いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「困った相談をされた。性的な内容なので注意。」の増田さんへ


anond.hatelabo.jp


正直、ネタというか「釣り」じゃないかと思いつつ、こういう事例は実際にありうるので、僕なりに考えてみます。
最近読んだ本に「精子提供によって生まれた子どもの話」が紹介されていたのがすごく印象に残っているので。


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「AID(提供精子を用いた人工授精)によって生まれた子ども」である石塚幸子さんの話です。

 幸子さんは自分がAIDで生まれた事実を知ったとき、「これまでの人生が覆されるような衝撃」を受けたといいます。
「聞いたのは、いまから十数年前、23歳のときです。父親が遺伝性の難病を発症したので、私にも遺伝している可能性があるかもしれないと思って調べていたとき、母から『実は、お父さんとは血がつながっていない』といわれて。
 最初は病気の遺伝がないことにほっとしたんですが、仲の良かった母親が、そんな重要なことで私に嘘をついていた、というのがものすごくショックでした。たぶん、父親の病気のことがなければ一生いわずに済ませていたはずです。それでいいと思っていることが一番許せなかったというか」
 人生の途中で、それまで親だと思っていた人と血縁がないと突然知るのは、どんな気持ちになるものか。とても想像しきれないところがあります。経験者からよく聞くのは「人生の土台が崩れるような」という表現です。「自分はこういう人間だと思っていた根っこが消えてしまうような感覚」、「これまでの人生が嘘の上に成り立っていたように感じられる」といった言葉も聞きます。
 幼少期から聞かされていれば「そういうものか」と思い、比較的事実を受け入れやすいようですが、ある程度の年齢になってから出自にかかわる真実を知った人は、みな激しく動揺し、親子の信頼関係が崩壊するケースもまま見られます。
 幸子さんも事実を知ったときは、大変な衝撃を受けました。当時は大学院に通っていたのですが、通学中などひとりになると涙が止まらず、「これで一生分の涙は使っちゃったかも」と思うくらい泣いたそう。


 これを読みながら、僕は、「確かに驚くかもしれないけれど、23歳の大人が、ここまで衝撃を受けることなのだろうか?」と思ったんですよ。
 僕も「世の中にはいろんな家族の形がある」と、わかったようなことを書いているけれど、その当事者の感覚とは、大きな差があるし、つい、「でも、生みの親より育ての親って言うし」とか、「AIDのおかげで、あなたがここにいるのだから」とか、口にしてしまいそうです。


 ほとんどの人は、「自分はこの親の子どもだ」と確信しているはずです(子ども時代のどこかで、何かすごくイヤなことがあって、「自分は本当はこの家の子どもじゃないんだ!」みたいな妄想にとらわれることはあるかもしれないけれども)。
 だから、「その確信が揺らいだときの心境」は、想像することが難しい。

 冒頭のエントリに関しては、性交渉すれば、そう簡単に子どもができる、というわけではないでしょう。でも、それが成功したとして、生まれてきた子どもには、父親のことを、どう説明するのか?
 「友達のあの人が遺伝的なお父さん」だと言ってしまえば、子どもにとっては、「あの人が自分の『父親』なのだ」という思いが生じてくるのでしょうし、言わなければ、「自分の(遺伝子的な)父親は誰なのか?」にずっと悩むことになる。
 

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精子提供―父親を知らない子どもたち―

精子提供―父親を知らない子どもたち―

  • 作者:歌代幸子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/01/25
  • メディア: Kindle

 この本には、こう書かれています。

 誰も真実を教えてくれなかったこと、ほかに相談相手はなく一人で重荷を抱えて生きていかなければならない不条理への怒りも感じる。そこから彼は「遺伝上の父親」を必死で捜し始めた。
「父を捜したい。直接会って、あなたの精子が僕になったんですと言いたい。自分のルーツを知りたいと思うのは理屈じゃないでしょう」
 そう胸の内を語ったという男性の言葉が、なぜか私の頭から離れることはなかった。
 海外では不妊の夫婦やレズビアンカップル、シングルの女性が精子バンクを利用して、子どもを出産するケースがあり、日本でも小説などの題材として「精子提供」を取りあげた作品は幾つかある。だが、実際に医療の現場でこうして行われ、現実に生まれた子どもの存在を知ることは衝撃だった。
 日本では戦後まもなく実施され、60年以上の歴史があること。国内で1万人以上の子どもが誕生しているといわれる。にもかかわらず、あくまで「匿名」を条件に精子が提供されてきたため、「遺伝上の父親」を知る道も閉ざされているのが現状という。
 では、期せずして事実を知らされた子どもはどうなるのか。


 冒頭のエントリでいちばん気になったのは、「生まれてくる(かもしれない)子どもは意思を持った存在である」ということについて、あまり考えていないように感じられたことでした。とりあえず子どもが生まれたら幸せ、子どもがいる生活って最高!……とは限らないわけです。
 夫婦のパートナーシップだって、未来永劫続くとは限らない。それはどのような形のパートナーシップであっても、同じです。
 もしそれが崩壊してしまった場合、その「子ども」に対して、遺伝子的な親に法的な養育責任が生じてくる可能性は十分あります。事情、理由はどうあれ、実際に性交渉をして生まれてきた「自分の子ども」であればなおさらです。精子提供のみの場合にはどうなるのか、についてはなんとも言えませんが、日本での精子提供が匿名の原則になっているのは、遺伝的な親子関係が立証された場合に、さまざまな義務が生じるから、という面もあるのでしょう。
 相続とか扶養の問題が生じないとしても、道義的責任、みたいなものは、やっぱり感じずにはいられないのではなかろうか。
 自分の家庭以外に「自分の子ども」が存在して、それが他人に育てられていることにまったく動揺しないで生きていけるだろうか。
 
 精子提供で生まれた子どもに、そのルーツを話すとしても、話さないとしても、子どもにとっては平常心ではいられないのです。
 同性カップルの子どもの場合には、一生隠し通すことは不可能です(異性カップルの場合でも、なんらかの理由で子どもが知ったり、親から時期をみて説明したりすることが少なくないそうです)。
 それでも、人が生まれてくる、人の親になる、ということにはそれなりの価値がある(と考えている人が多い)し、そんな葛藤を抱えながらも、子どもはやがて大人になって、生きていくわけです。どうしても子どもが欲しい、というカップルがいて、そこに「願いをかなえる方法」がある時代に、「それは運命なんだから、子どもはあきらめろ」と言うのは傲慢であるような気もします。


 ちなみに、「友人からの精子提供」については、いまの日本では、原則的には認められていません(日本産科婦人科学会の現在のスタンスは「匿名の第三者からの提供のみ認める」です)

www.jsog.or.jp


それでも、「匿名の提供者がみつからない」というような場合にのみ、親族や友人からの卵子精子提供による体外受精を自主的に行っている団体もあるそうです。
gendai.ismedia.jp


jisart.jp

この下のほうのリンクは、JISARTという民間病院団体の卵子精子の「非配偶者間体外受精」のガイドラインについての説明文です。
ここに属している病院によると、精子提供者には、提供される側とともに、健康状態の確認や心理的な負担に対するカウンセリングなどが1年間にわたって行われるそうです。また、体外受精には150万円の費用がかかるとのことです。


 「自分のパートナーと性交渉して子どもをつくってくれ」なんておかしいだろ、人工授精にしろよ、と思っていたのですが、そもそも「友人間での人工授精」は現状、国や日本産科婦人科学会の主流派は認めておらず、積極的に進めている団体では、お金も時間もかかり、カウンセリングなども受けなければならないのです。

 冒頭のエントリの増田さん(「はてな匿名ダイアリー」の著者)にパートナーとの直接の性交渉による精子提供を依頼してきたのは、「無知だから」ではなくて、「子どもが欲しくていろいろ調べた結果、もっとも手っ取り早くてローコストな方法」だったからなのかもしれません。
 もちろん、前述したような「精神的な負荷」「生まれた子どもの気持ち」「法的な義務が生じる可能性」は、手段はどうあれ、生じてくるのですが。

 しかし、いくら友人であって、「子どもをつくるためだけの目的」であっても、「寝る」っていうのは、増田さんの夫婦・家族関係においては、絶対にプラスにはならないと僕は思います(例外的に、そういう「プレイ」の趣味を持っている人がいる、ということはあるとしても)。


fujipon.hatenadiary.com


 この本では、中島らもが、美代子さんに行った、さまざまな「酷いこと」や「女性関係」もかなり赤裸々に語られています。その一方で、美代子さん自身の「男性関係」も語られていて、僕もある種の「異様さ」を感じずにはいられませんでした。「バンド・オブ・ザ・ナイト」時代の中島家では、「乱交」「スワッピング」なんてことも珍しくなかったようです。
 しかしながら、そんな「セックスにこだわらない」はずのらもさんについて、長年の親友の鈴木創士さんのこんな話も語られています。

 あるとき、創が、らもの後輩のコピーライター、ミキ君を諭していた。
「おまえ、中島と仲良くしたかったらな、いくら中島に勧められても、絶対ミー(美代子さん)と寝たらダメだよ」
 私は、創ともミキ君とも、寝たことがない。


 どんなに「性的に奔放な人」であっても、やっぱり、その行為には、「平常心ではいられない」ところはあるのです。
 口では「どうぞ」と言っていても。
 ましていわんや、増田さんの妻をや。
 相手カップルのパートナーシップも、その行為が原因で揺らぐかもしれないし。


 僕がもし増田さんの友人だったら、「『人助けのつもりで、友人のパートナーと寝られるなんてラッキー』とか思っているんだったら、絶対にやめとけ。そんなことしても、いまの自分の家庭がぶっ壊れたり、将来ずっと後悔したりすることになるから」と言います。相手にはきちんと説明して断って、友人関係が壊れるなら、それはもう仕方がない。相手がまともな人なら、理解してくれるはずだし、今後も同じように付き合ってくれるはずだから。現時点では増田さんの妻には相談しなくて良いのですが(その話をされた時点で、妻と友人との関係が壊れる可能性が高いので)、もし、増田さんと友人との関係が壊れて、妻から「どうしたの?」と問われた場合には、「そういうやりとりがあって、きちんと断った」ことを説明すれば良いんじゃないかな。


 いつものごとく、大変おせっかいなエントリで申し訳ない。


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夏物語 (文春e-book)

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らも 中島らもとの三十五年 (集英社文庫)

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