いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「『本屋大賞』を獲れなかった」本当に面白い歴代候補作10冊を選んでみました。


 先日、2017年の『本屋大賞』が発表され、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』が、直木賞との史上初の「二冠」に輝きました。
 本屋大賞も2017年で14回目となり、僕は第4回から、全部の候補作を読んでいるのですが(第3回は町田康さんの『告白』のみ未読)、大賞受賞作は大きな話題になるものの、それ以外の作品は、けっこう忘れられがちなんですよね。
 そんな「『本屋大賞』を獲れなかった作品たち(って言っても、これだけたくさん本が出ているなか、候補になるだけでもすごいことなんですが)」のなかで、好きな作品を10作、ピックアップしてみました。中には、映画やドラマ化されていて、けっこう有名なものもあるのですが、個人的には、大賞受賞作に引けをとらないというか、こっちのほうが面白かった!というものもあります。
 基本的なルールとして、2017年4月に読んでも楽しめるもの、そして、ひとりの作家につき、ひとつの作品、ということにしています。


(1)クライマーズ・ハイ(2003)
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クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)


 僕は、実際に読むまで、この『クライマーズ・ハイ』という小説は、520名の命が失われた未曾有の大事故を「みんなのために報道する」正義のマスコミが活躍する小説だと思っていました。
 でも、当時「上毛新聞」(作中には、主人公・悠木が属する群馬の地方新聞のライバルとして登場します)の記者として、この事件の報道にあたった横山さんが書かれた物語は、もっと人間的で、「ドロドロした」ものだったのです。
 そこには、「読者のため」というより、「世紀の大スクープを自分の手でモノにするため」にすごい執念で取材を続ける記者たちの姿や新聞社内での派閥争いが、リアルに描かれています。
 「社会のため」「読者のため」「報道の自由」という大義名分を振りかざしているマスメディアを本当に動かしているのは、そういう「クリーンな理由」というよりは、「スタッフの功名心」や「競争心」なのだということがこの小説ではちゃんと描かれているのです。その一方で、彼らは、「報道人としての良識」を完全には捨てきれない人々でもあるんですけどね。



(2)家守綺譚(2004)
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家守綺譚 (新潮文庫)

家守綺譚 (新潮文庫)


 人と接することの煩わしさにウンザリしながら、人のことが気になってしょうがない僕には、とうてい不可能な生き方ではあるのでしょうが、それでも、「こんなふうに、自然に溶け込んで生きるというのも『アリ』なんだよ」という、安全弁みたいなものを、この作品は僕に提示してくれます。
 もちろん、「この小説に書かれているようなことは現実にはない」と思う。でも、こうして小説になっていれば、たぶん、「僕の心のなかには、この世界は存在している」はずなのです。
 梨木香歩さんは、「私は人間が『生きようとする』ための手伝いをできる作品を書きたいと願っている」と常々仰っているという話を小川洋子さんがラジオでされていたのですが、この『家守綺譚』は、まさにそんな作品だと思います。
 大自然の「生」と比較して、人間(生物)の「死」が色濃く描かれているように感じられる作品なのですが、だからこそ、僕はこの小説に「だからこそ、とりあえず生きてみてもいいんじゃないか」と背中を押してもらえるような気がしたんですよね。



(3)死神の精度(2005)
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死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)


連作短編の第1作の『死神の精度』を読んだとき、「なんかベタな展開だしつまんないなあ…」と思ったのですけど、実はその「ベタな展開」が最後の『死神と老女』に繋がっているんだなあ、と、ちょっとだけ、ふーん、と感心していたら、実はもっと大きなリンクがこの連作のなかに隠されていたということが最後にわかるのです。というか、大きなほうのリンクだけだったらこんなに「やられた!」と思わなかっただろうけど、最初に小技と見せて「こんなものか…」とわかったような気になっているところだと本当に効果的だよなあ、と。



(4)風が強く吹いている(2006)
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風が強く吹いている

風が強く吹いている


三浦しをんさんが「スポーツ小説」「青春小説」なんて、悪いものでも食べたのだろうか?と心配になってしまったのですが、バカにしていてすみませんでした、と謝りたい気分です。導入部がやや冗長で飽きそうになりましたが、予選会のあたりからはどんどん盛り上がってきて、箱根では読み終えるのが惜しくなりました。やたらと分厚い本でちょっと手に取るのをためらう方も多いかもしれませんが、ずっと騙されていたくなる素晴らしい「嘘」ですので、興味を持たれた方はぜひ。



(5)赤朽葉家の伝説(2006)
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 題材のインパクトと直木賞受賞によって、『私の男』桜庭一樹さんの代表作として語られがちなようなのですが、僕は「歴史モノ」とか「年代記」が好きなこともあり、こちらの作品のほうが面白く読めました。
 ガルシア・マルケスの『百年の孤独』あたりが、この『赤朽葉家の伝説』の原型なのだと思うのですが、少なくとも、今の日本に生きている僕にとっては、この『赤朽葉家』のほうが、はるかに「実感できる」小説でした。だから『百年の孤独』よりこの小説のほうが優れている、というわけではないんですけど。



(6)新世界より(2008)
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上・下巻あわせて1100ページにもわたる「新世界」。まさに「超大作」と呼ぶにふさわしい作品です。
この本、ストーリーについて触れると面白くなくなってしまうと思われるので、あまり多くは語れないのですが、なんといっても、この「新世界」のシステムや生き物などのディテールの作りこみがスゴイのです。
内容そのものは、そんなに目新しいものではないと思うのだけれど、ここに描かれている圧倒的な「異世界」を体験することが、この小説を読む最大の楽しみなんですよね。
ですから、人によっては、全く「ノレない」小説である可能性も高いです。



(7)横道世之介(2009)
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この物語では、「大学一年生のときの世之介と、その周囲の人々」が描かれていくのに加えて、「20年後の彼ら」が描かれていきます。
ある、ひとりの人物を除いて。
すっかり「大人」になり、まさに僕と同世代になってしまった彼らが「大学一年生の頃の自分と横道世之介」を思い出しているのを読むと、やはり僕自身も大学一年生の頃の自分や、当時自分の周りにいた人たちのことを考えずにはいられませんでした。



(8)猫を抱いて象と泳ぐ (2009)
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正直、ここで小川さんが語られている、リトル・アリョーヒンの人生は、起こった事実だけを年表みたいに並べてみれば、本当に「せつなくて、いたたまれなくて、周りの大きな力にもてあそばれてばかり」のものでしかありません。
にもかかわらず、彼の人生は、すごく静謐で、優しくて、美しい。
小川洋子さんは、読者からすると「登場人物をそんな目にあわせるなんて」というような話を、とても温かい目線で見つめていながらも、「でも、人生はそういうものだから」と冷静に書き切ってしまう「残酷な作家」だと思います。
外見も話しぶりがものすごく穏やかな印象があるだけに、「人の心のなかに秘められたもの」について、考えさせられることが多い人なんですよね。



(9)ピエタ(2011)
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僕がこの作品を読んでいて、いちばん心に響いたところ。
それは、この作品の世界のなかでは、「謎解き」も「どんでん返し」も、「クライマックス」も存在しないことでした。
だから、平板でつまらない作品だというわけではありません。
読んでいると、「ああ、そういうドラマティックなものばかりが人生じゃないし、わからないことをわからないまま死んでいくのも人間なんだよなあ」というのが伝わってくるのです。
「ドラマのような人生」というのがありますが、この作品はむしろ、「人生のようなドラマ」なのかもしれません。



(10)本屋さんのダイアナ(2014)
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本屋さんのダイアナ(新潮文庫)

本屋さんのダイアナ(新潮文庫)


 この小説は、『赤毛のアン』をモチーフにしていて、ふたりの「友情」を描く、きれいな作品だと思い込んでいたのです。
 でも、それだけじゃなかった。
 「女性が、女性として生きていく」ことの難しさや絶望感が、ここにはある。
 でも、それを乗り越えていこうという強さも、秘められている。


 「女性向けの小説」だからこそ、「女性には、こんなふうに世界が見えているのか……」と、思い知らされる作品でした。
 男子高校生とか、娘を持つ父親にも、ぜひ、読んでみていただきたい。
 まっすぐに生きている人間って、まっすぐであることがコンプレックスだったりするのだよなあ。
 人間って、本当に、うまくできていない、と思うのです。



 これを書くにあたって、以前書いた感想などを読み返してみたのですが、『本屋大賞』も最初の頃は、けっこう作品にバリエーションがあったというのと、「同じ人ばかりがノミネートされている」ようにみえる『本屋大賞』も、14回のなかで、栄枯盛衰というか、最近はあまりノミネートされなくなっている作家もいるなあ、と思いました。
 あと、ノミネート作のなかで、面白い作品の割合が、少しずつ低下してきているようにも感じます。
 これは、年によるばらつきもけっこうあるんですけどね。

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