https://www.msn.com/ja-jp/entertainment/celebrity/志村けんさん死去-コロナ肺炎-70歳-持病なし/ar-BB11T0Zf?ocid=spartanntpwww.msn.com
仕事をしていたら、待合室で突然、小さなざわめきが起こった。
「志村けんさん逝去」の速報が流れたのだ。
僕は子どもの頃、当時の代表的な「子どもに見せたくない番組」だった、「8時だョ!全員集合」を毎週観ていた。
「8時だョ!全員集合」でいちばん人気を集めていた志村さんが、少し前の荒井注さんが在籍していた時代のドリフの映画では、見習いとしてチョイ役をやっていたことに、驚いたものだ。
僕はけっこう早い時期に『ひょうきん族』に鞍替えし、「ドリフはマンネリだから」なんて言っていたけれど、こうしてあれから40年くらい経ってみると、その時代のものを取り入れつつも、基本的には同じことをやり続けてきた志村さんは、本当にすごい人だったと思う。
今回の志村さんの訃報に接した人たちの反応をみていて、僕自身の昔のことを思い出して、吐き出したい気持ちになっている。
父親が突然なくなったとき、親戚の一人が、僕にこんなことを言いました。
「大変だと思うけど、この経験は、きっと君の医者としてのプラスになるよ」
僕はそのとき、「そうですね……」と辛うじて返事をして、押し黙ってしまいました。
なんだか、ものすごく僕にとっては腹が立つ言葉、だったんですよ。
人は、誰かの「経験値」になるために生きたり死んだりするようなものじゃない、ましてや、自分の親の死を、そんなふうに「プラス」になんかできるわけがないだろう、って。
そのときのことを、ずっとずっと覚えていて。
あの人は、「なんかいいことを言おうとしていた」だけだったんじゃないか、と。
とりあえずそのときのことは、今は、「うまい言葉が見つからなかったのだろうな。その親戚も大人として何か言わなければならない、というプレッシャーを感じていたのだろうな」と、なるべく善いほうに解釈しようとしています。
今回の志村さんの訃報に対して、「志村さんは新型コロナ感染の怖さをみんなに教えてくれた。志村さんの犠牲を無駄にしてはいけない」というような反応をちらほら見かけて、僕はあのときの記憶がよみがえってきたのだ。
日本を代表するコメディアンであり、子どもの頃からずっとテレビで見つづけてきた志村さんが、こんな形でいなくなってしまうのは、悲しいし、寂しい。僕は「きっと、復帰会見で、『だーいじょーぶだぁ!』ってやってくれるだろうな」と思っていた。地方の病院で働いている僕は、重症の新型コロナの患者さんを診たことがなく、実感も乏しかった。
あの志村さんが新型コロナ肺炎で亡くなってしまったことは、ヤフーのトップニュースで「新型コロナの発症者数が爆発的に増えています」と連日報じることよりも、世の中には、大きなインパクトがあるとも思う。
でも、僕はこれだけは言っておきたい。
志村さんは誰かのために新型コロナに感染したわけではないし、みんなに新型コロナの怖さを伝えるために命を落としたわけではない。
志村さんは、ただ、貧乏くじを引いてしまっただけなのだ。人と多く接する立場だっただけに、それを引いてしまうリスクは高かったかもしれない。
まだまだ生きたかったと思うし、晩年のいかりや長介さんのように、映画やドラマでの活躍も期待されていた。
僕は、人の死というのを、自分に役立てようとする人が苦手だ。
告別式で、「死因は何ですか?」と遺族に尋ね、「私も検診受けなきゃ」とか言う人をみるたびに、「そう思うのは勝手だが、この場で口に出すなよ」と食ってかかりたくなる。遺族は「もっと早く病気を見つけてあげていれば……」と自責の念にとらわれがちなのに。
多くの死は不可抗力だし、そもそも、人間いつか、なんらかの理由で死ぬのだ。
人は誰かの死というものに意味とか意義を見いだそうとして、あるいは、(無意識に)利用しようとして、かえって、誰かを傷つけたり、亡くなった人の生きざまを歪めてしまったりする。
志村さんの死は安倍政権のせい、なんていうのをTwitterでみると、「安倍さんが嫌いなのは構わないけど、叩くために志村さんの死を利用するなよ」と言いたくなる。そういうのは他所でやってくれ。
ただ、「あなたがいなくなって悲しい」だけではダメなのか。
志村けんは、日本の偉大な喜劇王であり、変なおじさんであり、バカ殿だった。
マンネリと言われても、自分にとって面白いこと、観客に喜ばれることをやりつづけた人だった。
志村さんがいない世界は、寂しい。
「新型コロナウイルスで亡くなったこと」は、志村さんの人生の最後のごく一部でしかないし、志村さんは「新型コロナの怖さの伝道師」なんかじゃない。自ら犠牲になることを選んだわけでもない。
そんなつもりがない人が、こうして命を落としてしまうことが、感染症の怖さなのだ。
僕はこれからも、志村さんのコントをみて、笑い続けるし、僕の子どもたちもそうだろうと思う。
芸能界に飛びこんで、売れて、たくさん仕事をして、お酒を飲み、タバコを吸い、色恋沙汰も絶えなかった。多くの人を笑顔にし、愛された。
志村さんの70年の人生は、充実していたはずだ。ひとりの男として、羨ましいかぎりだ。
小学校時代に、突然転校することになったのだが、環境の変化や方言に戸惑い、友だちもおらず、新しい学校に通うのも、その土地にいるのも嫌で嫌でしょうがない時期があった。
そのとき、明日は学校に行かなくてもいい土曜の夜に、「8時だョ!全員集合」を観ることだけが、僕の生きる理由だった。
志村さん、本当に、ありがとうございました。
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