いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

オリンピックとゲームミュージック


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 賛成とか反対とかいうより、今回のオリンピックそのものにあんまり興味がわかないんだよなあ……と思っており、めんどにうな仕事が多い金曜日が祝日になってラッキー、という感じで過ごしていた7月23日だったのですが、ネットで「入場曲に『ドラクエ』『FF』などのゲームミュージックが!」というのをみて、追っかけ再生で開会式を観てみました。

 こんな状況下でのオリンピックなんて、そりゃ盛り上がらないよなあ、もう、一か所に選手が集まってやるオリンピックなんてオワコンなんじゃない?とか思っていたのです。
 でも、はじまってみて、馴染みのゲームミュージックが採用されたことにTwitterのタイムラインが盛り上がっているのをみると、やっぱりオリンピックって「権威」なんだなあ、って。まあ、すぎやまこういち先生の過去の言動について、小山田圭吾はダメで、すぎやまこういちなら許されるのか?何を批判したかで「区別」されているんじゃないか?などという批判もありましたけど。どうなんでしょうね、そういうのって。


「安っぽい」なんて言っている人もいましたが、僕はけっこう嬉しかったです。というか、日本の音楽コンテンツで、世界の人たちが最大公約数的に「わかる」ものを考えたら、坂本龍一さんか久石譲さんか、あるいはゲームミュージックか、という感じですよね。
「他に世界に通用する音楽がなかった」ということなのかもしれません。


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 まもなく50歳を迎える僕が生まれたときには、「ゲームミュージック」というのは世の中に存在しないものでした。
 はじめて聴いた「ゲームミュージック」はデパートの屋上のゲームセンターて聴いた、『ギャラガ』のスタート時の曲か、『ニューラリーX』の♪テレレレレッレー テレレレレッレー、っていう能天気なBGMだったのではないかと思います。
 当時、1980年前後のゲームセンターで、ナムコゲームミュージックは、本当に輝いていました。


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 僕の物心がついたときにコンピュータとテレビゲームというものが世の中に生まれてきて、僕はその進化とともに生きてきたのです。


 中学校時代に、ゲーム友だちと3人で『アウトラン』や『スペースハリアー』を収録したレコードを予約注文しに行ったとき、店の人に説明するために『BEEP』を持っていって、「これです!」と、見せたのを思い出すなあ。当時は「ゲーム音楽のレコード」は地方都市の片隅のレコード屋の店員さんには「何それ?」っていう存在だったんですよね。

ドラゴンクエスト(1)』のレコードがものすごく売れるまで、ほとんどの人にとっては、ゲームミュージックというのはゲームの中で流れているもので、レコードを買って聞くようなものではありませんでした。
ラジカセでお気に入りのゲームの音楽を録音していたなあ。

そもそも、インベーダーゲーム時代には、「インベーダー禁止!」と学校で夏休みの前にはきつく言い渡され、隠れて行くと不良にカツアゲされ、「テレビゲームをやっている」というと、学校で女子に「くら~い!(暗い)」とバカにされる、という子供時代でしたし。
ほんと、ゲームとかアニメがこんなに市民権を得て、老若男女問わずテレビゲームをやるのが当たり前で、「女子アナゲーマー」とかが人気コンテンツになる時代が来るとは、当時の僕には想像もつかなかった。

 この40年間、マイナーなジャンルだったはずのゲームミュージックは、音楽産業全体が衰退していくなかで、どんどん存在感を増していきました。
 演歌やワールドミュージック、テクノなどの音楽のジャンルのなかには、「ゲームミュージックのひとつとして使われることによって、生きのび、若い人にも聴かれる機会を得ている」ものもあるのです。「音楽ゲーム」には多彩な曲が入っていますし。

 東京藝大の音楽科を優秀な成績で卒業した人が「ゲームミュージックを作りたい」とゲームメーカーに就職を希望するようになった、という話も耳にしました。

 もはや、ゲーム音楽は「メジャー」なものなのです。
 ゲームそのものも、「テレビゲームは不良がやるもの」と言われながら育ってきた僕の世代が大人に、親になって、「子どもにとっての遊びの主流」になりましたし、「テレビゲームをやらせることの是非」ではなく、「面白過ぎるテレビゲームと、子どもをどう付き合わせていくか」をみんな考える時代になりました。

 その一方で、『ドラゴンクエスト』以降、とくにPCエンジンプレイステーションセガサターンなどでCDロムでソフトが供給されるようになってから、音源的、容量的な制約が少なくなり、「ゲームミュージックは、普通の音楽(何が普通か、というのは難しいところがありますが、映画音楽あたりが比較しやすいかもしれません)になってきた、という印象も僕にはあるんですよね。
 PSGやFM音源のキンキン、ビヨンビヨンしていた音色が大好きだった僕には、それがちょっと寂しくもあるのです。

 今回の開会式での採用は、ゲームミュージックの地位が上がった、ここまで来た、という感慨とともに、オリンピックの開会式の選手団入場の場面で流されても違和感がないくらい「普通」の音楽になったことを示してもいるのです。

 それはもちろん、悪いことじゃない。
 でも、「ゲームは不良がやるもの」の時代を知っている僕にとっては、ここまできたか、という感慨とともに、教授になった同級生を仰ぎ見るような一抹の寂しさもあるのです。良いことなんですけどね、わかってはいるけど。

 僕もそれぞれのゲームの音楽を聴くと、その時代に自分が何をしていたかが、頭に浮かんできます。

 僕がまだ小学生の頃、1980年代の前半に、デパートの屋上のゲームセンターで、「100円あったら、ジュース1本買えるよな……」と思いながらデモ画面を眺めていた『リブルラブル』や『マッピー』の音楽が、いまでもふと、心に流れてくるのです。

 そういう「ファミコンドラクエより前のゲームミュージック」は、オリンピックで流れることはないかもしれないけれど、僕にとっては、とても大切な、人生のBGMなんです。

 あらためて考えてみると、僕はけっこう「ゲーマーとしての苦難」を経験したことも含めて、いい時代を生きてきたような気がします。

 昨日の開会式で好きなゲームミュージックを聴けた人たちも、「いま、生きていること」に、少しでも喜べていればいいなあ、そう思います。なんのかんの言っても、オリンピックにそんなに興味がなくても、自分が好きなものがみんなに「好評価」されるのは嬉しいことだから。


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