いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

2021年「ひとり本屋大賞」発表


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「2021年本屋大賞」は、明日、4月14日の14時半にオンラインで発表されます。



 昨年に続いて、新型コロナウイルスの影響で、オンライン中継での発表です。

 去年の4月の時点では、まさか1年後もこういう状況が続いているとは思ってもみませんでしたが、これはもう仕方ありません。

 というわけで、今年も人の迷惑かえりみず、やってきました「ひとり本屋大賞」。

 僕が候補作全10作を読んで、「自分基準」でランキングするという企画です。
 あくまでも「それぞれの作品に対する、僕の評価順」であって、「本屋大賞」での予想順位ではありません。
(「本屋大賞」の授賞予想は、このエントリの最後に書いています)


では、まず10位から4位までを。


第10位 滅びの前のシャングリラ
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 作者の「世界観」とか「滅びの美学」みたいなものに共感できる人のための小説なんでしょうね、たぶん。
 というか、この小説には「世界観」だけで、中身がない。「本屋大賞受賞作家!」と書かれた豪華な折箱に入った、スカスカおせち。
「人類滅亡もの」が好物の僕もがっかり。



第9位 52ヘルツのクジラたち
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 主人公の境遇は、たしかに「典型的に不幸」なのだけれど、主人公が移住先で出会った被虐待児に対する接し方を読んでいると、「結局、この人も『自分基準』で他者を解釈して、独善的に『守ってあげようとする』だけ」にしか思えなかったのです。

 そもそも、その子を主人公が「52」って呼ぶのがありえない。
 「52ヘルツのクジラ」云々って言うけどさ、ちょっと誰かに向けて「ねえ、52?」って呟いてみてくださいよ。あるいは、誰かから「こんにちは、52」って話しかけられる場面を想像してもらいたい。

 人から番号で呼ばれるのって、囚人かスパイくらいだろ……



第8位 この本を盗む者は
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 この作品の場合は、読んでみると、「本は、読書は素晴らしい!」というよりは、本の魅力とともに、本に取り憑かれてしまう怖さ、みたいなものも描かれてはいるのです。
 そして、この良く言えば幻想的、悪く言えば非現実的な物語の世界を愉しめるのは、「本や想像の世界が大好きな人」だけなのではなかろうか。
 ミステリなのかと言われれば、密室殺人だと思っていたら、「家の屋根が外れる仕掛けになっていて、クレーンで吊り上げていた」みたいな話なんですよ。



第7位 八月の銀の雪
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 「理系」「すぐにお金にはならないような研究に打ち込んでいる人」が報われないのは事実だと思うけれど、この短篇集を読んでいると、今の若者や就活生たちの絶望を理解できない中高年の「勝ち逃げ」できそうな人たちのための幻想文学みたいでもあるのです。僕もそういう人間のひとりなのかな。



第6位 お探し物は図書室まで
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「どこかで読んだことがあるような、登場人物がリンクしていく短篇連作小説」で、いかにも『王様のブランチ』で紹介〜『本屋大賞』ノミネートされそうな本なんですよ。
 「『王様のブランチ』攻略法」をAI(人工知能)に学習させて書かせたら、こうなりました、みたいな感じ。

 それが悪いわけじゃないし、僕自身、結局のところ、みんなが喜ぶのは「王道のハートウォーミング小説」だし、主人公があまりにも酷い目にあったり、救われなかったりするものは、いまの時代にはウケない、というのもわかります。
 わざわざ本を読んで、モヤモヤした気分にはなりたくないものね。



第5位 オルタネート
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 剥き出しの情欲とか斬新だけれど読みにくい文体だとかよりも、Wikipediaのような「ちょっと賢くなった気がする」文学。

 それが、狙ったものなのかどうかはわからないのだけれど、この作品には、『何者』の時代のような「SNSの闇」みたいな、中高年層に喜ばれそうな否定的な視点ではなく、「SNSにも、テクノロジーにも、メリットがあればデメリットもあって、使い方、使う人の状況次第」というフラットさも感じるんですよね。

 わかりやすい「テーマ」を熱く語るのではなく、登場人物たちの「状況」を淡々と語っているのは、「誰でも主役になれるし、誰も本当の主役にはなれない時代」そのものを描いているのかもしれません。



第4位 逆ソクラテス
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 伊坂さんのデビュー時は、「洒落た会話と、どんでん返しと、爽快な読後感」のイメージが強くて、「すごい人が出てきたなあ」と思っていたのです。
 でも、僕自身は、「あまりにもいろんなことがうまくいきすぎる伊坂幸太郎の世界」に、反発していた時期も長かったんですよね。
 世の中、こんなにうまくいくはずないだろう、って。
(フィクションにそんなことを言うのは間違ってはいるのだけれども)

 伊坂さん自身も、しばらく、「重い」というか、「ハッピーエンドとは言い難い」、苦い後味を残す作品を志向していたように思うのです。

 でも、この『逆ソクラテス』は、そんな迷いを捨てて、あえて、子供たちに「自分が思ったことを言葉にする勇気の素晴らしさ」を書いた作品だと僕は感じました。

 伊坂さんの「善性」というか、「小説を書くことによって、自分がいる世界を少しでも善くしていきたい」という、意志が伝わってくる小説なのです。

 正直、今回のノミネート作のなかで、僕がいちばん好きな小説です。でも、伊坂幸太郎さんの作品のなかでは、中の上、くらいかなあ……とも思うのです。


第3位 推し、燃ゆ
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 「推し」についての概念って、選考委員たちには「今の若者はこうなっているのか……」って新鮮だったかもしれないけれど、僕にはそんなに目新しさはありませんでした。
 でも、細部の表現や比喩が、これだけ行き届いていて、しかも、読みやすい小説って、珍しい。
 
 2021年に生きている活字好きであれば、とりあえず、一度は読んでみて損はしないと思います。話題性、も含めて。

 まあ、「本屋大賞」的には、もう、芥川賞獲っているし、ダブル受賞するほどでは……という感じですが。


第2位 自転しながら公転する
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 仕事に恋愛に介護に……という、いまの結婚適齢期とされる世代の人たちが抱えているプレッシャーやめんどくささも、この小説を読んでいると感じずにはいられないのです。
 すべてうまくやらないと「幸せ」だとみなされない。
 でも、そんな、超高レベルの『テトリス』を延々とプレイし続けるような緊張感あふれる人生が、本当に「幸せ」なのだろうか。

 ……とか、本を読むと思うんですけどね。
「いまの日本人には、下り坂を生きる覚悟が必要だ」なんて言われても、その場では納得しても、「なんでお前らのときだけ上り坂で、俺たちはこんな時代なんだよ、そんなの不公平だろ!」と思い出し怒りをしてしまう。



第1位 犬がいた季節
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 F1ブームの熱狂とか、その時代に流行っていた歌とか、「女の子は『いい大学』に行かなくても、地元のそこそこの大学で十分」と多くの親が考えていた時代のこととか、本当に、いろんなことを思い出すんですよ、これを読んでいると。
 あの時代は、なんであんなに素直に欲しいものを欲しいと言うことができなかったのだろう?(今でもできないんですけどね)
 逆に言えば、いろんなことに不安と不満を抱きつつも、痩せ我慢できていたような気がします。
 あの頃の僕は、今よりも、ずっと「大人」だったのではなかろうか。

 親友や恋人どうしの関係を描くのではなく、誰にでもひとつやふたつはありそうな(まあ、たぶん実際はないんですけど)話ばかりなんですよね。
 「学校」という枠の日常のなかでは、あまり親しくなかった同級生や先輩・後輩と、何かの拍子に濃密な時間を過ごすことがある。
 それをきっかけに親友になった、ということもないのだけれど、「あのとき、なぜかアイツが一緒にいたことが忘れられない。本当に『あのとき』だけだったんだけど……」って。

 

 というわけで、2021年の「ひとり本屋大賞」でした。

 今年の本屋大賞を簡単に言い表すと「当たりが入っていない祭りクジみたいな回」でした。
 次は、すごい作品、「さすが『本屋大賞』ノミネート作!」みたいなのが出てくるのではないか、と願いながら読んでいったのですが、残ったのは、主人公の被害者意識と御都合主義にまみれた「最後にうまくまとまる感動押し売り系連作短編小説」の本の山でした。

 僕の率直な感想としては、今年の「本屋大賞」は、「受賞作なし」なんですよ。
 いちおう順番はつけましたが、積極的にオススメしたい、これは読んでほしい!と熱く語れるような本はないです。
 いや、『推し、燃ゆ』だけは、「時代の産物」として一読しておいたほうが良いんじゃないかな。

 去年の「総括」で僕はこう書いています。

 こういう時期だからこそ、スケールの大きな物語や、思いっきり楽しめるエンターテインメント小説を読みたいなあ。


 コロナ禍のなか、1年が経ったわけですが、今年も『本屋大賞』にノミネートされたのは、「生気を吸い取られる本」ばかりでした。
 むしろこれ、去年よりも、さらに鬱々としてないか?
 いや、鬱々としているのが必ずしも悪いわけじゃないんです。僕も基本的にネガティブ思考の人間ですし。
 でも、こんな「女性の生きづらさをひたすら訴える小説」ばかり『本屋大賞』にノミネートしなくても良いんじゃない?
 『王様のブランチ』とのタイアップ本ばかりが選ばれるのであれば「現場の書店員さんが本当に売りたい本」というコンセプトはもう死んでいるよね。
 少なくとも、これまでの『本屋大賞』では、ノミネート10作のうち2作くらいは「これを読めてよかった!」と思ったのです。
 今回は、はじめて、「ゼロ」でした。これ、本当に全部読んで投票してる?
 もはや、『本屋大賞もプロモートの手段のひとつ」というのが現実なんでしょうけどね。


 最後に恒例の順位予想。
1位 オルタネート
2位 自転しながら公転する
3位 犬がいた季節

 
 今回の予想は、まったく自信なし。
 例年であれば、受賞作は「これかこれ」くらいまでの予想はできているのですが、今年はあまり高くないレベルでの大混戦です。
 「予想」するには面白い回なのかもしれません。


fujipon.hatenablog.com
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犬がいた季節

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