いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

2022年のリメイク版『うる星やつら』と1980年代の「失われていく記憶」


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 2022年10月から、リメイクされた『うる星やつら』の放映がはじまりました。
 懐かしい……と思いながら第1話を観たのです。
 諸星あたるの声の神谷浩史さんはかなり古川登志夫さんに寄せてきているな、でも、上坂すみれさんはだいぶ違うみたい……と登場時は感じたのですが、途中からは1981年版の平野文さんに近くなっていく印象でした。
 歴史に残る作品なだけに、「全く同じでは意味がないし、全然違うものでは受け入れられない」というバランスのもとにつくられているのでしょうね。

 いやしかし、「懐かしい」と書いたのですが、初回放映時は1981年ですから、僕はまだ10歳くらいだったわけで、正直、ラムちゃんのあのビキニ姿をみて、これを親の前で観るのは気恥ずかしかったのを思い出しました。というか、実際、ほとんど観ていなかったんだよなあ、1981年版の『うる星やつら』。

 僕は恋愛系に昔からあまり興味がなくて、「ラブコメ」とかは避けてきていました。それでも『うる星やつら』は、時々、家のテレビで観ていた記憶があるのですが、あたるに対しては、「なんでこんないいかげんなヤツがモテるんだ、理不尽だ」という苛立ちが大きかったし。高橋留美子先生のマンガも、ほとんど読んでいないんですよね。
 それで「懐かしい」とか言っているのもおかしな話ではあります。

 どちらかというと『うる星やつら』に対するイメージは、「『オタク』のリトマス試験紙」というもので、1980年代の「典型的なオタク像」って、「小太りで風呂にもあまり入っていなさそうな不潔な野郎が、ラムちゃんのでかいイラスト入りのTシャツを着て、蘊蓄を語りまくる」というものだったと記憶しています。

 僕は自分が「オタクっぽくみえる人間」だと自覚していましたので、あえて『うる星やつら』とは距離を置いていたところがありますし、正直、いいかげんな男がモテまくる話」も好きではなかったのです。

 でもまあ、実際のところ、50年生きてみると、モテるなんていうのは、真面目だから、とか、性格がいいから、とか、優しいから、なんていうのとはあまり関連がない(かといって、見かけだけでモテるわけでもない)、ということもわかりました。結局さ、人が人を好きになったり嫌いになったりするのって、もう直感みたいなもので、理由はあとからついてくるだけなんだよな。

 あらためて考えてみると、『とある魔術の禁書目録』とか『リゼロ』『ダンまち』みたいなライトノベル系の主人公がモテまくる異世界もののルーツって、『うる星やつら』だと思います。なぜそうなるのか理由や背景はいちいち説明せずに、これはそういうものだ、ということにしてしまうところも含めて。

 『うる星やつら』よりも前の時代のアニメって、いちおう、背景とか理由とか説明するものが多かったですからね。『巨人の星』の消える魔球が、「地面にワンバウンドして土煙で消える」という説明を聞いたときには子供心に苦笑せずにはいられませんでしたが。じゃああれ、みんな見送ればボール球じゃないか、と。でも、「理由が必要な時代」ではあったんですよねあの頃は。
 今のアニメって、「いちいち主人公が特殊能力を持っている理由なんて説明しない」ものが多いよなあ。
 
 それにしても、この「昭和感」。恋人・しのぶに「結婚してあげる」と言われて発奮する、あたる。

 なんて真面目なヤツなんだ。2022年に高校生が恋人に「結婚してあげる」とか言われたら、引くぞたぶん。そもそも、2022年って、「結婚」って言葉自体が、センシティブワードになっている。「結婚」が「報酬」となると、なおさら。
 
 ラムちゃんが例の姿で出てきたときには、昔とは別の意味で、周りに人がいないか、確認してしまったものなあ。いまの世の中的には、「テキトー男とメンヘラ女たち」の物語のようにも見えるし。

 「昭和のマンガが原作だから」「あの『うる星やつら』だから」ということで受け入れられているのかもしれないけれど、今回初見の若者たちには、どう見えているのだろうか。アイコンとしての「ラムちゃん」には魅力があっても、ドラマの登場人物としては「地雷女」ではないのか。
 
 テレビ版が放映されていた時代、アニメファン、ゲームファンは「オタク」として学校内で白眼視されていたのです。
 そんなにアニメ好きではなかったけれど、中学校とかで生き延びるためにクラス内のもっとも小さなグループ(アニメ、ゲーム好きなインドア派)に所属していた僕は、周りの『うる星やつら』愛を語る友人に話を合わせながら、「けっ、あたるなんて、最も僕らとは遠い存在じゃねえか」と内心毒づいていました。
 僕はもともと、アニメよりもテレビゲームや歴史が好きだったのですが、小派閥の中にも、パワーバランスというものはありました。


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 こういう時代を生きてきた僕としては、今回の『うる星やつら』のリメイクが、「伝説の人気アニメの復活」というポジティブな文脈のみで語られ、ラムちゃんが当時の「オタクを見分けるための踏み絵」みたいな存在であったことが、人々の記憶から抜け落ちているようにみえることに、安堵と「なんだかなあ」という気持ちが入り乱れているのです。

 『エヴァンゲリオン』とかもそうだよね。大学時代に『エヴァ』が一部の人たちの間ですごく話題になって、「解説本」がわんさか出ていたときも、「なんか薄気味悪い包帯女をみて喜んでいるやつら」みたいな差別感情を抱いているリア充な人たちは少なからずいました。

 庵野秀明監督自身でさえ、『旧エヴァ』の劇場版の最後には、「あまりにも『エヴァ』にとらわれて、日常を見失っている観客たち」にその姿を鏡で見せようとしていました。
 「新劇場版」のラストでも、そういう「作品のメタ化」みたいな描写はあったので、庵野監督の作風なのかもしれませんが。

 その『エヴァンゲリオン』が、今となっては「国民的アニメ」として、大人がひとりで観に行っても、全く他者の目を意識しなくて済むようになったのだから、時代は変わった。
 『新劇場版』の『序』の頃には、地方都市では、まだ「オッサンひとりで行くと目立ちそう……」と、ちょっと僕は気にしていたくらいだったのに。

 かつて「好きと表明したらオタクと見なされて、差別されそう」だったアニメ作品が、Twitterでトレンド入りし、若者たちがそれを日常的な存在や自分のアイデンティティの一部として語っている。


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瀧本哲史さんの講義の、この一節を思い出さずにはいられません。

 みなさん、パラダイムシフトって言葉、聞いたことありますよね?
 パラダイムチェンジとも言うかもしれませんが、要は、それまでの常識が大きく覆って、まったく新しい常識に切り替わることです。
 最近では、スマホが登場してガラケーに取って代わったことなんかは、典型的なパラダイムシフトでしょう。
 一般的な用語として広まっていますが、でもこれ、もともとは科学ジャンルの言葉で、トーマス・クーンという科学史の学者が『科学革命の構造』という著書の中で使い始めたものなんですね。
 たとえば、超有名な天動説から地動説への大転換があるじゃないですか。ガリレオ・ガリレイとかの。
 あれって、どうやって起きたと思います?
 どういうふうに、みんなの考え方がガラリと変わったんだと思います?
 じゃあ、そこの方。はい。


生徒1「学会とかで議論して、認められた?」


 なるほどなるほど、非常に良い答えですね。ありがとうございます。
 他にいますか? はい、あなた。


生徒2「古い学者がみんな死んじゃって……」


 そう、そう。そうなんですよ。
 クーンはですね、地動説の他に、ニュートン力学ダーウィンの進化論など、科学の歴史上で起きたいろんな科学革命を調査・研究した結果、たいへん身も蓋もない結論に達してしまったんですね。
 ふつうに考えれば、天動説を超えるような人に対して、地動説の人が「こうこう、こういう理由で天動説は観察データから見るとおかしいから、地動説ですね」って言ったら、天動説の人が「なるほどー、言われてみるとたしかにそうだ。俺が間違ってた。ごめんなさい!」っていうふうに考えを改めて地動説になったかと思うじゃないですか。
 でも、クーンが調べてみたら、ぜんぜん違ったんですよ。
 天動説から地動説に変わった理由というのは、説得でも論破でもなくて、じつは「世代交代」でしかなかったんです。
 つまり、パラダイムシフトは世代交代だということなんです。


 結局のところ、アニメもテレビゲームも、「それを子供の頃から大好きだった人たちが大人になり、社会を動かすようになったから、偏見がなくなった」ということなのでしょう。
 というか、世代交代という形でしか、社会とか人々のイメージなどというものは、変わらないのかもしれません。

 
 かくして、『うる星やつら』は、「オタクのバイブル」ではなく、ごくふつうの昭和風ラブコメになった。
 ただ、それはそれで、「みんながあっさり受け入れてくれる」ようになると、何か拍子抜けしてしまうような気もしなくはないのです。
 人間というのは、めんどくさいものだと思います。
 
 なんのかんの言っても、あれだけの年月とこだわりを注ぎ込んでつくられた『シン・エヴァンゲリオン』が、『ONE PIECE』の新作映画に興行成績で負けてしまうのも現実ではあるけれど。


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