いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

秋山翔吾選手が来てくれることへの、ある広島カープファンの独白


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 昨日の朝起きて、Twitterのタイムラインを眺めていたら、「秋山、広島入団へ」という新聞の1面らしき画像を見つけた。
 そのときの、僕の率直な感想は「あーはいはい、バーボンバーボン」だったのだ。

dic.nicovideo.jp


 「バーボンハウス」なんて知らない、というデジタルネイティブも大勢いると思うので、説明のリンクを貼っておきます。
 まったく、誰だこんな捏造画像でカープファンを釣ろうとしているヤツは。残念だったな、40年来のカープファンが、こんなのに引っかかるわけがないだろう。
 いや、一度だけ、黒田さんが帰ってきたときだけは、至福のだまし討ちだったな。あのときの喜びとその後のリーグ3連覇の記憶を持って、僕は死んでいく。


 ……今年のカープ?皆まで言うな。
 
 開幕6連勝は凄かった。鈴木誠也がメジャーに移籍したことで、「誠也頼み」から、個々の選手が「つなぎ」を意識し、先発投手陣が整備され、チーム力が上がったのではないか。マエケン、黒田の夢のダブルエースでもCSにすら出られず、その年のオフにはマエケンがメジャー移籍、ああ、夢は夢だったな、と思った2016年に、25年ぶりのリーグ優勝が成されたように。
 今から考えたら、あのリーグ3連覇のときのカープは、本当に強くて、野球を観るのが楽しくなるチームだった。とりあえず、死ぬ前に黒田と新井の涙の抱擁を見られただけでも、これまで生きていた価値はあった。「そんなに負けるのが悔しいのなら、巨人ファンになれ!」と僕に言いながら、「カープのスポンサーだから」とキリンビールしか飲まなかった父親にも、あの優勝を見せてあげたかった。
 いや、単にキリンビールが飲みたかっただけかもしれないな、あの人のことだから。


 正直、秋山翔吾選手は、西武ライオンズに戻るのだろうな、と思っていた。ソフトバンクが対抗馬として登場してきたのだけれど、これまでのチーム、そしてファンとの関係性を考えれば、金銭などの条件面をよほど重視するのでなければ、西武だろう、と。
 むしろ、帰国即西武、みたいな流れだと予想していたのに、他球団も考えているのか?という感じだった。
 そこへ、「広島が秋山獲得に参入」というニュースが。


news.yahoo.co.jp


 その記事には、球団上層部の話として「秋山選手獲得に的を絞って、新外国人選手の調査を止めた」と書いてあった。

 今年のカープは、正直、見ていてつらかった。
 楽しかったのは、開幕6連勝だけで、その後は、最初につくった貯金をジリジリと取り崩し、なぜか今年は相性が良い阪神DeNA相手にだけ勝利を重ね、その他のチームには不甲斐ない試合を繰り返していた。
 交流戦に入ると、完膚なきまでに打ちのめされ、僕は自分を不機嫌にしないために、カープの試合の途中経過を追わなくなり、結果も確認せず、ブログでもカープについて触れるのをやめた。
 「見たら負け」くらいの気分になっていた。
 わざわざ、自分を不機嫌にする必要はないから、と。


 秋山獲得レースに「参入」したのも、あまりに不甲斐ないチームの闘いぶりに不満が蓄積しているのを察して「補強するつもりはあるんですポーズ」をとり、ファンのガス抜きをするためではないか、と思っていた。
 秋山が縁もゆかりもない広島カープに、いくら仲が良い選手がいるからといって、来てくれるわけがない。
 お金は(以前よりはマシでも)そんなにないし、ホームは地方都市だし、熱狂的なファンは多いが、人気では巨人や阪神ソフトバンクには敵わない。

 あの人が巨人に行き、鈴木誠也がメジャーに移籍したあと、カープの外野手は「帯に短し、たすきに長し」という選手ばかりになってしまった。今年は西川龍馬だけはレギュラーとしてチームのポイントゲッターになっていたのだが、怪我でまだ復帰のメドも立っていない状態だ。
 外野のレギュラーが、ひとりもいないチーム。
 
 走攻守3拍子揃った外野手、日本代表クラスの選手(だった)秋山翔吾は、まさに「今のカープの補強ポイントのど真ん中」の選手だったのだ。
 「秋山が来たら、若手が伸びる芽を摘む。『若手お試し枠』が無くなる」という意見もネットで見たが、いくらなんでも、外野の3ポジション全部「お試し枠」ではひどすぎる。もう、それなりにチャンスは与えてもいるはずだ。
 個人的には、去年のドラフト3位の中村選手は、社会人出身の実戦派、という印象で、もっと見てみたいけど(なんのかんの言いつつも、やっぱり僕はけっこうカープを観ているな)。


 来ないよな、カープには。
 というか、来ない秋山獲得ムーブでファンに言い訳しようとせずに、新外国人選手を探してくれよ……万が一、秋山が来てくれても、外野をそれなりに守れる新外国人が必要な状況だろうに。
 手を挙げて交渉するだけなら、新外国人獲るよりずっと安上がりだし、ファンには「秋山獲得に全集中しましたが、力及びませんでした」っていう大義名分はできるし。


 
 

 えっ、まさか?
 本当に、秋山選手カープに来るの? 壮大なバーボン、とかじゃないよね……
 うわっ、中国新聞デジタル(大本営)にも出た!
 これは、夢? ここはマトリックスなのか?

 
 どうやら、本当に、秋山翔吾選手が、カープに、来てくれる……らしい。


 干ばつが続く中、雨が降ってくれた、そんな気持ちであるのと同時に、ちょっと信じられない、なぜカープ?とファンである僕でさえ思うのだ。そもそも、カープファンは、人が去っていくのには慣れていても、大物選手が来てくれた経験は、極めて乏しい。

 黒田さんは「おかえりなさい!」だったけれど、秋山選手は西武とソフトバンクからのオファーを断って、カープに来てくれた。
 嬉しい、ものすごく嬉しい。ありがたい。戦力としても、走攻守、センターというポジション、どれをとっても、カープの補強ポイントど真ん中だ。もちろん、西武時代と同じパフォーマンスはできない可能性は高いし、日本の野球に再適応するのに時間がかかるかもしれない。メジャー帰りの選手のなかには、日本でまた活躍した人もいるし、「どうしてこうなった」みたいな成績しか残せなかった人もいる。
 ただ、「あの秋山選手が、カープを選んでくれた」ことそのものが、もうすでに歴史的な快挙、という気分になっている。


 この鈴木さんの反応からしても、「やれるだけのことはやってみるけど、まあ、ウチじゃないよね……」というのが球団の本音だったのではなかろうか。

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 「まさか本当に来てくれるとは……」
 しばらく些細なことでTシャツがつくられまくったり、樽募金が始まったりするのではないか、と心配してもいる。

 好きな人にダメ元で告白してみたら、予想外にOKの返事で、「ちょっと待って。本当に僕でいいんですか?世の中には、もっと良い男がたくさんいると思いますよ」と、謎の狼狽をしてしまった記憶がよみがえる。告白したのは自分なのに。

 秋山さん、嬉しい、ものすごく嬉しいんですけど、こんな僕……じゃなかった、こんなお金もなく本拠地は東京じゃなく練習は厳しくて地元以外でのメディアの扱いも小さめのカープでもいいですか?

 そうか、これが長年培ってきた「負け犬根性」というやつなのか……
 でも、僕はカープの「そういうところ」が、案外、嫌いじゃなかったというか、僕の自信のなさとシンクロしやすかったのかもしれない。


 それと同時に、「罪の意識」もあるのです。
 ソフトバンクに関しては「そこまでなんでも持っていかなくても良いんじゃない?若手も良い選手がたくさんいるし」という感じなのですが、西武ファンに対しては、「僕がそんなことを言える立場でも、言う必要もないのだろうけど、後ろめたい気分」ではあります。

「競争なんだから」「選手の権利」「球団が出した条件が悪かったから仕方ない」

 ああ、これは、カープファンとして、僕が何度も何度も何度も浴びてきた言葉だ……

 僕がもしカープファンでなかったら、たぶん、「秋山選手は、よほどひどい条件か、要らない、と言われたのでなければ、まずは西武に戻ってプレーするべきだった」と思ったのではなかろうか。
 今回のことで、西武時代の秋山選手のファンへの温かい振る舞いや、ファンからの信頼の強さ、日本球界復帰に際しての「帰ってきて」というメッセージも本当にたくさん目にしてきました。

 もし、黒田博樹が、日本球界に復帰するとき、巨人や阪神に行っていたら?じゃあ、ロッテや日本ハムだったら?
 今後、前田健太鈴木誠也が日本でのプレーを望んだとき、カープじゃないチームを選んだとしたら?

 今回、あらためて思い知らされたのは、「僕という人間は、これまで不誠実とか納得できないとか思っていたことでも、それが自分にとって都合の良い結果であれば、『許してしまう』あるいは『それもまたひとつの結果だ』と受け入れてしまう」ということでした。

 あれだけ虐げられてきた、プロ野球界のパワーバランスのなかで、多くのものを奪われてばかりだったはずなのに、いざ、自分たちが「奪う側、利益を得る側」になったら、「秋山選手は西武に戻るべきだった」とは思えない。いや、「西武に戻るべきだったとしても、カープに来てくれるのなら、話は別」だった。

 もちろん、これは犯罪でもなければ、不正でもないんです。
 でも、「奪う立場になってみると、こんな感じなのかな……」と、少しだけ自分自身に失望もしています。でも、本当に嬉しいから困る。


 だからといって、秋山さんはもうカープに来るんだからね!

 ……本当に、バーボンハウスじゃないんだよな。



「ごめんなさい。こういうときどんな顔すればいいかわからないの」

「笑えば、いいと思うよ」


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