僕はあまり(というか、文字だけの本に比べると)漫画を読まないのですが、最近、ヤマザキマリさんのこの新書を読んで、ヤマザキさんと、とり・みきさんの共著の『プリニウス』を読んでみたくなったのです。
そこで、地元の紀伊国屋書店に出かけて、久々に漫画コーナーを覗いてみました。
まあ、けっこうメジャーな作品だと思うし、ここなら全巻揃っているだろうから、と。
ところが、全フロアの3割くらいを占めているマンガコーナーを探しても、なかなか見つかりません。
しばらくして、ようやく発見したものの、そこには、最新巻とその一つ前の巻の2冊しかありませんでした。
マンガも刊行点数が多いし、誰かがまとめ買いしたあとだったのかな……
そのときは、タイミングが悪かったのではないかと思い、博多駅近くと天神の紀伊国屋も後日覗いてみたんですよ。
博多駅のほうは、前に行った店と同じように、新しい刊から3冊しか置いてなくて、天神のほうは1冊もなし。
今のマンガの在庫って、こんな感じなのか、それとも、紀伊国屋がそういう方針なのか。
ちなみに、ジュンク堂は全巻きちんとそろっていて、1巻はたくさん並んでいました(ここのマンガコーナーはかなり広くて充実しています)。紀伊国屋としては、「近くにあるジュンク堂とマンガで勝負するのは難しいので、他のところで差別化する」という方針なのかもしれません。あと、うちの近くのTSUTAYAでも全巻揃っていました。
調査件数が少ないので、統計学的に云々、という話ではないのですが、今回、けっこう久々に大規模書店のマンガコーナーをじっくり眺めてきて感じたのは、以前(といっても、10年くらい前の話になってしまいますが)に比べて、「1巻から最新刊まで全部揃っているマンガ」の割合が、かなり減っているのではないか、ということでした。
ロードサイドの中規模書店とか、駅の狭い敷地にある書店などでは、こういう「いちばん売れる最新刊だけ置く」というのは珍しくなかったのですが、紀伊国屋でさえ、こういう本棚になってしまうくらい、紙の本というのは、売れなくなっているのか……(あるいは、マンガの多種多様化が進んでいるのか)
もちろん、その大きな理由として、ネット通販とともに、電子書籍の普及があるのでしょう。
著者はこの本の冒頭で、2017年の雑誌とコミックス(単行本)を合わせた2017年のコミック市場規模が4330億円(紙2583億円、電子1747億円)であることを紹介しています(出版科学研究所調べ)。
いま、日本のマンガビジネスは大転換の渦中にある。
マンガは、月刊マンガ雑誌で稼いでいた時代(1950年代前半)、貸本マンガが台頭した時代(50年代後半)、貸本出身の多様な才能が花開き、大人も読める青年誌や文学的な少女マンガなどが台頭した60〜70年代、コラム文化・雑誌文化の一翼をも担い、トレンディドラマの原作も多数供給した80〜90年代を経て、1995年に売上のピークを迎え(マンガ雑誌+コミックスで5864億円)、以降は右肩下がりの時代が長く続いた。
とくに厳しくなったのは、雑誌の売上である。最盛期1995年には3357億円だったが、2017年には953億円(電子雑誌36億円含む)にまで落ち込んだ。
雑誌は毎号千万単位の赤字を出すが、雑誌に連載された作品のコミックスの売上で回収する。90年代以降のマンガは、そのビジネスモデルでやってきた。
AppleのiPadが発売された2010年には「電子書籍元年」と言われたものの、2010年代半ばになるまでは「電子書籍は儲からない」「マンガをウェブに載せるなんて……」「マンガアプリ? マネタイズは大丈夫か」「紙と食い合わないのか」といった意見があった。しかし、いまやそんな次元の議論は終わっている。
2017年にはコミックスの電子版売上は1711億円となり、紙のコミックスの売上1666億円を上回った。
前述の紀伊国屋でも「いま、ものすごく売れているマンガ」は、全巻揃って平積みにされて、推されていました。
ただ、その「イチオシ」以外は、けっこう知られているマンガでも、「新しい巻だけ」になっている作品が多いのです。
僕は「この規模の書店であれば、『プリニウス』は全巻揃っているだろう」と期待していたのですが、そうではありませんでした。
置かれている作品のジャンル的な「幅」は、それなりに広くはなっているのですが。
もちろん、これだけの経験から業界全体の傾向みたいなものを語るのは無謀ではありますが、紙の本を売っている「リアル書店」としては、ずっと紙のマンガを買い続けている人に、今後も紙の本を買い続けてくれることを期待している一方で、これから新しく読み始める人は、紙から入ってくることは少なくて商売にならないと認識しているのではないかと思います。
1巻から読みたい人は、電子書籍でどうぞ、ということなのでしょう。
すでにコミックスの市場の半分は電子書籍のものになっているのだし。
マンガが読みやすいデバイス(タブレットや大画面のスマートフォンなど)を持っていれば、電子書籍のマンガのほうが安く買えたり1巻めは無料だったり、続きが気になったら、すぐに次の巻をダウンロードしたりできますしね。
僕は「文字だけの本は電子書籍でも構わないけれど、マンガは紙で読みたい派」なので(世の中の指向としては、マンガのほうが電子化が急速に進んでいるにもかかわらず)、これはなんだか寂しい傾向だなあ、と。
紙の本にこだわるにしても、大型書店でさえ新しめの巻しかなければ、最初からAmazonで注文しよう、ということになりますし。
いまのリアル書店というのは、新しい顧客を呼び込もう、というよりは、これまで紙で買っていた人たちをなんとか繋ぎとめていこう、という感じになってきているみたいです。
僕も、紙の雑誌で手にとるのは『本の雑誌』くらいになりました。
ノンフィクションのコーナーを眺めても、並んでいる本の種類も数も減っています。
大型書店ならではの「こんな本があったのか!という発見ができる」面白さが、どんどん失われているのです。
博多では、「売れなくても、この本を棚に並べたい!」という書店員さんの熱意が伝わってくる大型書店は、前述のジュンク堂と丸善くらいになってしまいました(あくまでも僕の観測範囲です)。
以前は気骨を感じていた書店でも、ビジネス書コーナーには「いま、売れています!」と、NewsPicks Bookが大プッシュで平積みにされており、けっこう売れているようです。
僕もNewsPics Bookを読むことはありますが、「炎上商法、あるいは著者のファンブック的な、粗製乱造ビジネス書が多い」という印象で、「すぐ読み終えられて、『すごい人のすごい本を1冊読んだ!』という満足感が得られるだけ(しかも内容は自分の役には立たない)」のラインナップです。
いや、そういうものが得られることが、「現代の読書体験」なのだ、お前は老害だからわからないだけで、と言われそうではありますが。
この本で、NewsPicks Book編集長の箕輪厚介さんは、こう仰っています。
編集者の仕事を一言で言うと「ストーリーを作る」ということだ。
いまの時代、商品の機能や価格は大体似たり寄ったりだ。
これからは、その商品にどんなストーリーを乗っけるかが重要になる。
例えば、このTシャツは、どんなデザイナーが、どんな想いを持ってデザインしたのか、そこに込められたメッセージは何か。そういった消費者が心動かされるストーリーを作ることが、洋服でも家具でも食品でも必要になってくる。
実はそれは、編集者の一番得意なことなのだ。
これからはあらゆる業界で、ストーリーを作る編集者の能力がいきてくる。僕はお客さんが買いたいと思うようなストーリーを作ることで、アジア旅行で買った、タダでもいらないような大仏の置物を数万円で即売させることができる。
今、僕が本以外の様々なプロデュース業をやっているのも、この力を求められているからだと思う。
この『死ぬこと以外かすり傷』という本も、まさに「箕輪厚介というストーリー」を売っているわけです。
こういうのって、売る側の論理としては、正しいと思うし、みんなが「箕輪さんみたいになりたい」と言うのもわかる(見城さんや箕輪さんの仕事への没頭ぶりをみていると、そう簡単に真似できるようなものではないだろうけど)。
ただ、僕は消費する側として、「タダでもいらないような大仏の置物を数万円で売りつける」ことへの罪悪感はないのだろうか、と考えずにはいられないのです。
売る側も、その大仏にそれだけの価値がある、と思い込んでいるのなら、仕方がない面はある。
でも、箕輪さんは、石ころであることを知りながら、「これはダイヤモンドだ」と顧客に感じさせ、それを売ろうとしているように思われます。
そういう売り方こそが「現代的」であり、今の時代を生き抜くための戦略なのだ、ということなのかもしれませんが。
こういうコンセプトで作られた本がネットで話題になり、Amazonで売上ランキングの上位に入ることによって、リアル書店にもたくさん仕入れられて、「いまのベストセラー」として平積みにされるのです。
僕にとっての本や書店というのは、テレビやネットの「瞬間的な熱狂」から、一歩引いて物事をみたい(あるいは、その熱狂に乗りきれない)人間のための場所だったのですが、いまは「すでにネットや電子書籍で売れているものを情弱どもにさらに売りつける場所」になってしまっているのではないか、と感じています。
もちろん、そんな本ばっかりじゃないし、そもそも、そういうのばっかり読んでいるお前が悪い、という話ではあるけれど。
そして、「売れている」ということが、最大の宣伝文句になるというのは、いまにはじまった話ではありませんが。
しかし、「本を売ってお金を稼いで食べていかなければならない」出版・書店業界が、Amazonに立ち向かっていくのは、かなり厳しいのも事実なんですよね。
もともとは書店だったAmazonは、いまや一部の生鮮食品を除くほとんどのものが買えるようになりました。
動画の配信も行っていますし、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)は世界のクラウド市場のシェアの3割を占めるに至っています。
今や、Amazonの全社売上の9%、営業利益の74%をAWS事業が占めているそうです。
ネット通販を効率的に行うために構築されたクラウドコンピューティングのシステムがいまや収益の柱となっており、極論すれば、Amazonは、もう通販で儲けなくてもいい会社になっているのです。
そこで儲けなくても良い会社に対して、小規模でそこが主戦場の会社が価格競争をしても、かなうわけがない。
なんだかやたらと大きな話になってしまいましたが、リアル書店は、これからの撤退戦で少しでも延命するために、自分たちの本来の魅力や独自性を捨てて、身軽になろうとしているのだな、と感じています。
大型店しか生き残れない、と言われてきたけれど、大型店ですら、どんどん没個性になってきているのです。
そもそも、「本」そのものが、情報伝達媒体として、すでにオワコンになりつつあるような気がしています。
200~300ページあって、700円くらいの文庫から、1000円~2000円台の単行本というフォーマットに準じなければならない、というのも本当は「制約」だったのかもしれません。
映画の上映時間のように「経験則で設定された時間や長さというのは、そんなに的外れではない」可能性もありますが。
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