いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

30年前の僕らは胸を躍らせて「ロードス島戦記リプレイ」なんて読んでいた。


mantan-web.jp


 『ロードス島戦記』懐かしいな……
 とはいっても、僕の記憶に残っているのは、最初のシリーズのことが主で、上のサイトをみて、「おお!パーンとディードリッド!」と一発回答できるくらいには、まだ覚えているんですよね。年取ると、昔のことはちゃんと思いだせるんだけどなあ。
 

 1984年に『火吹山の魔法使い』、1985年に『ソーサリー』という「アドベンチャーゲームブック」のシリーズが大ヒットしたときには、僕も夢中になって読んでいたものです。ただし、サイコロを振るのがめんどくさいので、「ここは戦闘に勝ったことにしよう」と、先のページに進んでいました。あれ、真面目にルール通りにやっていた人って、どのくらいの割合だったのかな。
 当時のマイコン雑誌というのは、僕のようなインドア系オタク予備軍少年にとって、「いろんな文化への入り口」みたいな役割を果たしていて、『ログイン』で、『銀河ヒッチハイク・ガイド』を知ったり、ハインラインJ.P.ホーガンを読んでみたりしたものです。


fujipon.hatenadiary.com

アーサーはがばと立ちあがった。
「フォード!」
フォードは隅に座って小さくハミングしていた。宇宙旅行に出るたび、宇宙旅行の実際に宇宙を旅行する部分はけっこう難儀だと感じる。彼は呼ばれて顔をあげた。
「うん?」
「きみがこの本かなんかの調査員で、それで地球に来てたんなら、地球のデータを収集してたんだろうな」
「まあね、多少は情報を付け足せたよ」
「それじゃ、その前の版になんて書いてあるのか読ませてくれ。どうしても読みたいんだ」
「いいとも、ほら」彼はまた本を差し出した。
アーサーはそれをしっかりつかみ、両手の震えを止めようとした。問題のページの項目を押すと、画面がひらめいて渦を巻き、やがて文字が現れてきた。アーサーは目を凝らした。
「なにも書いてない!」
フォードが肩ごしにのぞき込んできた。
「書いてあるよ。ほら、画面の一番下を見て。『エクセントリカ・ギャランビッツ。エロティコン星系第六惑星の乳房が3つある娼婦』のすぐ下」
アーサーはフォードの指を目で追い、それがさしているところを見た。一瞬なにが書いてあるかわからなかったが、わかったとたん頭が爆発しそうになった。
「なんだって、『無害』だって! たったそれだけ? 無害って、たったひとことじゃないか!」
フォードは肩をすくめた。「銀河系には何千億って星があるし、この本のマイクロプロセッサの容量には限りがあるんだよ。それに、地球のことはあまり知られてなかったんだからしょうがないじゃないか」
「そのへんは、きみが少しは直してくれたんだろうな」
「もちろんさ。新しい解説を伝送したよ。編集者が多少は刈り込んだけど、それでもこれよりはましになった」
「で、いまはなんて書いてあるんだ?」
「『ほとんど無害』」フォードはいささかばつが悪そうに咳払いをした。
「ほとんど無害?」アーサーはわめいた。

 『銀河ヒッチハイク・ガイド』のこれを読んで、「クールだ……」と身もだえる中学生だったんですよ、僕は。


 『指輪物語』を最初に教わったのも、マイコン雑誌だった。
 あの頃のアメリカのゲームの記事とか、本当に面白そうだったよなあ。
 思えば、僕の趣味嗜好のかなりの割合は、安田均さん由来ではなかろうか。


 角川書店の『コンプティーク』で、『ロードス島戦記』の「テーブルトークRPGリプレイ」がはじまったときには、「世の中には、こんな『遊び』があるのか!」とワクワクしながら読んでいたのです。出渕裕さんのキャラクターもよかった。とくにディードリッド!僕のなかでは、エルフの女性はみんなディードリッドに変換されてしまいます。


 ところで、説明が後先になったけれども、RPGリプレイとしてのロードス島戦記には、じつはかなりの歴史がある。
 というよりも、そもそもロードス島戦記リプレイこそ、RPGでリプレイという形式を確立した嚆矢――わかりやすく言うと、ご先祖様なのだ。
 ある意味で、小説版よりも古いと言ってもいい。


 いまちょうど、この『ロードス島戦記』のリプレイをKindleで少しずつ読み返しているのですが、本当にもう、懐かしくて。
 あの頃は、同級生が部活だ恋愛だ、と青春とかいうやつを堪能している陰で、僕は数少ない同好の士たちと、この「テーブルトークRPG」をやっていたのです。僕はゲームマスターをやるのが好きだったのだけれど、マップやストーリーの準備とかゲームバランスの調整とか、自由度が高い一方で、アドリブで処理しなければならないことが多くて、けっこう大変ではあったんですよね。
 そして、あの頃の僕たちには、「キャラクターを演じることの気恥ずかしさ」みたいなものもあった。
 やっているときは楽しいのだけれど、なんとなくやらなくなってしまって、『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ』は、いつのまにか、押入れの奥にしまわれっぱなしになりました。
 海外には『トンネルズ・アンド・トロールズ』とか、SFものの『トラベラー』なんていうテーブルトークRPGがあるというのは聞いていましたし、あの頃は、一緒に遊ぶ相手もいないのにボードゲームが大好きで、『タクティクス』を愛読していたのです。
 日本でも、『ソード・ワールドRPG』が、長い間普及していたようですが、僕はノータッチなんですよね。
 結局『D&D(ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ)』ですら、ちょっと触ったことがある程度なんですよ。
 こんなのを家族で日常的に遊んでいるなんて、欧米の人たちは想像力が豊かで時間に余裕があるんだな……なんて思っていました。
 

 結局、テーブルトークRPGは、テレビゲームほどの大きな遊びのジャンルにはならなかったし、人生ゲームほど各家庭に普及もしませんでした。
 アメリカの家庭では、いまでも『D&D』をやっているのだろうか。
 とはいえ、『ロードス島戦記』というのは、『ドラゴンクエスト』と並ぶくらい、日本での「ファンタジー世界」の普及に貢献したのではないかと思っています。
 『ダンジョン飯』のキャラクターをみると、「ロードス島」を思い出しますし。


 ライトノベルの始祖とされる文庫の『ロードス島戦記 灰色の魔女』をはじめて読んだときの印象は「これって、読みにくいというか、文章が下手なのでは……」でした。
 水野良さんの文章は、その後、急速に改善されていくのですが、『灰色の魔女』は、高校生の僕が読んでも、「うーむ」と言いたくなるような代物で。
 地元の中規模郊外型書店(いまはもうほとんどそんな書店もなくなりました)にはなくて、博多の紀伊国屋まで出かけてようやく手に入れたのに、ストーリーはともかく、この文章は……と、高校生なりに落胆したのを憶えています。
 今から考えると、僕自身が「ライトノベル的な文章」に不慣れなだけだったのかもしれないけれど。


 僕は、小説版やゲーム版ではなく、『コンプティーク』に連載されていた、リプレイ版がいちばん好きでした。
 『ポプコム』でも、『ザナドゥ』(日本ファルコム)などの「プレイ同時進行記事」が盛り上がっていたんですよね。月刊誌の同時リプレイなんて、今のゲーム発売日の0時からプレイ実況合戦がはじまる時代と比べたら、のんびりしたものだよなあ。


 なんのオチも教訓もないまま終わってしまうのですが、もし興味を持った人がいたら、『ロードス島戦記』は、小説版やゲーム版よりも、リプレイのほうを一度読んでみていただきたいのです。
 テーブルトークRPGが失われたというよりも、コンピュータのオンラインRPGに進化していった、とも言えるのだけれど、あの頃の僕たちには、これが、「最先端」だった。


アクセスカウンター