければ、こんな不幸な出会いをしなくても良かったのに……



第9位 ライオンのおやつ
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 この御時世に、「読者を感動させるツボを押すためだけに、人が綺麗に死んでいく話」を読ませられると、かえってイライラしてくるのです。「死」というのものをゆっくり考えたり、美化したりするためには、こちら側にも余裕が必要だということなのでしょうね。



第8位 店長がバカすぎて
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 頼りない店長と安い給料、きつい仕事にうんざりしながらも奮闘する本好きの書店員さん(契約社員)のお話です。
 
 読んでみると、そこそこ面白いし、ちょっとしたどんでん返しもある、ハートウォーミング・お仕事小説、という感じでした。
 まあでも、率直に言うと、
「失礼ですが、『本屋大賞』を選んでいる書店員さんたち、『書店の仕事に関する本』への評価が甘過ぎませんか?」(『謎解きはディナーのあとで』風に)
とは思います。



第7位 ノースライト
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 横山秀夫さんの作品というのは、謎解きメインのミステリというよりは、「うまくいかない人生のなかで、人はどう生きていけばいいのか」を追い求めているように感じるのです。本当のミステリは「事件」ではなくて、「生きることの明暗」みたいなものなのかもしれません。

 良くも悪くも、作者の「ひとりよがり」な小説だと思います。
 でも、僕のような中年男には、「刺さる」んですよ、本当に。
 興味を持たれた方は、最初のほうだけでも、ページをめくってみてください。
 少し読んでみれば、合う、合わないがわかりやすい作品だと思うので。



第6位 むかしむかしあるところに、死体がありました。
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「おとぎ話の世界観をこんなふうに殺伐としたものにしてしまうなんて!」という驚きと、ちょっとした後ろめたさ、みたいなものも含めて、なかなか面白い短篇ミステリ集だと思います。一篇の長さも50ページ弱くらいで読みやすいし。
 個人的には『花さか死者伝言』がいちばん好きだったかな。飼い主想いの動物モノに弱いので(これもけっして「心地よい読後感」ではないけれど)。



第5位 夏物語
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 すごい小説なんですよ、これ。
 なぜ男女はすれ違うのか、人は変わっていくのか、子どもなんて興味がなかったはずの人が、「生む」ことに執着してしまうのはどういうことなのか……
 今の世の中には、家族にもいろんな形があって、「みんなちがって、みんないい」というのが建前になっています。
 でも、「自分の幸せ」というのをそれぞれの人が突き詰めていくと、そこには「家族」というのは存在しないか、あるいは、「邪魔なもの」になっていくのだろうな、と僕は感じているのです。
 
 圧倒的な凄みがある小説だけれど、読んでいて、つらくて仕方がなかった。「素晴らしい小説」だけれど、「僕のための小説」ではなかった、と思います。



第4位 流浪の月
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 この作品のなかでは、自分たちの「常識」で主人公たちを判断し、「加害者」「被害者」という立場を押しつけて排除しようとする人たちのことが描かれています。
 僕は大人になって、世界には「噓や思い込みを本当だと信じ込んで、周囲に撒き散らす人」というのが存在することを知りました。
 でも、この小説に関しては、こういう関係をあっさり「それもアリなんじゃない?」と認めてしまうのも、怖いような気がします。
 それが本人たちの選択であるのならば、どうしようもないのかもしれないけれど。



第3位 medium 霊媒探偵城塚翡翠
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 この本を読む人にお願いしたいのは、この、いかにも「キャラ萌え」を狙ったような城塚翡翠【じょうづかひすい】にうんざりしても、なんとか最後まで読み通してほしい、ということなのです。
 そうすれば、なぜ、この作品が「1位」なのかわかると思うから(絶対的な1位かどうかはさておき、少なくともミステリランキングの上位には値すると思います)。
 「なんでこんなベタなキャラ萌えミステリが高評価なんだ?」
 そう思った時点で、われわれはもう、最初のトラップに引っかかっているのです。
 先入観おそるべし。
 こちら側が「こんなのたくさん読んできたんだよ、もう飽き飽きだ」と「わかった」つもりになることも、たぶん、計算されているのです。
 人は「わかった」「見切った」つもりになっているときに、隙をつくってしまう。



第2位 線は、僕を描く
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 千本ノックのような水墨画のトレーニングに、まったく疑問を感じないし、自分の幸運さに疑問や不安を抱くこともない主人公。
 すごく読み心地は良いし、読後感も素晴らしい。でも、これって、「アート」っていう異世界への転生モノのライトノベルみたいなものなのでは……
 それが「悪い」と言うつもりはないのですが、「これでいいのかな……」と、人生がうまくいかないオッサンとしては、物申したくなるとこともあるのです。
 いや、本のなかでくらい、人生に「救済」があったり、多少苦労しただけで、うまくいくようなことがあっても良いのだろうけど。
 重苦しい「世の中厳しい小説」ばかりじゃ、やっていられないし。
 と、ひとくさりネガティブなことを書いてみたのですが、そんな「物語の骨組みのありきたりさ」はさておき、この小説の「水墨画、あるいはアートに関する描写」は、本当に素晴らしいのです。



第1位 熱源
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 こんな骨太な小説は、久しぶりに読んだような気がします。
 
 命が、軽い。
 北海道でなんとか生活していた人たちが、疫病でバタバタと倒れていく場面を読みながら、僕は唖然としていました。
 予防接種が存在していた時代でも、多くの人がその効果に不安を持っており、積極的に受けようとしなかった。
 その結果、大勢の人たちが、読んでいて、「えっ?」と思うくらい、いきなり命を落としていくのです。
 自然や病の猛威に対して、人間が無力ではなくなってから、まだ100年くらいしか経っていない。
 「いま、不安のなかを生きている人たち」に読んでもらいたい作品だと思います。

 

 というわけで、2020年の「ひとり本屋大賞」でした。
「個人のトラウマからの回復」とか「家族」+感動エッセンス、みたいな小説ばかりが『本屋大賞』にノミネートされているなかで、『熱源』のスケールの大きさは、すごく新鮮に感じました。
 この新型コロナウイルス禍で、自分の周りの世界が変容してしまっているなかで、「個人の問題」を滔々と語られても、「それどころじゃないよ」と言いたくなってしまうのです(僕の場合)。
 『熱源』の疫病で主人公の周りの人たちが、あまりにもあっけなく亡くなり、やってきたことが失われていくのを読んで、感染症の変わらない恐ろしさとともに、いま、2020年の人類は、明治時代の日本に比べたら、はるかに知識も対抗策も持っているのだ、ということを考えずにはいられませんでした。ひとりひとりの人間にはいろんな悲劇が起こるし、それは、いつ自分に起こってもおかしくないことではあるけれど、人類全体としては、確実に進歩してきているし、このコロナ禍も、人類が絶滅しないかぎり、いつかは終わるはずです。

 正直、このタイミングで、「個人の生きづらさ」みたいなものを全力でぶつけてくる小説ばかりのノミネート作を読んでいくのは、けっこうつらいものがありました。
 「今こっちはそれどころじゃないんだよ」と言いたくなってくるのです。
 これは、作品のせい、というより、いまの空気感というか、僕の苛立ちが反映されてしまっているので、フラットな評価ではないのかもしれませんが。
 あと、男であることを責められているようなノミネート作が多かった……

 こういう時期だからこそ、スケールの大きな物語や、思いっきり楽しめるエンターテインメント小説を読みたいなあ。
 


 最後に恒例の順位予想。
1位 線は、僕を描く
2位 熱源
3位 流浪の月


 僕の好みは圧倒的に『熱源』なのですが、「本屋大賞」でウケそうなのは、『線は、僕を描く』だろうなあ、と。『流浪の月』は、もし大賞をとって、多くの「ふつうの人」たちが読んだら、どんな反応をするかみてみたい気がします。


fujipon.hatenablog.com
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線は、僕を描く

線は、僕を描く

medium 霊媒探偵城塚翡翠

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