いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

志村けん、かく語りき。


こういう状況下(2020年3月27日現在、志村さんは新型コロナウイルスによる肺炎で入院中)で、志村さんの話をすると、なんだか悪い予感がして嫌、という人もいるかもしれませんが、僕自身に悪意はまったくなくて、この御時世で何も書けなくてどうしようもないので(中途半端な新型コロナウイルスに対する医学的な話など書いたら、かえって誤解を生むことにもなりますし)、僕が子どもの頃からみてきた「志村けん」という人の凄さが伝わってくる言葉を紹介するとともに、志村さんの恢復を願いたいと思います。

僕が小学生の頃から、2020年まで、テレビの世界でずっと第一線で活躍してきた人というのはほとんどいないわけで、それも、栄枯盛衰が激しいお笑いの世界で、ですからね。


ひとつめの話。

fujipon.hatenadiary.com

これ、2008年に志村さんがラジオ番組でしていた話なのです。

ある新婚女性からの質問:最近、私たちの家の近所に、私の元彼が引っ越してきたのです。今の夫は元彼と面識はありませんが、近所なのでいずれ顔をあわせることは確実です。その場合、もし私と元彼の以前の関係がバレてしまったらと心配です。いっそのこと、バレる前に夫に元彼のことをあらかじめ話しておこうとも考えているのですが、志村さん、男の立場からみて、どう思いますか?


たぶん、この女性は、夫が「正直に話してくれてありがとう」と言ってくれることを期待しているのではないかな、と僕は考えながら聴いていました。アシスタントの小林恵美さんや上島竜兵さんは「うーん」「どうでしょうねえ〜」とずっと悩んでいたのですが、志村けんさんは、キッパリとこう言ったのです。

それは、ダンナには絶対に言っちゃダメだ。男っていうのは、そういうの、すごく気になるものだし、知ってしまったら平常心じゃいられなくなるから。「正直」っていうのはいいことのように思われるけど、恋愛の場合には、それが幸福につながるとは限らないよ。「自分の妻が昔付き合っていた男」が目の前にいると、相手のことを過剰に意識しちゃったり、その男と妻のことで、あれこれ想像しちゃったりするしね。妻がこの男と自分を比べてると思うだけでも辛いもんだよ。
いいかい、あなたは「言いたそうな感じ」に思えるけど、絶対に黙っていたほうがいい。今のダンナが好きで、ずっと仲良くやっていきたければね。それと、男っていうのは、何かの拍子に「お前の妻とは昔いろいろあってね……」みたいなことを言いたがるものだから、元彼に「絶対に黙っていて。私の幸せのために他人として接して」とあらかじめキチンと釘を刺しておいたほうがいい。昔の彼女が幸せそうにしているのを喜ぶヤツばっかりじゃないしね。あとは、その元彼の人柄しだいだけど……


 2020年だったら、これがネットニュースになっていたら、世間はどんな反応をみせただろう、と、考えてしまいます。
 「正論」としては、「ちゃんと説明しておいたほうがいい」「隠し事はするな」なのかもしれないし、テレビだったら、志村さんも違うコメントをしたかもしれませんが(こういう話が聴けるのが、ラジオの良いところだと僕は思います)。
 あらためて思うのは、人の嫉妬心とか、他人と比べてしまう気持ち、自分がされたことへの恨み、みたいなのは、「こちら側」がイメージしているよりも、ずっと深くて理不尽なものだ、ということなんですよね。志村さんくらいの存在になれば、そういうこともたくさん経験してきたのだろうな。



ふたつめの話。
これも、志村さんのラジオ番組で聴いた話です。

fujipon.hatenadiary.com


アシスタントの女性タレントが30歳になった、という話を受けて、志村さんとダチョウ倶楽部上島竜兵さんが「自分たちが30歳の頃、何をしていたか」について語っていました。
志村さんは当時「ドリフターズ」のメンバーとして大活躍中で、あの『七つの子』の替え歌で大ブレイクしていた時期だったそうです。

カ〜ラ〜ス〜 なぜ鳴くの〜 カラスの勝手でしょ


僕の世代にとっては懐かしい、というか、「本当の歌詞って、どんなのだったかな?」と悩んでしまうくらい流行り、PTAからは目の敵にされた、この替え歌なのですが、30歳の頃、志村さんはこれを1年半くらいずっとやっていて、もうすっかり飽きてしまったそうです。

 それでね、さすがにもう飽きちゃったから、番組(『8時だョ!全員集合』)のスタッフとかに相談したら、周りも「そんならもうやめてもいいだろう」と。
 で、やらなかったんですよ、『カラスの歌』を。
 そしたら、その日の番組が終わって、9時になったら、電話がジャンジャンかかってきて。
「あれを歌わないと、うちの子が寝てくれないんだ、どうしてくれる!」って。
 会場の子どもたちが歌って、テレビの前の子どもたちが歌って、で、みんな満足して「おやすみなさい」っていう流れがあったんだよ。

 やっている側はさんざんやって飽き飽きしてるくらいでも、子どもたちは、まだこれからって感じのことがあるんだよね。
 それで、そのあと大人が忘年会とかでやったりしてさ。
「欧米か!」で、タカトシとかにも言ったんだけど、自分ではもういいや、と思っているようなネタでも、ずっと続けるっていうのは、けっこう大事なことなんだよ。
 どうしてもやっている側よりも遅れて反応ってかえってくるから、やっている側が飽きたくらいに、人気のピークになることもある。


三谷幸喜さんも、最初に立ち上げた劇団の人気が出てきたのは、作品の質やメンバーのモチベーションがピークを過ぎてからだった、という話をされていました。

ネット上では、流行に聡い人たちが「オワコン」なんて言葉を好んで使っていますが、彼らが「オワコン」って言い始めたくらいからが、本当の勝負どころなのかもしれません。



みっつめの話。

『変なおじさん【完全版】』(志村けん著・新潮文庫)より。
(「CM撮影ボイコット事件の真相」という項から)

 もうずいぶん昔のことだけど、あるCM撮影の現場で頭にきて帰っちゃったことがある。
 きっかけは、撮影中に監督が僕に向かっていきなり、
「おもしろおかしく歌って踊って下さい」
 って言ったことだった。「どういうことですか?」って聞いたら、
「おもしろおかしく、志村さんらしい振りで踊って下さい」
 だって。
「あ、そうですか、じゃあどういう歌がいいですか?」
「お任せします」
(オイオイ! オレは作詞家でも作曲家でもないぞ!)
「振り付けの人はいるんですか?」
「いや志村さんのご自由に」
(ご自由にって、お前なあ。曲もないのに踊れって、そりゃ失礼だよ!)
 それで、もう頭にきた。
「お前は演出家だろ! 演出家だったらこういうイメージで、こんな踊りはどうですか、とかあるだろ!なにもないんだったら、よくそれで演出家としてカネもらってるな!!」
 そう怒って、僕だけ先に帰っちゃった。
 セットとかもうできていて、スタッフはスタンバイしてたのにね。
 でも、やっぱり仕事だから、お互いにそれぞれの領分というものがある。 彼には演出家としてのプランがあるべきで、僕はそれにそって演じたり意見を言うのが、普通の仕事の仕方でしょ。それを「おもしろおかしくパーッとやって下さい」だから。
 そりゃ僕もプロだから、少しでも題材があればそれもできなくはない。
 けど、その題材がなにもないんだから、話にならない。ベテランの監督だったけど、それだけお笑いを軽く見てるんだよね。
 そんなこともあったから、「あいつはうるさい」なんて噂で言われるんだろう。
 けど、うるさいんじゃなくて、やり方が間違ってるんだって! そうならそうと何日か前に言えば、こっちも準備してちゃんとやるよ。


相手が「プロ」だからこそ、相対するためには「自分の意見」を持っているべきなのだな、と、僕はこれを読んで思ったのです。
仕事相手があの志村けんなら、あれこれ指示すると機嫌を損ねてしまうかもしれないし、「お任せ」で良いんじゃないか、と、この監督は考えていたのかもしれません。
志村さん側からみると、監督は「何も自分で考えていない、いいかげんなヤツ」だったのです。
でも、この監督と同じように、「気を遣っているフリをして、自分がラクをしようとする」ことって、僕にもあるんですよね。
もし、「志村さんを尊重して任せる」というのであれば、志村さんから「どういうふうにやったらいい?」と問われたときには、「それでは、こんな感じではどうですか?」とすぐに提案できるように準備しておくべきなのです。

ちなみに、明石家さんまさんは「台本に、『ここでさんま、楽しく15分フリートーク』としか書いてないねん!」と苦笑されていましたが、さんまさんの場合は、呆れてはいたけれど怒ってはいなかったので、事前に仕事相手がどういう人なのかリサーチしておくことも大事みたいです。


僕は志村さんのお笑いだけじゃなくて、ラジオ番組などでのトークがけっこう好きなんですよ。
まだまだいろんな話を聞かせてもらいたい。
志村さんの快癒を、心より祈っております。担当の医療スタッフもプレッシャーが大きいでしょうけど、よろしくお願いします。


変なおじさん 完全版 (新潮文庫)

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