僕にできることは、津原さんの『ヒッキーヒッキーシェイク』のハヤカワ文庫版を買って読んでみることくらいではあるのです(単行本とKindle版は幻冬舎から出ているので、気をつけてね)。
- 作者: 津原泰水
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/06/06
- メディア: 文庫
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僕はけっこう幻冬舎の本を読んでいますし、有名人が2~3時間くらい適当にしゃべっただけの内容を1冊の新書に仕立てて売る、きわめて生産性の高い出版社だな、とも思うのですが、スキャンダラスな内容も嫌いじゃない、というのが本音でもあるのです。
「嫌いじゃない」人が多いから、幻冬舎の本はベストセラーになるわけだし。
しかし、この「文庫版の契約を反故にする」というのは、見城徹さんの意向が反映されていたのだろうか、それとも、幻冬舎の中間管理職クラスが、ベストセラー『日本国紀』とその作者たちに「配慮」したものなのだったのか。
こうして、Twitterのおかげで可視化されただけで、この手の人間関係に伴う出版中止、みたいなのは、これまでも起こっていたのではなかろうか。
個人的には、見城さんは極端な人ではあるけれど、こういうときには、あえて喧嘩させて売るのではないか、という気もしたんですけどね。それは、けっこう長い間、見城さんを眺めてきた僕の目が曇っているだけなのか。
俺が駆け出しのころだ。見城がまだ角川書店にいた時代だ。角川書店担当Sに上司の見城を紹介された。編集者なのにチープな文学意識の抜けていない薄気味悪いマッチョだった。自費でつくったらしい阿部薫の本をわたされた。ま、それはいい。
— 花村萬月 (@bubiwohanamura) 2019年5月15日
見城は仰有った。
— 花村萬月 (@bubiwohanamura) 2019年5月15日
ボクは小説は最後しか読まない。
それは文字通り、小説のラストだけ目を通して、すべてを決めるということで、雑念が入らぬぶん、当たりを出せるということ──らしい。
— 花村萬月 (@bubiwohanamura) 2019年5月15日
この花村さんのツイートを最初に読んだときには、「そんないいかげんな編集者だったのか」と思ったんですよ。でも、あらためて考えてみると、ゴダールが映画の冒頭15分間しか観なかったのと似たようなものなのかもしれません。
これが事実であるならば、見城さんはそれで成功しているわけだし、尾崎豊さんや石原慎太郎さんのような「話題性先行型」の作家だけではなくて、村上龍さんや中上健次さんのような、文学的な評価も高い(とされている)作家とも深くつきあってきているのです。
「出版の自由」「言論の自由」を尊重すべき出版社が、傍からみると至極当然である津原さんの指摘に対して、「逆ギレ」したのはみっともない。
しかしながら、一私企業としては「金の卵を産む鶏の機嫌を損ねないために、そんなに売れないであろう『めんどうな作家』を排除した」というのは、合理的な判断である、とも言えます。出版契約はどうなってるんだ、とは思いますが。
現実的には、理想を貫いてベストセラー作家に嫌われるリスクを冒す余裕は、いまの出版社にはない、ということなのかもしれません。
有名出版社から、ヘイト本や、あやしげな「がんは放置しろ」とか、「精神科は嘘ばかり」みたいな本がたくさん出版されていて、しかも、それを丸善とか紀伊国屋とかジュンク堂が堂々と「推して」いるのをみると、僕はとても悲しくなります。
でも、彼らだって、食べていかなきゃならないんだよな。
医者のなかにも、あんまり医学的な効果があるとは思えない「ニンニク注射」とかを、不承不承やっている人がいるのと同じように。
実はこのエントリを書く際に、「これが幻冬舎が出してきた、『スキャンダル本』の歴史だ!」という内容にしようと思っていたんですよ(僕も物好きですね)。
でも、『ハダカの美奈子』は講談社だったし、『絶歌』は太田出版だし、『がん放置療法のすすめ』は文藝春秋なのです。いやほんと、『日本国紀』だけでなく、最近の出版界は「売れれば正義」なんだよなあ。
もちろん、そうではない、良心的な作家や編集者の存在も知っていますし、自社のヘイト本に辟易しながらも、「その稼ぎが、良質だけど売れない本を出す原資になっている」ことにジレンマを感じている出版人も多いのではないか、と感じています。
読者がアホだから、こういうことになるんだ、とも思うのだけれど、僕もそういうアホな読者の一人である、という自覚はあるし、世の中が『方法序説』や『ソクラテスの弁明』みたいな本ばかりだと、やっぱり困る(誤解を招かないように追記しますが、これらは人類の叡智と言うべき名著です)。
それにしても、『日本国紀』って、なんでこんなに売れているのだろう……と考えていたのですが、結局のところ、「(良くも悪くも)話題になっているから」売れるし、売れるから話題にもなる、ということなのではないかと。
多くの人は、その本の内容よりも、ベストセラーを読むという「祭り」に参加しているだけなのかもしれません。
そして、それに頼らないと、出版社は生きていけなくなっている。
頼みます、幻冬舎。そこで連載し、出版することに作家が自信を持てる、日々原稿を書くことに納得ができる出版社でいてください。世間を狭く、息苦しくするのではなく、社会を広く、風通しのよいものにするために出版社はあるはずです。
— 万城目学 (@maqime) May 14, 2019
万城目学さんのこのTweet、本当にその通りだと思います。
こういうふうに、当事者の言葉で検証できるようになったのは、インターネットによる人間の集合知の一例、でもあるんですよね。
だから、絶望するには、まだ早い、と思いたい。
- 作者: 津原泰水
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/06/06
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- 作者: 万城目学,門井慶喜
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2015/06/12
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- 作者: デカルト,谷川多佳子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2014/12/18
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