いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

いま、日本でもっとも有名な探偵(かもしれない)「ミス・シャーロックいずみ」を知っていますか?


www.saga-s.co.jp
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 僕の行動範囲の中心って、基本的に北部九州、とくに福岡、佐賀の両県なのですが、この看板、最近よく見かけるな、と気になってはいたのです。
 「浮気調査」に身構えているというわけではなくて、「探偵」って、こんなに顔出しして良いものなのか、と思い、たぶん、この「女探偵いずみ」っていうのは、イメージキャラクターの俳優さんなんだろうな、と考えていました。

 ところが、この記事には、こう書いてあります。

看板の「女探偵」本人として業務をする同社役員は「都市部と比べて佐賀の道路は視界が開けていて、広告が認知されやすい。顔を出すことで、相談に踏み切れない人にも安心感を持ってもらいたい」と語る。

 ビジネス本の著者や開業医、起業家などが、親しみを持ってもらう、あるいは「自分」をアピールするために「顔出し」するのは戦略として理解できるし、確かに、探偵に依頼するほうも「顔が見えたほうが安心」なのかもしれません。僕自身は探偵に何かを依頼したことはありませんが、一般的にはそんなに縁がない世界・業界ではありますし、どのくらいお金がかかるか、というのもミステリ小説で読んだ知識の程度です。探偵小説に興味がない人なら、なおさら、「どのくらいの価格が適正か」なんてわからないと思います(僕もわかりませんが)。


onnatantei.com


 このホームページを見ても、シャーロック・ホームズ風のコスプレ写真などもあって、もうノリノリにも見えるのです。
 おそらく「探偵」に依頼する場合は、ネット検索経由が多いのでしょうから、検索順位を上げたり、相談しやすい雰囲気をつくったりする、というのが現在ではかなり重要なんでしょうね。

 個人的には、運転中にこの看板を見かけるたびに、浮気をしているわけでもないのに、なんだか責められているような気がして、ちょっと居心地が悪くはなるのですが。


 僕がこの看板を見かけるたびに不思議な気持ちになるのは、こうして「顔出し」するのは、探偵という仕事にとってデメリットが大きいのではないか、ということなんですよ。
 
 以前、こんな本を読みました。

fujipon.hatenadiary.com

 「探偵」というと、ホームズやポアロといった「名探偵」や、フィリップ・マーロウのようなハードボイルドに出てくるタフな私立探偵を思い浮かべてしまうのですが、少なくとも、今の日本では、探偵の主な仕事は、難事件の解決ではありません。
 探偵の仕事というのは、2007年に施行された「探偵業法」で定義されるようになったそうです。

 依頼案件の内容を分析しますと、やはり圧倒的に不倫・浮気の調査が全体の70%以上を占めています。なぜなら依頼者たちは、パートナーの不貞の証拠を手に入れ、いざという時(離婚を決意した時)のために備えておきたいという動機から、探偵社を訪ねるケースが多いからです。


(中略)


 私が会社を立ち上げた2003年当時は、不倫・浮気調査の依頼は、圧倒的に妻である女性からの案件がほとんどを占めていました。夫である男性からの依頼は、一割程度に過ぎませんでした。
 しかし、女性の社会進出が進むにつれ、夫である男性からの依頼が増加し、現在ではおよそ四割になっています。こうしたデータは、女性が外で働くようになると新しい出会いも増えて、不倫に走る既婚女性が増えた証しと言えます。


 この本のなかで、著者は、MRグループがこれまで行ってきた浮気調査のさまざまなデータを紹介しています。
 「あやしい」ということで調査を依頼され、引き受けた例では、実際に浮気・不倫の証拠がみつかったケースは約92%!
 依頼者が明らかに妄想にかられているような事例ではお断りしているそうですが、それにしても、高い確率ですよね。逆に、「浮気していなかった、潔白であった」のは2%弱。調査に必要だった期間のなかでもっとも割合が高かったのは2~3日で、プロが調べると、数日で、確実な証拠(メールや一緒に食事をしている、という程度では「有用な証拠」にはならず、実際にホテルに連れだって入ってきたり、出てきたりしている場面の写真じゃないと「確実な証拠」とは言えないそうです)を掴まれてしまうのです。
 そして、調査結果、浮気・不倫が発覚した場合でも、とりあえず、70%くらいは、婚姻関係の継続を選択するのだとか。


 この本の著者は、「探偵に向いている人」について、こう述べています。

 実は探偵に向いているタイプは、無個性で目立たない平凡な人なのです。よく個性的な人をキャラが立っている……と言いますが、そんな人は探偵に向いていません。なぜなら目立ちやすいからです。
 探偵の仕事は、常に隠密行動です。人込みに紛れれば、どこにいるのか分からなくなる無個性な人ほど、優秀な探偵になる可能性を秘めています。


 僕はこういう本や、若竹七海さんの「葉村晶シリーズ」を読んできたので、「ミス・シャーロックいずみ」の顔写真入り看板には、ずっと違和感があったのです。


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 探偵って、「目立たなくてナンボ」の仕事なのに、こんなに露出していたら、尾行とかの調査がやりにくいんじゃないか?と。
 もちろん、スタッフはこの人だけじゃないだろうし、この写真の人は現場には出ていない可能性もありそうです。
 実際、「あの写真の女性」がいるかどうか毎回確認しながら浮気する人もいないでしょうし(東京の人混みのなかならともかく、福岡や熊本の郊外や佐賀なら、車で移動するのが中心になりますし、気づかれずに尾行するのはかえって難しいのではないか、とも思います)。

 あの看板が「景観を壊す」かどうかは人それぞれではあるのでしょうが、何か気になる看板ではあるんですよね。
 むしろ、看板が気になって、僕みたいにネットで検索することを狙っているのかもしれません。
 ネット広告ではなく、ドライブ中に目に入ってくる「看板」だからこそインパクトがあるし。

 これ「探偵ナイトスクープ案件」かと思いきや、「佐賀新聞」で記事になっていたことに驚きました。
 たぶん、こうして記事やネットニュースなどで採りあげられるのも「思惑通り」ではあるのでしょうね。
 「目立つことを避ける業界」だからこそ、こういう逆張り戦略も有効なのだろうか。

 
fujipon.hatenadiary.com

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