いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「その人にしか書けないこと」は、「日記」とか「何気ない日常の記憶」だけなのだと思う。


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 前回のエントリには、それなりの数の反応をいただきました。ありがとうございます。

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 叩かれるのは気分が良いものではないので、基本的にブックマークコメントは見ないようにしています。今回は見てしまって、「ああ……」と少し落ち込みはしましたが、こればかりは仕方がない。池に石を投げれば波紋ができるのは摂理ですし、それが嫌なら石を投げなければいい。
 こういう話は、誰かの「逆鱗」に触れやすいものであり、だからこそ、多くの人に読まれやすい、という面もありますし。


 個人的には、ブログを長く続けるコツというのは「自分と他人に期待しない」ことと、「トライアンドエラーを深刻になりすぎない程度に楽しむ」こと、そして、「ほんの少し収益化しておく」ことだと思っています。


 久しぶりに書いたので、僕も少し感覚が鈍っていたし、調子にも乗っていたのだと思う。気を悪くされた皆様には、どうかこんなブログには二度と近づかないようお願い申し上げます。お互いに不幸になるだけなので。


 この話を長々とするつもりじゃなかったのだけど。


 こんなブックマークコメントがあったのです。

僕と西原理恵子さんと「愛すること」の呪い - いつか電池がきれるまで

西原は「底辺」と自認する環境で生まれ育ち、なりふり構わず成り上がった人。「金がないのは首がないのと同じ」が強迫観念になってるような。文化資本に恵まれ裕福な家庭で育った娘とは断絶もするだろう。悲しい話。

2022/06/10 16:54
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 西原さんは作家として成功し、経済的に豊かになったけれど、子どもの頃や青年期の「貧しかった時代の感覚」は、ずっと残っているはずです。
 それに対して、子どもたちは「人気作家の子ども」として、家族の関係はさておき、経済的には不自由することはなかったと思われます。

 
 僕はこのコメントを読んで、自分と父親との関係について、いろんなことを思い出してしまって。

 僕の父親は医者だったのですが、父親のお父さん(父方のおじいちゃん、ですね)は山奥の学校で校長をやっていたそうです。
 父は、子どもの頃に野口英世の伝記を読んで、病気がちな自分の母親を治してあげたいと医者を志したのですが、地方の公立高校で無双していた程度での学力では、学費の安い国立大学には受からなかった。
 そこで、なんとか合格した私立大学の医学部に通わせてほしい、と祖父に頼み込み、祖父は先祖から受け継いできた田んぼを売って、医学部の学費を捻出してくれたのです。
 なんとか医者になった父だったのですが、「お前だけ田んぼを売って医学部に通わせてもらった」と兄弟に白眼視され、後に、実家が引っ越しをしたときに、そのことを全く知らせてもらえなかったそうです(この話は、本人からではなく、母親からの伝え聞きです)。
 田舎から出てきて、ギリギリの学費で私立の医大に入った父親は、かなり惨めな思いもしたとのことでした。周りのほとんどは開業医の子どもたちで、お金に困ったことがない人たちだったから。


 僕は、子供の頃、自分の父親が毎晩のように飲み歩いて、酔っ払って帰ってくるのが嫌で嫌で、帰ってくると布団に隠れて寝たふりばかりしていたのを思い出します。正直、お金に切実に困ることはなかったけれど、なんでもお金で解決されているような気がして、父親のことを軽蔑さえしていました。医療の、学問の世界で名を為せず、田舎の夜の街で顔役として大威張り、なんて、情けない。
 なんでも好きなことをやっていい、と言いながらも、高校の模試で志望を法学部にしたら、ものすごく機嫌が悪くなったこともありました。
 
 金だけでなんでも解決しようとしやがって!と当時は思いましたし、「今ならわかる、昔の自分は愚かだった」とまで反省する気持ちにもなれないのですが、僕も半世紀生きてきて、「子どものためとはいえ、それが当たり前だとされているとはいえ、子どもに経済的な不安を感じさせずに育てる」というのは、ものすごく大変なことだな、というのは理解できるようになりました。
 田舎の開業医なんて、と昔は思っていたけれど、学界で成功を収めることもなく、田舎で勤務医としてなんとか働いている僕は、結局、自分が軽蔑していたはずの父親の縮小再生産物ではないか、と悲しくなることもあるのです。
 経営者として自分の医院をやりくりするのには、気苦労が絶えなかったでしょうし。


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 医者という仕事の道筋をつけてくれたのは親だし、そのおかげでこれまでお金に切実に困ることも、クレジットカードの審査に落ちることもなかったけれど、本質的に、自分には向いていない、あるいは、もっと向いている仕事があったのではないか、と思うことが、今でもあるのです。いや、この世界は懐が深いので、医者として、もっと違ったやり方があったのかもしれないけれど。

「そのくらいなら、十分『良い親』なんじゃない?」と思う人も多いはず。僕も他人事だったら、そういう反応を示すかもしれない。
 でも、当事者にとっては、年齢とともに「わかる」というか「そういうふうにしか生きられなかった(であろう)事情」みたいなものはわかっても、「許せる」かどうかは別の話です。
 まあ、ここに書けない話とかも、色々あったんですよ。


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 この「はてなブログの中の人」が書いたエントリを読んで、『はてなダイアリー』からのユーザーであり、ネットに日記を書き始めたのは『さるさる日記』で、『日記才人』『テキスト庵』『Read Me!』の時代も過ごしてきた僕としては、「ああ、こういう人が『はてなブログ』を運営してくれているのか、と、すごく嬉しくなりました。
 僕も「他人の日常日記」が、ずっと大好きなので。
 そこには、自分には経験できなかった日常や、他者の考えが詰まっていて、「世の中にはいろんな人がいる」というだけで、僕はワクワクしていたのです。

 世の人々は、ブログに「社会に対して物申す」とか「自分の特別な体験」というようなものを書こうとしがちだけれど、社会の出来事に対する個人のオピニオンなんて、大概、あるていど類型化されたものにしかならない、なりようがないのです。
 自分が思いつくようなことは、みんなも思いつく。そして、ネットにすでに書かれている。
 書いている人が「有名人」とか「影響力がある人」であるのなら、「あの人の意見」として重んじられることはあるかもしれませんが。

 結局のところ、ほとんどの人にとって「その人にしか書けないこと」は「日記」とか「何気ない日常の記憶」みたいなものではないのだろうか。


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 僕は近頃、自分の親を思い出すことが多くなりました。
 そして、考えてしまうのです。

 僕という人間には、半世紀生きてきた分だけの「他人にとっては、おそらく価値がほとんどない記憶」が、たくさん詰まっている。
 近い将来、僕がこの世界から消えてしまったら、僕のその「何気ない日常の中の、ふとした記憶」や「僕の親や交流があった人たちの思い出」も、失われてしまう。

 わかってはいるのです。
 他人のそんな思い出なんて、「どうでもいい」し(僕だってそうです)、必要がないものだから、人類の歴史から忘れられていく。そして、忘れられていくことは、決して、悪いことばかりじゃない。

 そもそも、ネット上の多くのテキストは、ほとんど他者に読まれることはないし、誰の心にも響かない。

 それでも、僕はこうして、ネットにもういなくなった人たちのことを書くと、少し安心するんですよ。
 気休めなのはわかっていても。

 ひとりの人間というのは、それぞれ、書き尽くせないくらいの「内なる世界」や「情報」を持っていて、それを誰にも見せないまま死んでいく。
 そういうものすごく個人的なことだけが「その人にしか書けない、伝えられないこと」なのではないか、とも思うのです。

 子どもの頃、毎日、どんな夕食を食べていたか、思い出せますか?
 自分が好きだったメニューくらいは記憶にあるとしても、人生のほとんどの時間を占めているはずの「日常」って、本当に覚えていない。


 僕自身、誰かの文章を読んだだけで、人生が劇的に変わった!みたいなことはありません。筒井康隆さんを知ったことは、かなり大きかったかな。
 ただ、仕事で失敗をしたり、大事なものを失ったりしたとき、あるいは、不安に覆われてしまったときに、ネット上で誰かが書いた日常を読んで、「ああ、みんなこういうときってあるんだな」とか「みんな頑張っていたり、頑張りきれなくて落ち込んだりしているんだな」と救われたことは少なくないのです。
 

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 ネットに書いたことは、永続するわけではありません。
 ブログサービスやプロバイダーの都合で失われるのはよくあることですし、有料サービスであれば金の切れ目で消える。昔のサイトには、更新が途絶えた後、掲示板が出会い系の宣伝の巣窟と化してしまったところもありました。
 ときには、デジタルタトゥーとして自分自身を苦しめることさえあります。

 書けることの幅はどんどん狭くなってきたし、「墓」とか「遺言」としての機能も怪しいものです。
 
 そもそも、僕がこんなことを書いていると、両親は悲しむかもしれないし、僕の子どもたちは恥ずかしい、と思うかもしれません。

 それでも、書きたい、残したい、少しでも伝えたい、という欲求が僕にはあって、抑えきれなくて、と言い訳をしながら書き続けています。
 これって、特殊な性癖、みたいなものなのかもしれませんね。

 こうして書くことができるのも、自分が生きている間だけだから。


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