いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

落語と「ポリティカル・コレクトネス」との葛藤

 落語をときどき聴きにいくようになりました。
 20代くらいの頃は、漫才やコントはさておき、落語には、まったく興味がわかなくて、時間は長いし、背景はわからないし、この時代に落語を聴くなんていうのは「古典芸能に理解があることをアピールしようとしている腐れインテリ」みたいだな、と思っていたんですよ。
 でも、40代も半ばになって、あらためてこの世界に触れてみると、落語というのは噺の内容そのものだけでなく、演者の個性というか、「どう客に聞かせるか」を楽しむものなのだな、ということがわかってきました。
 率直に言うと、昔の落語の「ネタ」って、いま聴いても、そんなに面白くはないと思うんですよ。
 少なくとも、それが作られた時代にリアルタイムで聞いていた人たちと同じ感覚では、楽しめない。
 でも、その「そんな現代的ではないネタを、面白く聴かせる落語家の話術」は、本当にすごい。
 まあ、こんなことを書きながら、僕自身も「古典芸能もわかるようになった自分」に少し酔っているところがあるのも否定できません。
 ある噺のサゲ(オチ)が、「チューのおかげだから」だったのですが、みんなが笑っているのに、僕はずっと考え込んでしまって。
 チューって、ネズミの話が出てきていたから、それと引っかけているのはわかるんだけど、ここで唐突に「接吻」っていうのもおかしいし……結局、Googleで検索したのですが、“忠(忠誠心)のおかげ”とかけられていたのです。
 言われてみれば、なるほど、という話なのですが、2018年に「チュー」と言われて「忠」をすぐにイメージできるのは、『信長の野望』をやっているときくらいだよなあ、僕の場合は。
 「基礎知識」みたいなものがないと、このサゲで笑えない。
 いくつかきいていて、落語の場合、サゲが云々、というより、途中のプロセスや落語家の雑談のように聞こえるものを楽しむものなのだ、と僕は解釈するようになりました。
 もちろん、より深く楽しむには、予備知識があるに越したことはないのでしょうけど。


 それで、先日聴いたのが『明烏(あけがらす)』という演目だったんですよ。
 立川談春さんは本当に佇まいが美しく、噺が聴きやすい。初心者の僕ですが、来てよかったなあ、と思ったのです。
 しかしながら、この『明烏』を聴いていて、僕はずっと気になっていたことがあって。
 
 ちなみに、『明烏』って、こういう噺です。


明烏 - Wikipedia


 童貞・堅物の主人公(若旦那)が、吉原に半ば強引に連れていかれることによって、珍妙な言動を繰り返す、という内容なのですが、これって、「童貞いじり」だし、「売春に対する嫌悪感を『野暮なもの』だとしている」のです。
 僕は観客席の笑い声のなかに、女性(若い人も高齢者も)が半分、あるいはそれ以上混じっていることにも、ずっと引っかかっていたのです。
 こういうのって、男性が集まって、密室でやるような飲み会ではありがちなのだけれど、女性も耐性があるというか、かえって女性のほうが笑っているのではないか、とさえ感じました。
 いま、「風俗店で童貞男がしきたりをしらずに変なことをする話」をしたら、男女ともに、反発する人はものすごく多いと思うんですよ。
 僕は、少なくとも好感を抱けない。


 でも、こうして「古典芸能」というカテゴリーに入ってしまい、寄席(というより、コンサートホールのような場所だったんですけどね)という密室になると、堂々と笑えてしまうものなのだなあ。
 正直、僕は談春さんの演者としての力には魅了されたけれど、「童貞いじり」みたいな内容には、ずっと乗り切れませんでした。
 昔の話だし、当時の時代背景を考慮するべきで、2018年の価値観で断罪すべきではない、というのは、ひとつの考え方だし、そうしないと、昔の落語の演目はNGだらけになってしまう。


「無知な人を(明るく)笑いとばす」というようなガス抜きの要素は、芸能には不可欠なものではないのか。
 古典芸能にまで、現代のポリティカル・コレクトネスを適用するのは、傲慢な気もします。
 映画では非実在人物が大勢死ぬし、歌謡曲では、不倫や破壊衝動を多くの人が口ずさんでいる。
 実行してはいけない、そういうものごとをフィクションのなかで発散するのが、エンターテインメント、という解釈で良いのだろうか。


 まあ、こういうことを考えてしまう人は、「おまえ、落語に向いてないよ」ということではあるんでしょうけどね。それこそ、「嫌なら聴くな、寄席に来るな」って話だから。
 ただ、あそこで笑っていた人たちをみていると、人間の「外に向けてアピールしている正しさ」と、「内なる正しさ」って、使い分けられているものなんだな、とは思います。
 それが悪い、というわけではなくて、それこそが処世術、というものなのだろうけど。


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