いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

広島カープ・緒方孝市監督の退任に寄せて


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 広島カープ緒方孝市監督が退任を発表。
 僕はずっとカープと緒方監督をみてきて、ああ、今シーズンで身を引くつもりなのだろうな、と思っていました。
 球団側には、リーグ優勝の可能性がほぼ無くなった9月中旬くらいには、辞意を伝えていたそうです。
 松田オーナーは慰留していたけれど、緒方さんの決意は固かった。
 
 今年は、連勝したり連敗したり、無敵の強さを誇ったと思ったら、何をやっても勝てない時期が続いたりと、ひたすら不安定なシーズンになってしまいました。
 打線は3番を打っていた選手が抜けたのと、田中広輔、松山の絶不調、野間は期待されていたほど伸びず、菊池涼介は満身創痍、期待された長野選手は長い間二軍調整と、きつい年でした。
 鈴木誠也と西川選手、バティスタ選手が頑張っていたのだけれど、バティスタ選手はドーピング検査陽性で半年間の出場停止……ファンとしては悪意があってのものではないと信じたいところではありますが……
 
 投手陣では、ジョンソン、大瀬良両エースが奮闘し、九里投手も途中からローテーションに定着。床田投手がトミージョン手術から復活して、素晴らしい活躍をみせてくれたものの、とにかくリリーフ陣が苦しかった。
 3連覇を支えた、中崎、一岡、今村らが総崩れの状態で、去年大車輪の活躍をみせたフランスアは中崎のかわりにクローザーを任されたものの、投げるたびに同点に追いつかれるという「劇場型」どころか「実害型クローザー」という新たな地平を切り開いてしまいました。
 ラーメン大好きレグナルトさんも最初は良かったものの相手に研究されてからはハンマーカーブも威力ガタ落ち。なんのかんの言っても、メジャーで活躍できなかったのは、慣れられてしまうタイプだからなのかな、と思わずにはいられませんでした。これならジャクソンを残しておけば……野手だって、エルドレッドがいてくれたら……
 投手では、楽天からトレードでやってきたキクヤスこと菊池保則投手は本当に頑張ってくれました。遠藤投手や山口投手も大器の片りんはみせてくれたと思いたい。
 

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 「投壊」イメージが強い今シーズンのカープなのですが、記録をみると、2018年のチーム防御率4.12に対して、今年は3.68と、かなり改善されているのです。
 チーム打率は、262から、254と低下しており、チーム総得点は2018年が721点(リーグ1位)で、2019年が591点(リーグ4位)。リリーフ陣崩壊、逆転負けの印象が僕には強いのですが、実際は、得点力落ちて、打ち勝つことができなくなった、と言うべきなのでしょう。
 去年は僅差で終盤になればこちらのもの、という感じでしたが、今年は何点リードしても、いつ逆転されるかわからないし、実際に逆転されていましたし。

 ずっと試合をみていた僕の感覚的なものでは、「もうこれ、誰を出しても打たれるから、采配なんて関係ないな」だったのですが、これまでの3連覇を支えてきた主力リリーフ陣が、勤続疲労もあり軒並み調子を落としているなか、なんとかやりくりしていた、とも言えそうです。
 
 3連覇のイメージが強すぎるので、「なんでこの戦力でこんな成績なんだ」とボヤキたくなるのだけれど、今年の個々の選手の成績やチーム成績を先入観なしでみてみると「これで5割なら、まあ、そんなものかな」という感じなんですよ。
 今年はやたらと強かった時期があったのですが、あれが「あたりまえ」なわけもなく。


 今年の成績は、緒方監督や佐々岡投手コーチの采配の問題が大きい、と声高に叫ぶ人も多いのですが、「3連覇というのは、緊張感があって、集中しなければならない状況で3年間試合を続けるということでもあり、選手への負担は大きかったのだろうな」と痛感しました。
 田中、菊地の二遊間は、プロ野球史に残るコンビだと思うけれど、あまりにこのコンビが突出した存在で、試合に出続けてきたため、控え選手が育たず、本人たちの疲労も蓄積していったのです。
 ずっとチームが1位だったら、若手を試すタイミングも難しい。あいつらがいるから、と、二遊間の補強も後回しにされがちでした。
 今年、小園選手が入団してくれなかったら、どうなっていたことか。


 僕は正直、今年のカープの成績にはものすごく失望しているし、心無い他球団ファンの罵声をTwitterで片っ端からブロックしているくらい苛立っているのですが、理性としては、「カネでどんどん新陳代謝をすすめられるわけでもなく(むしろ出ていくばっかり!)、情報戦にも長けているとは言い難いチームが、よく3連覇できたよなあ」と思っています。
 でも、思っているけど、やっぱりあんな形で4位に終わり、監督のビンタとかバティスタのドーピングとか、DeNA戦での今永から7点取っての逆転負けとか、最終戦、勝てばCSで、ジョンソンを立てていったのにあまりにも無抵抗な負け方をしたりとかを目の当たりにすると、怒りと憤りの感情を消すことができないのです。
 ほんと、俺はバカだ。

 いけない、今シーズンの愚痴を書くとキリがないですね。
 今日は、緒方監督のことを語らなくては。

 僕は緒方監督のこと、けっこう好きだったし、ほぼ同世代人として、「すごい人だなあ」と思っていたのです。
 個々の試合に関しては「やめちまえ!」とテレビの前で叫んだことは何度もあったけど。

 緒方監督の初年度の印象は、最悪だったのです。

 2015年、緒方監督にとっての最初の年は、黒田博樹投手が20億円のオファーを蹴ってヤンキースからカープに戻ってきた年でした。
 前田健太と黒田の夢のダブルエースで、悲願の四半世紀ぶりの優勝へ!


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残念ながら、緒方監督は、選手を「適材適所」で使うことができなかった。
もちろん、期待に応えられない選手の実力不足はあると思う。
でも、「選手が力を発揮しにくい起用」が頻繁にみられていたのは事実です。

最近の例として、(2015年)9月22日のヤクルト戦(神宮)について書いてみます。
この試合、首位ヤクルトとカープのゲーム差は4.5。
残り試合数を考えると、かなり厳しい数字ではありますが、この2連戦で連勝すれば、まだ可能性はある。
ヤクルトの先発は石川、カープはローテーションの谷間の戸田。
戸田先発については、ローテーション的にも、まあしょうがないなあ、というところです。
この先発の顔合わせの時点で「今日は厳しいか」というのが本音ではあるのですが、それでも、まだ優勝の可能性も残っている試合なので、一縷の望みを託して観戦していました。

初回、戸田はまずい守備に四球などもあり、いきなり2失点。まあ、こんなものだろうな、と。
しかし、2回の表、エルドレッドがホームランを放ち、1−2と1点差になりました。
2回の裏、戸田はまた四球連発で、1死満塁にされながらも、運良く(としか言いようがない内容で)無失点にしのぎます。
そして、3回の表、戸田に打順がまわってきました。
2回の裏、0点で抑えたのは奇跡だったのだから、この奇跡を活かすためには、ここで代打を出して、3回からはピッチャー交代、だよね。

……9番、ピッチャー・戸田。
えええええええっ!!

2回までで、首位ヤクルトと1点差なんですよ。
もちろん不利ではあるけれど、まだ絶望すべき状況ではない。
連戦でリリーフがきついのは百も承知だし、大瀬良やヒースを3回から投げさせろ、とは言わない。
飯田でも江草でも、監督がこれまで「敗戦処理」だと見なしてきたピッチャーでも、少なくとも今日のこのフラフラの戸田よりはマシな可能性が高い。
このままだと、ダラダラと点を失ってしまうのは目に見えているのに、なぜ続投なの?
いや、緒方監督が、心を鬼にして、「今日はリリーフ陣休養のために、戸田を生贄にして最後まで、何球でも投げさせる」と覚悟しているのなら、話は別ですよ。
でも、結局戸田は4点を失い、ピンチを残して降板してしまった。
なぜ、勝負がついてしまってからの継投になったのか?
勝負も、リリーフ投手のモチベーションも失ったあとでの、まさに敗戦処理
中4日で40歳の黒田を投げさせてでも欲しかったはずの「1勝」を、なぜ、ローテーションの谷間だからといって、簡単に投げ捨ててしまうのか。

今シーズンの緒方采配をみていると、「選手にできないことをやらせようとして、結果を出せなければ『無能』の烙印を押している」ように感じました。
野村祐輔というピッチャーがいて、彼はそんなに球威はないけれど、丁寧なピッチングを心掛けていれば、5回、100球くらいまでは、そこそこ抑えることができる試合が多いのです。
ところが、緒方監督は、「ちょっと相手打線にタイミングがあってきているな」「球威が落ちてきているな」と観ている僕にもわかるような状況でも「これまで抑えているから」と続投させ、野村は大量失点してしまう。
そこで「アイツは粘りがない、ダメだ」みたいな結論を出しているようにみえるのです。
そりゃ、ピッチャーがみんなマエケンとか黒田とかジョンソンみたいに「相手を完璧に抑えて、完投能力もある」のなら、苦労はしませんが、もちろん、そんなわけはない。
5回までで降板させれば、「5回無失点」と「好投」になったはずのピッチャーを、あえて、打たれるまで続投させて、「7回4失点のダメピッチャー」にしてしまう。
「5回までなら抑えられるピッチャー」は、「完投できないダメな選手」なわけじゃなくて、「5回まで抑えてくれる、貴重な戦力」なんですよ。うまく起用できれば。


 2015年、チームはうまくかみ合わず、まさに今年と同じように、最後の最後で「勝てばCS」という試合をマエケン先発で落とし、CSに進出することすらできませんでした。
 あの年の緒方監督は、本当にひどかった。
 なんでこんな人を監督にしたんだ、オーナーの個人的な好みで決めただけだろ、と僕はものすごく失望したのです。
 この年のシーズンオフに、マエケンドジャースに移籍し、なんとか黒田は現役を続行してくれたものの、「マエケンがいてもBクラスだったのに、これじゃもう、どうしようもないや……」と僕は2016年のカープを半ばあきらめていました。まだ緒方、監督やるのかよ、向いてないから辞めればよかったのに。


 その翌年が、2016年でした。
 たぶん僕にとっては死ぬまで忘れられない、25年ぶりのリーグ優勝の年。
 今となっては、栄光のはじまりの年、だったのだけれど、正直、シーズンがはじまるまでは、「マエケンのいないカープじゃ、なんとかAクラスに入れれば御の字」だと考えていました。
 ほとんどのカープファンも、マエケンがいてもダメだったのに、いなくなったらそりゃキツイだろ、と予想していたはずです。


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 新井さんや「神ってる」鈴木誠也選手、野村祐輔投手の活躍に、黒田さんの魂のピッチングもありました。
 そして、監督二年目の緒方さんの「変化と成長」にも、僕は驚かされたのです。


 翌年になるのですが、2017年、リーグ連覇のときに、こんなことを書きました。
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 さすがに、去年みたいに感動で泣いたりはしないよな、なんて思っていたのですが、この緒方監督の優勝インタビューを観て、やっぱり泣いてしまいました。


 緒方監督は1968年12月生まれで、現在48歳なんですね。
 僕より少し年上くらいです。
 その緒方監督をみていて思うのは、人間って、このくらいの年齢からでも、自分を変えることができるんだ、ということでした。
 一昨年、野村謙二郎監督からバトンを受けたときの緒方監督は、独善的で、球場では監督室にずっといて、VTRをみて「研究」ばかりしている、と批判されていました。会見でも選手を批判したり、失敗を嘆いたり、不機嫌をふりかざしている様子が伝わってきました。
 前田健太黒田博樹というダブルエースを擁しながらのBクラスに、「緒方辞めろ!」の声もカープファンからは出ていました。この人は、監督には向いてない、って。


 ところが、去年の緒方監督は、まるで別人のようでした。
 
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 「監督」として試合を分析したり、選手を評価する、という野村謙二郎路線の「高いところ」から、選手に近い目線のところに降りてきて、ともに闘う姿勢をみせるようになったのです。
 試合後のコメントも、頑張ってきた選手のミスをかばったり、あまり目立たなくても良い仕事をした選手の名前をあげてねぎらったり、ときには、松山選手や新井選手をネタにして笑えるエピソードを披露したり。
 緒方監督が変わったから、チームがこんなに強くなったのか、チームが強くなったから、緒方監督に余裕ある振る舞いができるようになったのか。
 どちらが先なのかはよくわからないのですが、ひとつだけ言えることは、人間、40代後半になっても、こんなに、良い方向に変われる、ということです。
 もう年だから、これまでずっとこれでやってきたから、と「変われない」ことを嘆く人は多いけれど、それは「変わろうとしない」だけなのかもしれません。
 とりあえず、変わることができた人がいたのです。
 1年目のオフに、緒方監督はオーナーに進退伺いを出したそうですが、オーナーは緒方監督を慰留しています。後任がいなかったから、なのかもしれませんが、もしそこで緒方政権が終わっていたら、緒方監督は「監督失格」の烙印をおされていたことでしょう。
 気が短い、あるいは見切りが早いオーナーだったら、1年目の成績は、クビになっていてもおかしくなかった。
 1年でクビになっていたら、「カープファンの記憶に残る愚将」だったはず。
 こうして連覇を達成した緒方監督は、もう、球史に、少なくともカープファンの心のなかにはずっと残る「名将」と言って良いと思います。
 あの「ダメ監督」だった1年目と、同じ人のはずなのに。
 成長を期待して、待ってくれる人のところで働いていた、という「縁と運」もあったのです。


「頼もしいやつらだ本当に!」


 現役時代に「修行僧」と呼ばれたストイックな男は、監督として「人を頼む」ことを学んで変わった。
 ファンへの感謝の言葉も、今年はいっそう強くなったように感じました。
 年を重ねても、人は変わることができるし、人を頼れるのは「強さ」なんだ。
 今年のカープのリーグ優勝は、去年ほどドラマチックじゃなかったからこそ、意義深い優勝だったと思うのです。


 試合後の共同会見の最後に、記者が「まだリーグ優勝が決まった直後で、残り試合もあるので気が早いかもしれませんが、CSや日本シーズンに向けての意気込み、みたいなものを伺えますか?」と尋ねたのです。


 緒方監督は、こう答えていました。
「気が早くないですよ、次の目標はもう始まっているわけだし。昨年はいちばん最後に悔しい思いをして終わったシーズンでしたし。厳しい戦いに間違いなくなると思うんですけど、ぜひ、日本一を勝ち取りたいと思っています」


 結局、この年は日本一どころか、CSファイナルでDeNAに負けてしまったのですが……勝負の世界ってやつは、厳しいですね。
 緒方監督、一度でも日本一になれていれば、掛け値なしの「名将」として語り継がれることになっただろうに。
 あらためて考えてみると、カープが「日本一」にいちばん近づいたのは、2016年の日本ハムとのシリーズで、マツダスタジアムで2連勝し、札幌ドームで黒田が先発し、1点リードしたまま降板した場面だったと思います。レジェンド・黒田の引退もあって、あのときは、カープに風が吹いていた。
 でも、ちょうどそのとき、日本ハムには大谷翔平がいたんだよなあ。なんというめぐりあわせだったのだろうか。


 そして、去年、2018年の3連覇。
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 カープというチームは、勝てば勝つほど、選手たちの価値が上がり、金銭的な制約や他球団からの評価の上昇により、バラバラになっていきやすい宿命を背負っている。
 このチームに、こんなに素晴らしい選手たちが同じ時代に揃うことは奇跡的だし、僕は、「常勝軍団」を願いつつも、「別れの予感」に怯えている。
 だが、世の中に永遠というものが無いのであれば、今日の夜くらいは、後のことは考えずに、いまを喜んでいたいし、それが許されるのではないかと思う。


 結局、この「負の予感」は2019年に現実のものとなってしまったのですが、冒頭の緒方監督の会見での言葉を読むと、その宿命を承知のうえで、「若い選手を起用して育てていくしかない」という覚悟をしていたことがあらためてわかります。
 
 永遠に優勝し続けるチームなんてありませんし、リーグ三連覇というのは偉業だったとしか言いようがありません。
 そんな黄金時代をつくってしまったがために、今年の「転換期にさしかかってしまったチーム」を率いて、周囲の期待に応えようとするのは、きつかったのではなかろうか。
 本来は「今年が通常営業のカープ」なのだとしても。

 野間選手への平手打ち事件は、僕にとっては大きな衝撃でした。
 いちばん驚いたのは、(本当かどうかはわからないのですが)「野間選手が訴訟を考えていて、長野選手に説得されてやめた」という話が伝わってきたことでした。
 スポーツの世界で、「指導」という名目での暴力は、絶対に許されることではありません。あの時期のカープの戦いぶりをみていると、緒方監督も「指導のつもり」というよりは、何もかもがうまくいかないフラストレーションを、プロとしてあるまじき怠慢プレーをした野間に、ぶつけてしまったのではないか、と推測しています。
 緒方監督が長年やってきた「プロ野球」の世界では、指導者による「愛のムチ」は当たり前のものとされていて、緒方さんも、それが身体と心に沁みついていた。
 でも、いま20代半ばの野間選手は、「絶対に体罰は許されない」時代にプレーしてきたのです。
 緒方監督は「あんなプレーをしたのだから、後ろめたく思うのが当然」だと考えていたはずなんですよ。
 野間選手を強く推して1位で指名し、自らの後継者として期待していて、新人時代から、結果が出なくても「隙あらば野間」とファンに揶揄されるくらい積極的に起用してきた「愛弟子」にも、うまく自分の気持ちを伝えることができないもどかしさ、自分はもう古い人間ではないか、という不安が、あれ以来、強くなっていったようにもみえました。
 人と人との関係って、いちどぎくしゃくしてしまうと、フラットなものにはなかなか戻らない。
 試合に出せば「やっぱり気を遣っている」と言われ、出さなければ「やりづらいので干している」と思われる。

 2019年の緒方監督は、初年度の無惨な成績から、自らを変え、律し続けて三連覇を成し遂げた「名将」でも、こんなふうに一度チームの状態が悪くなると、綻びを隠すことができなくなることがあるのだ、というのを僕に見せてくれました。
 毎日の試合後のインタビューの「明日、切り替えて」は、緒方監督にとっては「自分のもどかしさを表出しないための最低限のコメント」だったのでしょう。
 ファンにとっては「また今日も、明日、切り替えて、かよ。いつになったら本当に切り替えるんだ……」だったのですが。

 どんな名将だって、勝ち続けて人生を終えた人は、ほとんどいません。
 ハンニバルだって、項羽だって、ナポレオンだって、最後には敗れています。
 最後まで負けなかったのは、早逝したアレキサンダー大王くらいかもしれません。
 プロ野球の監督も、また然り。
 原監督だって、野村克也監督だって、こっぴどく負けたシーズンはありました。
 優勝できるチームでは手腕を発揮できても、6位のチームを4位にするのは苦手、なんてタイプの指揮官もいるのだと思います。

 僕は、緒方監督の功績と手腕は高く評価されるべきだと考えていますし、監督という地位についてからも自省しながら成長していったのは、本当にすごいことです。
 その一方で、2019年のカープに、一度狂った歯車とか流れというものは、チームにおいて、なかなか修正できないものなのだな、と思い知らされました。


 僕は、今日、緒方監督が自ら退任を決めたということに、安堵してもいるのです。
 今年の結果は、悔しかっただろうと思う。
 だからといって、あと1年「緒方体制」を続けたら、緒方監督と選手、ファンとの信頼関係は、致命的に傷ついていたのではなかろうか。
 一度、お互いを信じられなくなったら、何をやってもかえって悪いほうに行ってしまう、というのは、カップルや友人だけの話ではありません。
 それならば、ここで一度リセットしてしまったほうがいい。
 緒方監督の「成長力」があれば、ユニフォームを脱いで外の世界に触れることによって、指導者としてプラスになることがたくさんあるはず。
 選手もファンも、ここで少し緒方監督と離れることによって「3連覇の偉業を成しとげたこと」「25年間優勝できなかったチームを頂点に導いたこと」を再評価するのではないでしょうか。
 ここで「一度、退く」ことによって、近い将来、緒方監督がカープに、あるいは野球界にあらためて必要とされるのではないか、そんなふうに思うのです。
 ボロボロになるまで、お互いにとことん傷つけあってしまっては、もう、美しい思い出にはできない。


 僕は40年くらいカープファンをやっているのですが、緒方監督の5年間、とくに、2016年から2018年までの3年間は、いままでで最高に楽しい時間でした。
 つまらない試合がまったくなくて、選手たちはみんな真剣に、それでいて楽しそうにプレーしていて、たくさんのドラマを見せてもらいました。

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 ヒーローインタビューで黒田さんにバケツで水をかけようとして、黒田さんのひと睨みに気圧され、自分で水をかぶる鈴木誠也
 その姿をみて、ニコニコしている黒田さん。
 

 緒方監督、あなたが率いたカープは、素晴らしく魅力的なチームでした。
 僕は、いろいろあったけれど、とりあえずこの「カープの時代」を生きることができて幸せでしたし、いつまで経っても忘れません。きっと、死ぬ間際の走馬灯に映るカープの監督は、緒方さんです(古葉さんの時代のカープも映るとは思うけど)。
 シーズン中は、もう緒方監督じゃダメだな、と何度もテレビ画面にぼやいていましたが、今はただ、ひとつの素晴らしい時代が終わってしまったことが寂しくてなりません。

 緒方孝市監督、5年間、いや、カープに入団してから33年間、本当におつかれさまでした。そして、ありがとうございました。
 あなたの引き際は、本当に美しかった。
 だからこそ、またいつか、緒方さんの出番が来るのではないか、僕はそう考えています。
 今は、とりあえずゆっくり休んでください。
 
 また、いつか、マツダスタジアムで。


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