僕が子どもの頃、父親が買ってきた手塚治虫の『ブラック・ジャック』で、「二度死んだ少年」という回を読みました。
あらすじを思い出して書こうと思ったのだけれど、検索していたら、『はてな匿名ダイアリー』に、この話のことを書いたものがあったので、リンクしておきます。
anond.hatelabo.jp
www.akitashoten.co.jp
裁判で死刑判決が出たとき、傍聴席から、ブラック・ジャックは「死刑にするため助けたんじゃない!! どうしてわざわざ二回も殺すんだっ! なぜあのまま死なせてやれなかった!?」と叫んでいました。
死刑執行の際に「言い残すことは?」と問われた少年と刑務官の、「あのとき傍聴席で叫んでくれた人は誰ですか?」「ブラック・ジャックとかいう医者だよ」「その人に、ありがとう、と伝えてください」というやりとりが印象的だったのです。
ブラック・ジャックは、けっこう犯罪者の手術を請け負っていて、別の回では、その男が銃で死刑を執行される際に「あの先生がきれいに手術してくれたところは撃つなよ」と言い残したこともありました。
当時の子供時代の僕は「医者というのは、どんなに悪いやつでも、目の前の患者を助ける」のが、医者としての「良心に基づく行動」であると感動したのです。
だがしかし。
いま、こうして医者という仕事を20年以上やってきて、自分がそういう場面に遭遇したら、どうするだろう?と考えてしまうんですよ。
たとえばこの放火事件の犯人が、運び込まれてきたら。
ほぼ間違いなく、僕もちゃんと治療するとは思うのです。
でも、それは「医者としての良心」というより、「保身」に基づく行動です。
「治療すること」に対する「なんでそんなやつを治療したんだ」という反発よりも、「治療しなかったこと」によって、「医者としての職務を放棄した」と責められるほうが、自分のキャリアにとっては不利だし、「医者は目の前の患者を助けるのが仕事で、裁くのは別の人の仕事だから」と自分に言い聞かせたほうが、寝つきは良いだろうから。
どんなことをした人であろうと、自分にとって面識のない被害者よりも、ほとんど毎日会って、治すために自分が努力をしている人に感情移入してしまう、というのは致し方ない。
個人としてのこの事件への気持ちとしては「許せない」のひとことに尽きるし(それは被害者たちが「京都アニメーション」で素晴らしい仕事をしていたから、ではなくて、他人の生命と日常を身勝手な理由で奪う権利など、誰にもないからです)、死刑になるのが当然だと思っています。
「二度死んだ少年」に関しては、加害者はまだ少年だったし、まだ未熟であり、これからやり直せる余地もあるのではないか、とも考えるのです。
でも、この放火犯の「動機」や「反省」を求めることに、どのくらいの意義があるのだろうか?
いや、仮に意義があるとしても、それは、あれだけの数の罪なき人々に残酷な死をもたらした罪を「つぐなう」資格などあるのだろうか?
「死刑にしても死んだ人は帰ってこない」のは百も承知です。
犯人を死刑にすることが、問題を解決するわけではない。でも、犯人が改心らしきものをして、美味しいものを食べて幸せに暮らしたら解決するってものでもない。
結局のところ、「犯人も何も言えず、何も考えられない状態にする」ことが、「もっともマシ」だとしか思えないのです。
人は、「やりなおす」ことができる。大概の場合は、それが許される世の中であってほしい。
僕はそう思っている。
でも、この件に関しては「やりなおす資格なんて無いのでは?」と言いたくなってしまうのです。
彼を直接治療してきた人たちは、やはり、「なぜ殺すのに助けたんだ?」って思うのではなかろうか。
火傷の治療って、大変なんですよ。全身の重度の熱傷となれば、なおさら。包帯の交換、感染症の危険、介助に痛みへの対応、植皮。
この容疑者も、きつかっただろうと思う。だからといって、直接治療に携わったわけではない僕としては「もう十分苦しんだから、許してあげたら」とも思えないのだけれども。
僕は子どもの頃、「人間は他者を許すことができるし、そうすべきだ」と思っていました。
でも、半世紀くらい生きてきて、「許せない自分」と向き合ってきて、「許せないのも人間なのだな」と今は考えています。
そういう「許せない人間」の暴走を防ぐために、法律というのはあるのでしょうね。
京都アニメーションのコメントにあるように「行いと結果が全て」です。
ただ、今日は、「どうしてわざわざ二回も殺すんだっ! なぜあのまま死なせてやれなかった!?」というブラック・ジャックの叫びを思い出さずにはいられませんでした。
でも、やっぱり僕は「だから死刑にするな」とは思えない。
結論も教訓もない話で、たぶん、ものすごく不快になった人もいるはずなので、先に謝っておきます。すみませんでした。
それでも、この感情を、書かずにはいられなかった。
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- 作者:池谷 孝司
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