このエントリに対して、よしき (id:tyoshiki)さんから、言及していただいたのです。
よしきさんに「ぜひ読んでみて欲しい」と薦められたからには、読んでみるべきであろう、ということで、戸田誠二さんの『egg star』を手にとってみたのです。
しかしながら、こういう「きっと良い話、感動的な話であろう作品」というのは僕にとってはけっこう敷居が高くて、もともとマンガについての知識と熱意が乏しいこともあり、なんとなく積んでおりました。
この『いつか電池がきれるまで』が休眠状態、ということもありまして。
でも、意を決して(というほどのことじゃありませんが)、読んでみました、『egg star』。

- 作者: 戸田誠二
- 出版社/メーカー: 宙出版
- 発売日: 2018/06/28
- メディア: コミック
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内容紹介
「あなたは今 卵の中にいるのと同じ でも卵の外に出るのも悪くないと思うの――」小さな星に花とふたりで暮らしていた青年は、花にすすめられ彗星にのって日本にやって来た。
仲間や仕事を得て、順調に暮らしていた青年だったが、やがて大きな壁にぶち当たる。
みんなが普通に持っている大切な感情がわからないのだ。
自分に失望し、生きる意味を見失っていく青年。
迷い苦しんだ末に、彼が見つけた大切なものとは――?ヒューマンドラマの鬼才が、約10年の歳月をかけて描いた初長編!
主人公は、小さな星に花とふたりで暮らしていた青年です。
青年は、花とその星で飢えることも悩むこともなく、幸せに暮らしていた……はずなのだけれど、花は、主人公に「地球で暮らしてみること」を強く薦めます。
もしそれがつらかったら、10年後に帰ってきてもいいから、と。
まあ、なんというか、この時点で、オチが読めるような話じゃないですか。
ふーん、まあ、そういうことだよね、でも、それじゃあ、あまりにも、直球過ぎるんじゃないかい?
正直、最初のほうは、あんまりピンとこなかったんですよ。
僕自身が、戸田誠二さんの作品を読むのがはじめてで、思い入れがなかった、ということもあり。
なんかけっこう安易に大金が手に入っちゃうし。
ケッ、世の中そんなに甘くねえよ、とか、斜に構えまくりながら読んでいたんですよね。
感動しない準備はできていた。
でも、読んでいくうちに、僕はこの本に引き込まれていきました。
僕は、自分自身の感情というものに、ずっと自信がなかったというか、なんだか自分がまともな人間かどうか、長年悩んでいたし、今も正直、あまりうまくやれているとは思えないのです。
子どもの頃から、周りの人が「面白い」と笑っているのをみて、「これは『面白い』話だから、笑っておくべきなのだろうな」と一緒に笑顔をつくって笑い声をあげ、「悲しむべき状況だから」泣いていた。
心から笑うとか、泣くというのは、どういうものなのか、よくわからなかった。
愛とか恋とかについても、なんだか悪いもののような気がしていたのです。
いや、それはどういうものなのだか、いまだに他人に対して語る自信はありません。
「われ、怪力乱神恋愛を語らず」というのが、僕のスタンスです。
そもそも、年を取ると、そういうことを語る機会も必要も、なくなってしまいがちではあるし。
子どもの頃、親に「なんでもお金で解決しようとして、愛情がない」なんて苛立ちをぶつけていたけれど、今から考えれば、子どもたちを飢えさせずに、お金の心配もなく本を好きなだけ読ませてくれて、けっこうテレビゲームでも遊ばせてくれて、勉強もさせてくれる、というのは、かなりの愛情だよな、と思うのです。
ある意味、人にできるのは、愛とか恋とかを声高に語るよりも、自分がやるべき(だと決めたこと)をやることだけなのかもしれませんね。
この『egg star』って、読んでいて拍子抜けするくらい、ど真ん中のストレートな「生きづらい人」「感情というOSがインストールされていないコンピュータのように自分を感じている人」の物語なのです。
もちろん、そんな人は、現実にはほとんどいないと思う。
人を信じづらい、憎みやすいOSをインストールされてしまった人のほうが、たぶん、多いはずです。
主人公の王子は、人生の節目節目で、「自分には他の人間と同じような感情がない」ことを嘆くのだけれど、僕はその姿をみて、ずっと考えていました。
王子の周囲の人は、みんな「自分には普通の感情が備わっていると疑っていないみたいだけれど、『普通の感情』というのは、いったい何だろう?」って。
恋愛映画をみて、「感動して泣ける」のが、感情というものなのか、家族であれば、愛おしいと思えるのが感情なのか?
村上春樹さんが、エルサレム賞を受賞したときのスピーチで、こんな話をされていました。
どうして小説家の場合は、嘘が称賛の対象になるのでしょうか?
僕の答えはこうです。
よく練られた嘘(読者に、そこにある真実だと思わせるような物語)を創り出すことにによって、作家は「真実(実際にそこにあるもの)」にいままでとは違う位置づけをして、新たな角度から光を当てることことができるから。
多くの場合、「いま、実際にそこにあるもの」をそのままの形で正しく認識し、具体的に描くことは非常に困難なのです。
そういうわけで、私達は、隠れ家から真実をおびき出し、それを虚構に転換し、物語という形式に変えることで、その尻尾だけでも捕まえようとしているのです。
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』という映画がありまして。
原作はスコット・フィッツジェラルドさんのそんなに長くない小説です。
僕はこの映画が大好きなんですよ。
この映画は、「若返りながら、周囲の人の死を看取っていくことを運命づけられた人間」であるベンジャミン・バトンと、彼の永遠の恋人デイジーとの交流を中心に描かれています。
ベンジャミンが若返っていき、デイジーが年老いていくことは約束されているわけですから、観客は、彼らが「カップルとしてちょうどいい状態」である時間がとても短いことを知っています。そして、ベンジャミンは、「ある決断」をするのです……
この映画は、「実際にはありえないフィクション」なんですよやっぱり。
でも、この「フィクション」によって、僕たちは、「愛する人と一緒に年を重ねられる、年老いていける、そして、自分の子どもよりも(大部分は)先に死ねるというのは、幸福なことなのかもしれないな」ということを痛感させられるのです。
「一緒に年を重ねていくカップルをそのまま描く」という方法で、これを観客に「伝える」のは至難の技。
ところが、「よく練られた嘘」として『ベンジャミン・バトン』という「そうじゃなかった場合」を描くことによって、「真実(実際にそこにあるもの)」が見えてくる。
ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェットの両優の演技とデヴィッド・フィンチャー監督の「物語の編集力」そして、「映像の進歩」がなければ、この物語には、ここまでの「説得力」はなかったでしょう。
『egg star』は、「感情がない人間」として王子を描くことによって、「われわれが感情とか、人間らしさだと思い込んでいるものは、いったい何なのか?」というのを浮き彫りにしていきます。
正直言うと、「自分がやるべきタスク」に全力で立ち向かっていく王子は、「すばらしい人間」にみえるのです。
コンピュータ将棋がまだ弱くて、人間相手に二歩とかを平気で打っていた時代、「コンピュータの将棋は弱すぎて、『人間らしさ』がない」と言われていました。
でも、コンピュータがどんどん強くなり、人間の名人すら凌駕する時代になると、「コンピュータは強すぎて、人間の指す将棋とは違う」と多くの人が言うのです。
だいたい、今、インターネットで対局していて、相手が人間かコンピュータか見分けられるのは、ごくごく一部の将棋に通じた人たちだけであり、彼らでも100%正解はできないはず(佐藤名人は「僕が全然勝てないから、相手はコンピュータだ!とか言うことはできるかもしれないけれど)
「人間らしさ」って、けっこう、その場その場の都合で、使い分けられてしまう言葉なんですよ。
僕は半世紀近く人間をやってきて、それも、ものすごく内向的でコミュニケーションが苦手で、感情というものがよくわからずに、「おそらくみんなはこういうプログラムで動いているのだろう」と推測し、人間らしさをエミュレートしながら生きてきたのです。
それは、ものすごく特別なことだと、自分は普通じゃない人間なのだと、長い間思っていました。
みんなのような「自然な感情」が、自分には欠けているのではないか、って。
もし、この文章を読んで、「自分にもそういうところがある」と感じた人は、ぜひ、この「egg star」を手にとってみてほしい。
ぶっちゃけ、「甘すぎる物語」だと思うんですよ。
僕は読みながら、「これ、絶対この男に言い寄られて寝ちゃうな」とか、「信じてついていった人に騙されるな」って思っていたんですよ。
世の中って、そんなもんだろう、マンガって、そんなもんだろう、って。
でもね、そんな黒い期待は、見事に裏切られました。
見事なまでの、ど真ん中のストレート。
でも、そのストレートは、ピッチャーが自信をもって、グイグイと投げ込んでくるものではなくて、ここはカーブか、フォークか、スライダーか……とさんざん悩んだ末に、これで打たれても後悔しない、と心に決めて投じられた、逡巡の末の渾身のストレートでした。
著者の戸田誠二さんは、この1冊の本を描くのに、8年かかったそうです。
まっすぐすぎる物語でもいいから、登場人物を幸せにしてあげたい、最後はそんな気持ちだったような気もします。
人は、自分を幸せにすることはできない。愛してもらうこともできない。
でも、誰かを幸せにしようとしたり、愛そうとしたりすることは、たぶん、できる。
人間の感情というものは、「自然に備わっているもの」だとみんな思い込んでいるけれど、本当は、周りの人間が、初期OSをインストールし、時間と手間をかけて、自分自身でアップデートしていくものなのかもしれません。
神聖ローマ帝国のフリードリッヒ2世が、「周囲の人から何も言葉をかけられない赤ん坊は、何語を話すようになるのか」という人体実験を試みたことがあるそうです。
ひどい話ではあるのですが、フリードリッヒ2世は合理主義者で、「純粋な興味」で、こんな実験をやったのです。
ちなみに、その赤ん坊は、みんな大きくなる前に死んでしまったそうです。
感情や感じ方も、生来のものではないのでしょう。
生まれ、育ってきた環境によって、「感情の傾向」は全く違うものになる。
僕は自分が「感情に乏しい人間」だと思っていたし、実際、まだまだ問題を沢山抱えているし、困っていることもたくさんあるのだけれど、それでも、この年になって、ようやく少しわかってきたような気がします。
感情って、もともとは「存在しない」もので、それを人より早くインストール、アップデートする人もいれば、なかなかそれができない人もいる。そして、「まだやっていない」だけなのに「できない」と思い込んで、諦めてしまっている人が大勢いる。
それは、ものすごく気が重いトライアンドエラーで、失敗して落ち込んだりなじられたりすることも多々あるし、そもそも、挑戦することそのものが怖い。
でも、きっと、そうやって怖れることができるくらいの理性と覚悟があれば、ドアをノックしてみることは、絶対に、何かの糧になる。
「日本のロケットの父」と呼ばれる、糸川英夫さんは、うまくいかなかった事は「失敗」じゃなくて、「成果」なんだと常に言っていたそうです。
失敗してみて、はじめてわかることってたくさんあるし、ずっと成功してばっかりの人間なんて、どこにもいない。
世の中はそんなに甘くはないけれど、「他人を助けてあげたい」と思っている人だっている。それも、少なからず。
この本を読んでいて、僕がまだ20代のときに、情けない失恋をしたときのことを思い出しました。
それまで、恋愛というものが全くピンとこなくて、よくわからないままに「恋愛感情とか、自分に弱点をつくるようなものだろ」とうそぶいていたのに。
で、悩んだ末に、どうしてもおさえ切れなくなって、相手に気持ちを伝えたんですよ。
結果は、もう、全然ダメでした。というか、僕があれこれ自分の中で思い悩んでいるあいだに、チャンスの女神は通り過ぎてしまっていました。
しばらく、とにかく時間が過ぎるのが遅くて、じっと時計を眺めていたり、人生で一度きりのやけ酒をしたり、行くあてもなく10キロくらい夜中に歩いてみたり……
でもね、ものすごく落ち込みながら、僕はほんの少しだけれど、はじめて自分を好きになったのです。
ああ、僕はこんな失格人間だけれど、うまくいかなかったけれど、他人に思いを伝えられる勇気を出せる人間だったんだな、案外やればできるじゃん、自分!って(ふられたけど……)。
俺は何を言っているんだ、という感じになってきたんですけど(あまりにも恥ずかしいので、もしかしたらこのエントリはすぐに消すかもしれません。あるいはこの部分だけは。そもそも、あんなに大見得きっておきながら、こうしてまたこのブログを書いていることそのものがみっともないし、消えてくれたらせいせいするのに、という向きもありましょう)、やってみて失敗だと思ったことが、長い目でみればものすごくプラスになるっていうのは、本当にものすごくよくあることなんですよ。
「……もともと、何ももたずにきたじゃない。もし全部がダメになっても、もう一回やり直せばいいじゃない」
少しでもこの本のことが気になった方がいれば、ぜひ、手にとってみていただきたい。
よしきさん、『egg star』を紹介してくださって、ありがとうございます。
fujipon.hatenablog.com
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