いつか電池がきれるまで

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第153回芥川賞を受賞した又吉直樹さんと、「もうひとりの受賞者」羽田圭介さんの話

http://www.yomiuri.co.jp/culture/20150716-OYT1T50217.htmlwww.yomiuri.co.jp


ピースの又吉直樹さんが、羽田圭介さんとともに、第153回芥川賞を受賞。
僕は今回の候補作、又吉さんの『火花』しか読んでいなかったのですが、大変面白かったし、「笑い」の世界に生きることのせつなさ、みたいなものが迫ってきたし、納得の結果です。


fujipon.hatenadiary.com

芥川賞というのは、「純文学」の賞として、けっこう前衛的(あるいは「僕にとっては難解」)な作品が評価される回もありますし、逆に、時代錯誤じゃない?と言いたくなるような「私小説」が評価される回もあります。
「圧倒的」な作品がすんなり受賞することもありますが、蓋をあけてみないと、傾向がわからないことも少なくないのです。
今回、又吉さんは芥川賞候補1回目なので、選考委員の伝家の宝刀「もう1作みてみたい」が炸裂するのではないか、と予想していたのですが、見事に射止めましたね。
冒頭のYOMIURI ONLINEの記事を読んでみると、選考委員の評価も上々だったようです。


『火花』は、先日、三島賞の候補となったものの、大接戦の末、次点に終わった、と報じられていました。
これまで、同一の作品で三島賞芥川賞を両方とった事例はないので、結果的には、三島賞に選ばれなかったことが、芥川賞受賞にはプラスになったのかもしれません。
人生、何が幸いするかわからないな、と。


今後の又吉さんの作家としての活躍にも、期待しております。


さて、今回、同時受賞ながらも、完全に又吉さんの陰に隠れてしまった感のある羽田圭介さん。
まだ29歳で、なかなか格好も良く、受賞したのが今回でなければ、もっと注目されたのではないかと思われます。
個人的には、羽田圭介さんが、芥川賞に「届いた」ことが、非常に感慨深かったのです。
いや、ずっと応援していた、とかそういうんじゃないんですけどね。


僕はここ10年くらい、自分のブログのなかで芥川賞の選評の抄録をつくっているのですが、羽田圭介さんといえば、「ノミネートされるたびに、選評で山田詠美さんに身も蓋もないレベルに酷評される人」だと認識していたのです。


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山田詠美
「『走ル』。こういうのを、青春の輝きとみずみずしさに満ちている、と評する親切な大人に、私はなりたい……なりたいのだが、長過ぎて、お疲れさまと言うしかない。自転車で青森まで行っちゃう主人公は偉いが、突き当たり(稚内)まで行った『ハチミツとクローバー』の竹本くんの方が、もっと偉くて魅力的だ」

なかでも、この第142回の『ミート・ザ・ビート』への選評は、よく覚えています。
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山田詠美
『ミート・ザ・ビート』

 <大雨が、駅舎の屋根やアスファルトに降り注ぎ、厳かな音を立てている――中略――雨音のシンフォニーに彼は虚脱感さえ覚えた>……あ、ほーんと? 読む側としては、<雨音のシンフォニー>と書いてしまうセンスに虚脱感を覚えましたよ。この作者が「文学的」描写と思い込んでいる箇所は、すべて、おおいなる勘違い。どこぞの編集者に入れ知恵されたのではないかと勘ぐりたくなって来る。全部外すべき。あ、それだと<すべてのものが、無に返>っちゃうか


もう、一刀両断、という感じなんですが、『文藝春秋』の『芥川賞選評』でここまで山田詠美さんにメッタ斬りにされても、羽田さんはめげずに書き続けてきたのです。
前々回、第151回は、『春の庭』(受賞作・柴崎友香さん作)『どろにやいと』『メタモルフォシス』(羽田さんの作品)の三作が、受賞の当落線上でせめぎあった、ということが、村上龍さんの選評で語られています。

この作者が「文学的」描写と思い込んでいる箇所は、すべて、おおいなる勘違い。

山田詠美さんに酷評されてから、5年。
羽田さんは、ついに「芥川賞が手に届きそうなところ」まで、やってきました。
でも、その「手が届きそうなところ」から、実際に「受賞する」までが遠いのもまた、芥川賞
何度も候補になっているうちに、作風が選考委員に飽きられてしまったり、「もう芥川賞って立場でもないだろ」なんて言われるようになってしまう、ということもありますし、相手関係もある。


「一発回答」を出せる平野啓一郎さんみたいな人はめったにいないけれど、何度も候補になったからといって、必ずしもアドバンテージにつながるわけではない。


しかし今回、羽田さんは、ついにやりました。
『スクラップ・アンド・ビルド』で、ついに大願成就。
いやほんと、ずっと応援していた、というわけではなくて、むしろ、若くして芥川賞候補になっていた羽田さんが山田詠美さんに酷評されて、ちょっと「溜飲を下げていた」節もある僕なのですが、今回の受賞には、よくここまで辛抱して、書き続けてきたものだなあ、と、感慨深いものがありました。
芥川賞の選評という「大きなステージ」で、あそこまで人気作家に、選考委員に酷評されても、めげなかった羽田さんはすごい。
「あきらめたら、そこで、試合終了ですよ?」という『SLAM DUNK』の安西先生の言葉を、あらためて思い出しました。


なんという巡り合わせの妙なのか、今回の芥川賞選考委員のコメンテーターは、山田詠美さんだったのです。

芥川賞山田詠美選考委員は、羽田作品について「介護という重大なテーマを持った家族のあり方がうまく書けている」

とコメントされたそうで、山田さんの長年の「叱咤激励」が実を結んだ、というところでしょうか。
いやほんと、あきらめないって、大事なんだな。
それにしても、あの山田さんの選評は、まだ若かった羽田さんだからこそ、あえて厳しくしたのか、それとも、純粋に作品への評価だったのか……


今回の、第153回芥川賞、又吉さんの受賞は、もちろん「快挙」なのですが、羽田圭介さんも、けっこう「ドラマチックな受賞劇」だったんですよ、「芥川賞ウォッチャー」にとっては。


羽田圭介さんの今後の活躍にも、期待しております。


火花

火花

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流

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