いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

どなる上司の禁書目録


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 正直に言うと、「気持ちはわかる」のです。
 でも、こういう「怒鳴ってしまう状況」を続けるのは、職場にとっても、本人にとっても、部下にとってもマイナスでしかありません。
 おそらく、本人もそれに気付いているから、こうして「はてな匿名ダイアリー」に書いているのでしょうけど(とはいっても、『はてな匿名ダイアリー』には、いわゆる「釣り」も多いので、これもその一つの可能性は十分あります。とりあえず、これを読んで僕が書きたくなったことがあるので書いています)。

 もしこれが実際に起こっていることならば(たぶん、これが「釣り」でも、同様のことはまだ、日本中で起こっていると思う)、増田さん(『はてな匿名ダイアリー』の著者)には、『Think CIVILITY』という本を読むといいですよ、とお伝えしたい。


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 アメリカ心理学会(APA)の試算によれば、職場のストレスによってアメリカ経済にかかるコストは1年に5000億ドルにものぼるという。なんと仕事上のストレスが原因で毎年5500億円もの就業日が失われ、職場で発生する事故の60~80パーセントはストレスが原因で、アメリカ人の通院の約80パーセント以上がストレスに関係しているとも言われる。
 アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の報告によると、日々ストレスを感じながら仕事をしている労働者は、そうでない労働者に比べ、医療にかかるコストが46パーセント高いという。
 そしてストレスの大きな原因のひとつとなっているのが人間関係の問題である。ストレスの半分はこれが原因だ。
 無礼な人間が害になるのは、医療費が高くなり、病欠が増えるからだけではない。17の業界の800人の管理職、従業員を対象に、私が同僚のクリスティーン・ピアソンとともに実施した調査では、職場で誰かから無礼な態度を取られている人について次のようなことが言えるとわかった。


・48パーセントの人が、仕事にかける労力を意図的に減らしている。
・47パーセントの人が、仕事にかける時間を意図的に減らしている。
・38パーセントの人が、仕事の質を意図的に下げている。
・80パーセントの人が、無礼な態度を気に病んでしまい、そのせいで仕事に使うべき時間を奪われている。
・63パーセントの人が、無礼な態度を取る人を避けるために仕事に使うべき時間を奪われている。
・66パーセントの人が、自分の業績は低下していると答えている。
・78パーセントの人が、組織への忠誠心が低下したと答えている。
・12パーセントの人が、他人の無礼な態度が原因で転職をした経験があると答えている。
・25パーセントの人が、無礼な人にストレスを感じたせいで顧客への対応が悪くなることがあると答えている。


 無礼な人間のせいで企業が利益や社員を失ったとしても、その多くは目に見えず、誰にも気づかれない可能性がある。誰かのひどい態度のせいで仕事を辞める決心をした人の多くは、雇用主に本当の理由を言わない。離職者が多いと、それに伴うコストが跳ね上がることになる。特に辞めるのが能力の高い社員である場合には、その人の年収の4倍ものコストがかかる場合もある。
 無礼な態度の人が職場にいると、管理職の時間もそれによって奪われることになる。フォーチュン誌に掲載された人材派遣会社アカウンテンプスの調査結果によれば、フォーチュン1000企業の管理職、幹部は、社員間の人間関係の修復、あるいは無礼な人間による悪影響への対応のため、職場での時間の実に13パーセントを奪われているという。


 「叱責されて反発心から頑張る」なんて人は、実際にはほとんどいないのです。
 大概は、やる気を失ったり、仕事が嫌になって辞めたりしてしまう。顧客への対応が悪くなることもあります。
 増田さんが、どんなに厳しく「指導」してもできない部下に苛立つ気持ちはわからなくもないけれど、その「指導」によって、かえって職場全体の生産性を落としていることが多いのです。

 以前勤めていた職場に、救急のエキスパートの医者がいたのですが、救急対応の現場でスイッチが入ってしまうと、ものすごく気が立って、周りに暴言を吐き散らす人だったんですよ。仕事はものすごくできたし、救急をやってくれる医者というのは貴重なので、周りも何も言えなかったのですが。
 普段は普通に話せる人だったけれど、スタッフからはひたすら怖がられていました。
 僕はその病院に少ししかいなかったのですが、後日、風の噂で、その病院は救急受け入れをやめた、と聞きました。


 「暴言を吐いていた有能な経営者」といえば、スティーブ・ジョブズを思い出します。
 しかしながら、ほとんどの上司はジョブズではないし、部下もアップルの社員ほど有能ではありません。そもそも、そのアップルの社員も多くの人がジョブズとの軋轢に耐えかねて辞めています。

 スティーブ・ジョブズは正しかったのか?
 
 
 結果をみれば、スティーブ・ジョブズは偉大な経営者だったとしか言いようがないですし、こういう「凄すぎる例外」がいるからこそ、「でも、あの人は有能で欠かせない存在だから……」と周囲も思い込んでしまう面もあるのです。


 まあでも、「態度だけジョブズ」って人、けっこういますよね……

 ただ、個人的な経験からすると、僕自身もやる気に欠ける職業人生活をおくっている途中で、かなりプレッシャーをかけて強引な指導をしてくれた上司のおかげで、ネジを巻き直して、なんとかこの年まで食べていけるくらいの技量を身に付けることができた、という自覚もあるのです。
 やったこともない手技を、もうけっこういい歳した中堅に、みんなの前で、いきなり「じゃあお前がやってみろ。見ててやるから」なんて言われる日々は、本当にきつかった。しかしながら、もしあの人に出会わなかったら、「やったことないですから」で、ずっとスルーしつづけて、何もできないまま年ばかり重ねていったと思います。誰でも、いまがいちばん「若い」んだよね。
 あれは「パワハラ」だったのか、「ありがたい指導」だったのか?

 なんのかんの言っても、その上司には、いまは感謝しているんですよね。あのときは、毎日「寝たら明日になる」のがつらかったけど。


 結局のところ、同じことをやっても、受け手が乗り越えられて成果を得られれば「鍛えてもらった」ことになり、潰れてしまったら、「パワハラ」になってしまう面もある。
 
 まあでも、「厳しく指導する」のと「怒鳴る」「暴言を吐く」のは違うよね。「違う」ことがわからない人も多いけれども。
 「静かに逃れられない圧をかけてくる」ほうが怖いこともある。

 
 また長くなってしまいそうなので、手短に書きますが、『Think CIVILITY』には、「職場で怒鳴ったり暴言ばかり吐いていた人が、自分の言動を記録したり、周囲からフィードバックしてもらったりして、『更生』した話」が紹介されているのです。
 最初は自分のネガティブな面に向き合うのはつらかったようですが、本気で変わろうとすれば、数ヵ月くらいのトレーニングで、劇的な効果があったそうです。

 それで、本人はストレスが溜まって消耗したかといえば、そうではなくて、他者に礼儀正しく接することによって、周りからも親しみをもたれるようになり、本人のモチベーションや幸福度も上がったとのことでした。周りをバカにしたり、ギクシャクしたなかで仕事をするよりは、敬意や親しみがあるなかで働いたほうがいい、ということなのでしょう。
 

 職場でずっと苛立っていたり、暴言を吐いたり、パワハラをしたりする人って、その人の「性格」だとか「ストレスの多い仕事だからしょうがない」とか思われがちなのですが、その人自身や周囲の「こういう人間なんだ」という思い込みが、パワハラを助長しているのです。


 ……と、冷静っぽく書いてきましたが、僕自身も、年齢とともに、些細なことに苛立つことも多くなりましたし、きつい職場だと「こんな働きかたは無理だ……」と嘆いていたのに、比較的ラクな職場に移ってみると「みんな使えねー(心の声)」と思ってしまう人間なのです。
 そういうときには、「同じ職場で働いているってことは、傍からみれば、僕も似たようなものなんだよな」「めんどくさいことをやるから給料をもらえているのだ」と自分に言い聞かせています。

 「部下が無能」なのが不満なら、増田さんがGoogleとかAppleとかに就職すればよかったんですよ。身も蓋もない話ですが。


 僕自身、自分がちょっとしたことで、イライラしたり、カッとしたりしてしまうことにずっと悩んでいました。
 当直の夜に、一睡もしていないのに次から次へと救急車が入ってきたときなどは、身体も心もボロボロで。電話をベッドに投げつけた夜もありました。
 元から、「予定外の仕事」が入ってくるのが苦手だったのに、よく続けてこられたと思います。運がよかった、それだけです。

 それに対して、僕は自分の精神力や心構えの問題だと、自分を責めてきました。
 責めたって、どうしようもなかったのですけどね。


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 結局、今は「イライラを抑える薬」を常用しながら過ごしています。
 劇的に効くような薬じゃなさそうですが、カッとして怒り指数が急上昇しそうなときに、怒りがガラスの天井みたいなものにコツンと当たって落ちてくるみたいな感覚があります。

 なんだと!!!  (コツン) ……うーん、まあいいか、これで給料もらって食わないといけないしな……

 
 女性の更年期障害は広く知られていますが、男性にも更年期があるのです。
 いろんな考え方があるとは思うけれど、長年「制御できない自分の怒りや苛立ち」に悩んでいるのであれば、(合法的な)化学物質(薬)を試してみても良いと思います。
 人間の感情だって、脳内麻薬とかに制御されているわけですし。
 少なくとも、僕はこれでだいぶラクになりました。
 実際に効いているのか、「薬を飲んでいるからマシになるはず」という安心感が大きいのかはわからないのですが、僕くらいの年齢になったら、もう、給料日まで騙し騙しやっていく、でもいいんじゃないかと。


 あと、僕自身でいえば、「比較的ラクな職場」で、当直や救急をやらなくてよくなったおかげで、怒りや苛立ちはかなり軽減されました(救急医療に関しては、臨床をやっているかぎり、完全に縁を切ることはできないとしても)。
 不眠とか過労は、人を壊すのです。
 そういう意味では、僕は医療をやろうという人には、なんらかの方法で体力をつけておくことをおすすめしたい。きつい状況で最後に物を言うのは体力的な余力だし、頭が良くても、身体がもたずにドロップアウトしてしまった人を大勢みてきたので。
 どんなに精神的・身体的にキツイ状況であっても、あなたが吐いた暴言やいいかげんな仕事は、けっしてあなたを許してはくれません。


 転職や仕事のやり方を変えることって、僕もやってみるまでは不安だったし、できないんじゃないか、と思っていました。
 でも、実際にやってみれば、けっしてできないことではない。
 もちろん、僕の場合は資格が活きた、というのが大きいのですが、この世界で、いま、自分がやっていることが、自分にいちばん向いていることなのか?と考えると、確率的にはそうではない可能性のほうが高いですよね。
 まあ、そういうのって、婚姻と一緒で、「自分の縁に従う」ことができれば、そのほうが幸せなのかもしれないけれど。


 冒頭の増田さんが書いていることが事実で、本人に「変わる意思」があるのなら、方法はたくさんあるということを伝えたい。

 僕自身は、「怒鳴られ、詰められた上司」のなかに、すごく感謝している人もいるので、一概に「彼らが悪い」と言い切ることはできません。

 でも、これだけは言えます。
 今の時代に「怒鳴る上司」は流行らないし、われわれが生きているあいだに再流行する可能性も限りなく低い。


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