いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

新庄剛志さんの「上機嫌な生き方」の素晴らしさが、昔の僕には理解できなかった。


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 48歳の新庄剛志さんが、15年ぶりのプロ野球選手復帰をめざして、2020年12月7日にトライアウトを受験しました。
 3打席凡退のあと、最後の4打席目で、見事なレフト前タイムリーヒット
 ネットでもけっこう話題になり、やっぱり「持っている人」だなあ、と僕も少し嬉しくなりました。
 
 新庄選手は僕と年齢が近いのですが、僕は新庄のあの傍若無人な態度、昔はあまり好きではありませんでした。むしろ、「野球選手なんだから、もっと真面目に野球やれよ!」「格好ばっかりつけやがって!」というような、否定的なイメージを抱いていたのです。その感情のなかには、あんなに「自由奔放」にもかかわらず、世間から「叩かれる」なんてこともなく、かえって愛される新庄剛志という人間への妬みの成分も含まれていました。
 でも、メジャーリーグから日本ハムに入団し、チームを優勝に導いていったのをみて、僕にもなんとなく、新庄剛志という人間の魅力がわかってきたのです。考えてみれば、新庄って本当に「サービス精神」の塊のような人なんですよね。あのバカっぽくて何も考えて無さそうなポジティブさというのは、「裏表のない率直な人柄」なのだし、本当に「みんなを喜ばせるのが大好き」なのが伝わってきます。難しそうなことを言って他人を否定ばかりしがちだった昔の僕にはよくわからなかったのだけれど、人の世には、たぶん「太陽」が必要なのです。「とにかく、難しく考えてばっかりじゃなくて、楽しくやろうぜ!」っていうお手本を見せて、みんなの気分を明るくしてくれるような。
 引退した年の新庄を見ていると、けっこう元気が出てきていたんですよ。相変わらずバカだなあ、でも、こいつスゴイなあ!って。
 僕の上の世代にとっては、長嶋さんがまさに、そういうタイプだったのではないかと思うのです。


「上機嫌の作法」(齋藤孝著・角川oneテーマ21)という本のなかで、著者は「上機嫌なひと」の代表的存在として、新庄選手を挙げています。


上機嫌の作法 (角川oneテーマ21)

上機嫌の作法 (角川oneテーマ21)

 プロスポーツの世界は上機嫌な人材の宝庫ですが、今のプロ野球でナンバーワンの上機嫌男といえば新庄剛志選手です。彼には、次にどんな行動に出るか、何を言い出すか予測できない面白みがあります。
 たとえば、阪神時代には、「ジーパンが似合わなくなるから」という理由で、下半身強化のトレーニングを拒否したことがありました。
「センスないから(野球)辞めます」「僕はJリーガーになりたい」と引退宣言したかと思うと、数日後には撤回したことも。
 そうかと思うと、突然FA宣言をし、阪神からの5年12億という提示を蹴って、2400万円でメジャーリーグニューヨーク・メッツに入団する。「結果はどうあろうと、俺の人生なんで、楽しもう」。欲得を度外視した潔さ、これぞ新庄選手らしい上機嫌です。そして「新庄はメジャーでは通用しないだろう」という大方の予想を覆し、最初の打席でヒット、ホームでの初ヒットがホームランといった華のある一面を見せるのです。しかし、当の本人は通用するかしないかなど全く意に介さず、ただ楽しめるか楽しめないかを尊重して野球をやる。
「記録はイチロー君に任せて、記憶は僕に任せてもらってがんばっていきたい」と語ったこともありました。
 昨シーズンからは「ハムの人になります」と北海道日本ハムファイターズに入り、「これからはセでもメジャーでもなく、パ・リーグです」と言ってファンの注目を集めています。
 目立つことや、人から注目を浴びることが大好きな新庄選手の場合、もともと天然の上機嫌気質を持っているといえそうですが、彼の言葉には、みんなを楽しませよう、喜ばせようという気持ちが非常に強い。そのためには、進んで自分を笑い飛ばそうとする。サービス精神が旺盛なのです。
 野球一筋にやってきた人間らしからぬ発言がポンポンと飛び出してくるのも、新庄ならでは。野球少年には「女の子にモテるように、カッコよくプレイしろ」とアドバイスする。「うまくなっていいとこ見せよう」という気持ちがあれば努力するし、上達もするから。一見「ええ格好しい」のお調子者のように聞こえますが、「カッコよく見せる」ことは自分を客観的に見る目がなければできません。ただの能天気ではないのです。


 新庄選手というのは、実は、ものすごく「気配りの人」でもあるそうです。日本ハムに入団したときには、背番号を譲ってくれた選手にすぐにお礼とお詫びの電話を入れたとか、今年も開幕の際に、こっそり楽天の野村監督に挨拶に行ったとか。考えてみれば、本当に「他人の心が分からない人」に、みんなを喜ばせるパフォーマンスができるはずもないんだよなあ。そして、野村監督もインタビューで話しておられましたが、新庄選手の本当にスゴイところは「守備と肩と足」だったそうで、成績にもあらわれているように、けっして「ホームランバッター」ではなかったんですよね。


 僕にとっては人生というのは、基本的にあまり面白いものではなくて、ずっと眉間に皺を寄せて生きてきたような気がします。
 長男に「お父さんは、ときどきすごく怖い顔をしている」と言われたのは、けっこうショックでした。
 ずっと何か考え事をしてしまう癖があるのと、物事をネガティブに受けとめやすいところもあるのです。
 昔の僕は、新庄選手をみて、「いいなあ、何も考えてなさそうな人は」とか思っていたのだけれど、実際のところ、新庄選手自身は、『しくじり先生』に出演したときに語っていたように、人生でとんでもない「やらかし」もあったし、傍からみれば「転落人生」みたいな感じもするのだけれど、本人はただ、明るく、機嫌よく生き続けています。
 こういう人って、なかなかいないですよね。「巨人ファンじゃないけど、長嶋さんは好き」という人が多いのも、今の僕にはわかる。


 実際、周りからみれば、いくら有能でも「いつ爆発するかわからない不機嫌な人」と一緒に仕事をするのは、とてもストレスになるし、チーム全体のパフォーマンスにも影響するのです。


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 この本には、こんなことが書かれています。

 アメリカ心理学会(APA)の試算によれば、職場のストレスによってアメリカ経済にかかるコストは1年に5000億ドルにものぼるという。なんと仕事上のストレスが原因で毎年5500億円もの就業日が失われ、職場で発生する事故の60~80パーセントはストレスが原因で、アメリカ人の通院の約80パーセント以上がストレスに関係しているとも言われる。
 アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の報告によると、日々ストレスを感じながら仕事をしている労働者は、そうでない労働者に比べ、医療にかかるコストが46パーセント高いという。
 そしてストレスの大きな原因のひとつとなっているのが人間関係の問題である。ストレスの半分はこれが原因だ。
 無礼な人間が害になるのは、医療費が高くなり、病欠が増えるからだけではない。17の業界の800人の管理職、従業員を対象に、私が同僚のクリスティーン・ピアソンとともに実施した調査では、職場で誰かから無礼な態度を取られている人について次のようなことが言えるとわかった。


・48パーセントの人が、仕事にかける労力を意図的に減らしている。
・47パーセントの人が、仕事にかける時間を意図的に減らしている。
・38パーセントの人が、仕事の質を意図的に下げている。
・80パーセントの人が、無礼な態度を気に病んでしまい、そのせいで仕事に使うべき時間を奪われている。
・63パーセントの人が、無礼な態度を取る人を避けるために仕事に使うべき時間を奪われている。
・66パーセントの人が、自分の業績は低下していると答えている。
・78パーセントの人が、組織への忠誠心が低下したと答えている。
・12パーセントの人が、他人の無礼な態度が原因で転職をした経験があると答えている。
・25パーセントの人が、無礼な人にストレスを感じたせいで顧客への対応が悪くなることがあると答えている。


 無礼な人間のせいで企業が利益や社員を失ったとしても、その多くは目に見えず、誰にも気づかれない可能性がある。誰かのひどい態度のせいで仕事を辞める決心をした人の多くは、雇用主に本当の理由を言わない。離職者が多いと、それに伴うコストが跳ね上がることになる。特に辞めるのが能力の高い社員である場合には、その人の年収の4倍ものコストがかかる場合もある。
 無礼な態度の人が職場にいると、管理職の時間もそれによって奪われることになる。フォーチュン誌に掲載された人材派遣会社アカウンテンプスの調査結果によれば、フォーチュン1000企業の管理職、幹部は、社員間の人間関係の修復、あるいは無礼な人間による悪影響への対応のため、職場での時間の実に13パーセントを奪われているという。


 大概の人は、怖れられ、敬遠されるよりも、親しみをもたれ、敬愛されるほうが居心地が良いし、仕事のモチベーションも高まるのです。

 著者は、「採用する際の、無礼な人の見分け方」について、こんなエピソードを紹介しています。

 礼節に関する話をする時の志望者の表情や仕草はどうだろうか。しかめ面をしていないだろうか。落ち着きがなくなったりはしていないか。あなたの会社の価値観に合う人だと感じられるだろうか。
 その人が会社の価値観に合わないのだとしたら、そのことはできるだけ早くわかった方が良い。志望者が面接に訪れた際には、面接官以外の社員と接触する機会もあるだろう。その時の態度も注視すべきだ。
 たとえば、駐車場の案内係に対して、志望者はどういう態度だったか。受付係や、アシスタントに対してはどうか。腰が低く、優しかったか、それとも横柄で見下したような態度だったか。
 私は多数の企業の人事担当者から話を聞いたが、彼らによると、就職志望者についての最も有用な情報は、空港に車で出迎えに行った社員や、入り口で出迎えた受付係などから得られるという。


 面接会場でとりつくろって見せても、「本質」はどこかで露見してしまう。
 就職希望者は、その会社に入った瞬間から、すでに「評価」されているということを知っておくべきなのでしょう。


 新庄選手が引退を発表したあと、日本ハムが快進撃を続け、日本一になったのをみて、「こんなマンガみたいなことがあるのか」と僕は驚いたのです。正直、あの年の日本ハムは、そんなに突出して強いチームとは思えなかったのに、何かの魔法にかかったかのように、勝ち続け、新庄劇場を完成させてしまいました。
 新庄剛志という人は、たぶん、真似しようとしてできるような存在ではないのです。
 月は、どんなに頑張っても太陽にはなれない。
 でも、新庄選手をみるたびに、僕もなるべく上機嫌でいたいものだな、あいつは何も考えてない、って言われるくらいポジティブに生きてみたいな、と思わずにはいられない。せめて、自分の不機嫌を伝染させないように。

 バカにしていた人たちが、実は、自分よりもずっといろんなことを知っていたし、考えてもいた。あるいは、「みんなのためになる行動」をとっていたことに、時間が経ってから気づくことって、ありますよね。
 
 プロ野球の世界に復帰できるかと言われれば、「戦力」としては難しいと思いますが、チームにいたら、「何か」やってくれそうというか、「勝ち運」をもたらしてくれそうな人なんだよなあ、新庄剛志って。


上機嫌の作法 (角川oneテーマ21)

上機嫌の作法 (角川oneテーマ21)

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