いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

東京都知事選挙と「他人を攻撃せずにはいられない人」

 東京都知事選とその後のネットでのさまざまな反応をみて、この話を思い出しました。

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 このエントリに書かれている野球選手に関するエピソードにはその後疑念が呈されてもいるし、僕自身も自分で見聞きした話ではありません。
 ただ、研修医の話は僕自身が目の当たりにしたことでした。

 これが14年前に書いたのですが、世の中には14年くらいでは変わらないものと、14年のあいだに、だいぶ変わったな(おそらく良いほうに)と感じるところがあります。
 一昔前の偉人、たとえば、スティーブ・ジョブズがあと10年遅く生まれていたら、さまざまなハラスメント疑惑で名声が地に落ちていたかもしれません。

 
 都知事選とその後の石丸伸二さんのインタビュー対応などへの「パワハラ上司みたい」という反応をみていると、話題になった市議会での答弁もこんな感じだったのに、とは思うのです。
 そして、「能力はある。相手によっては小馬鹿にしたような態度ではなく、ちゃんと対話しているから」という意見をみると、いや、そういう「ハラスメント相手を選ぶ」「自分が優位だったり、自分の役に立つ相手には礼儀正しく振る舞える」というのは、ハラスメント常習者によくみられる傾向でしかないのです。


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 僕がここで書きたいのは、ひろゆきさんのように、他者を「論破」する能力というのは、「有能さの証」ではない、ということです。
 エンタメとしては「爽快」なのかもしれないけれど。


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 何度か紹介している本なのですが、「あの人は仕事ができるから、周りにイライラして当たり散らしても仕方がない」と諦めている人たちに、ぜひ読んでみていただきたいのです。

 アメリカ心理学会(APA)の試算によれば、職場のストレスによってアメリカ経済にかかるコストは1年に5000億ドルにものぼるという。なんと仕事上のストレスが原因で毎年5500億円もの就業日が失われ、職場で発生する事故の60~80パーセントはストレスが原因で、アメリカ人の通院の約80パーセント以上がストレスに関係しているとも言われる。
 アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の報告によると、日々ストレスを感じながら仕事をしている労働者は、そうでない労働者に比べ、医療にかかるコストが46パーセント高いという。
 そしてストレスの大きな原因のひとつとなっているのが人間関係の問題である。ストレスの半分はこれが原因だ。
 無礼な人間が害になるのは、医療費が高くなり、病欠が増えるからだけではない。17の業界の800人の管理職、従業員を対象に、私が同僚のクリスティーン・ピアソンとともに実施した調査では、職場で誰かから無礼な態度を取られている人について次のようなことが言えるとわかった。



・48パーセントの人が、仕事にかける労力を意図的に減らしている。
・47パーセントの人が、仕事にかける時間を意図的に減らしている。
・38パーセントの人が、仕事の質を意図的に下げている。
・80パーセントの人が、無礼な態度を気に病んでしまい、そのせいで仕事に使うべき時間を奪われている。
・63パーセントの人が、無礼な態度を取る人を避けるために仕事に使うべき時間を奪われている。
・66パーセントの人が、自分の業績は低下していると答えている。
・78パーセントの人が、組織への忠誠心が低下したと答えている。
・12パーセントの人が、他人の無礼な態度が原因で転職をした経験があると答えている。
・25パーセントの人が、無礼な人にストレスを感じたせいで顧客への対応が悪くなることがあると答えている。


 無礼な人間のせいで企業が利益や社員を失ったとしても、その多くは目に見えず、誰にも気づかれない可能性がある。誰かのひどい態度のせいで仕事を辞める決心をした人の多くは、雇用主に本当の理由を言わない。離職者が多いと、それに伴うコストが跳ね上がることになる。特に辞めるのが能力の高い社員である場合には、その人の年収の4倍ものコストがかかる場合もある。
 無礼な態度の人が職場にいると、管理職の時間もそれによって奪われることになる。フォーチュン誌に掲載された人材派遣会社アカウンテンプスの調査結果によれば、フォーチュン1000企業の管理職、幹部は、社員間の人間関係の修復、あるいは無礼な人間による悪影響への対応のため、職場での時間の実に13パーセントを奪われているという。


 「礼儀正しいだけの無能」を揶揄する人は多いし、これまでの権威をぶち壊してくれるような人の登場を望む気持ちは、僕にもあります。
 人脈と談合で進んでいく「政局」なんてクソ食らえだし、何かを劇的に変えてほしい。
 
 なんだか、小泉さんが郵政民営化を訴えて衆院選で圧勝した時のことを思い出しました。
 僕もあの時は小泉さんに「期待半分、面白そう半分」で投票したのです。
 正直、小泉政権規制緩和が日本にとってプラスになったのかどうか、今でもよくわからない。
 日本が「世界基準」の競争社会に近づいたのは確かで、あれがなければ、経済的鎖国、みたいな感じだったのかもしれません。
 その一方で、格差は広がっていった。
 郵政は民営化で経営は改善されたのかもしれないが、利益や成績を追い求める姿勢は強まり、高齢者への保険の不正勧誘がまかり通るようになってしまった。
 時間差があっても、それが可視化される世の中になったのは、プラスなのかもしれませんが。

 
 石丸さんは、あんなふうにテレビでインタビュアーの言葉尻を捉えて(というか、まともに捉えているとも思えないが)突っかかってしまう光景を日本中に晒してしまう影響を考えられないくらいの能力しかないんだな、と僕は思ったし、少し安心もしたのです。
 もっと狡猾で有能な人物であれば、「テレビを観る層」を意識して、礼儀正しく振る舞ってみせたはず。
 ネット戦略に特化しすぎて、支持者しか見ない舞台での称賛に慣れすぎていて、テレビでも同じようにやればいいだろ、と楽観していたのだろうか。

 ある意味「ポピュリスト政治家」としての限界をいきなり晒してしまったようにも見えます。
 小池さんや蓮舫さん、その支持者へのカウンターとして2位になるのは良い、でも、トップに立たせたら危うい。
 そういう意味では「2位」は有権者のバランス感覚のたまものではある。みんなの意見は、案外正しい。
 

 『Think CIVILITY』の著者は、「採用する際の、無礼な人の見分け方」について、こんなエピソードを紹介しています。

 礼節に関する話をする時の志望者の表情や仕草はどうだろうか。しかめ面をしていないだろうか。落ち着きがなくなったりはしていないか。あなたの会社の価値観に合う人だと感じられるだろうか。
 その人が会社の価値観に合わないのだとしたら、そのことはできるだけ早くわかった方が良い。志望者が面接に訪れた際には、面接官以外の社員と接触する機会もあるだろう。その時の態度も注視すべきだ。
 たとえば、駐車場の案内係に対して、志望者はどういう態度だったか。受付係や、アシスタントに対してはどうか。腰が低く、優しかったか、それとも横柄で見下したような態度だったか。
 私は多数の企業の人事担当者から話を聞いたが、彼らによると、就職志望者についての最も有用な情報は、空港に車で出迎えに行った社員や、入り口で出迎えた受付係などから得られるという。


 こういうことは、採用する側だけではなく、採用される側も、知っておいて損はないと思います。
 もちろん、選挙で投票する側も。

パワハラ体質だけど有能な人」の時代は、とっくの昔に終わっているのです。
「有能だからハラスメントも仕方ない」は、もう許されない。
「せっかく能力があるんだったら、メンタルトレーニングでハラスメント気質をセルフコントロールできるようにするべき」だし、それができない人は、リーダーになる資格はないと思うのです。

 でも、アップルの株価は上がり続けているじゃないか!って、これを書きながら思いついたので、世界っていうのは難しい。


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