いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

いまさら他人には聞けない「人生相談」の歴史

……という、ちょっと賢くなれそうなタイトルなのですが、実際は「僕がこれまで読んできた『人生相談』の本を時系列で紹介し、『人生相談』の時代による変遷を追ってみる、というエントリです。

 人生相談というのは、それこそずっと昔からあるコンテンツであり(孔子の『論語』も、けっこう「人生相談っぽい内容」が書かれていますよね)、学究的な論考というレベルの内容では全くないので、その点は、御理解・御容赦ください。



(1)プレイボーイの人生相談―1966‐2006

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プレイボーイの人生相談 1966-2006

プレイボーイの人生相談 1966-2006


 『週刊プレイボーイ』40年間の「人生相談」を集めた本。
 僕にとって『プレイボーイ』って、「あれば読む」というくらいの付き合いの本なのですけど、この人生相談のコーナーも、「けっこう適当に答えてるなあ……」という感じで、いつも半分読みとばしてしまうようなコーナーなんですよね。でも、こうしてさまざまな回答者の「返事」をまとめて読んでみると、すごく面白い本になっているのに驚きました。本全体から満ち溢れる「時代の申し子」たちの無遠慮なまでに発散されるエネルギー!
 回答者の「個性」はもちろんなのですが、「結局、40年経っても、人間の(とくに若い男子の)悩みなんて、ほとんど変わってないんだなあ」ということにも驚かされます。

 この時代は、有名人が、それぞれの個性を活かして、相談者にお説教をする、というスタイルのものが多かったのです。



(2)それでもわたしは、恋がしたい 幸福になりたい お金も欲しい

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それでもわたしは、恋がしたい 幸福になりたい お金も欲しい

それでもわたしは、恋がしたい 幸福になりたい お金も欲しい


 村上龍さんによる、「身も蓋もない正論で斬りまくる」人生相談。
 村上龍さんが、「スイーツ世代」の20〜30代女性の「自分さがし」的な悩みを、バッサバッサと薙ぎ払っていきます。
 でもこれ、女性向け雑誌に連載されていたんですよね。
 「すごい人に一刀両断に『こうしろ!』と言われたい」という人生相談の時代は長かったし、けっこう最近まで続いていたのです(今でも、あるところにはあるのかもしれません)。



(3)中島らもの置き土産 明るい悩み相談室

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「人生相談史」において、中島らもさんの「明るい悩み相談室」というのは、大きなターニングポイントとなりました。
 読んで面白い「人生相談」というのは、ものすごく画期的でした。
 当時は、「面白くすること」重視で、らもさんは質問にまともに答えていなかった気がしていたのですが、今回、年を経てあらためて読んでみると、けっこうちゃんとした「悩みへの回答」にもなっているのです。

「娘が『母親というのはしとやかで愛情深く、まじめで子供思いでやさしいもの』だと信じ込んでいてつらい」という相談に対して、らもさんは、4つの「実例」をあげて答えています(以下ではそのうちの2つを引用)。

・「いつもの格好」で歩いていたところ、ヤンキーの兄ちゃんに後ろから「ヘイ、彼女ォ」とナンパされたのを自慢にしているお母さんがいます。ただ、ニッコリ振り向いてからどうなったのかは決して言おうとしません。

・Uちゃんの両親は「彫物師』で、二人とも首から下は一面に見事なイレズミをほどこしています。ある日、生まれて初めて温泉の大浴場で他人の裸を見たUちゃんは、「あっ、あの人たち、大人のくせにモヨウがないっ!」と叫んだそうです。

 親が自分の子を選べない以上に、子供は自分の親を選べません。夫婦というのが「割れなべにとじぶた」に長い時間をかけてなっていくように、親子というのも「ボケ」と「ツッコミ」に分化していくのでしょうか。どっちにせよ、「完ぺきでないお母さん」に僕は乾杯したいと思います。

 らもさんは「完ぺきじゃない人間を受け容れること」の天才だったのではないか、と僕は感じます。
「共生」とか「普通の人なんていないよ」って言いながらも、僕などはやっぱり、自分や他人の変わった言動に嫌悪感を抱いてしまうことが少なくありません。
 でも、らもさんは「完ぺきじゃないからこそ、楽しいんじゃない?」と語りかけてきてくれるんですよね。



(4)信じる者はダマされる うさぎとマツコの人生相談

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 人生経験の権化のようなふたり、中村うさぎさんとマツコ・デラックスさんによる人生相談。
 中村うさぎさんのほうが、有吉さんよりもマツコさんとは長い付き合いで、お互いのことをよく知っているだけに、親密さが伝わってくるのですが、その分、「一般の観客への意識が低い」ようにも思われます。
 「相談」への有効な回答を探る、というよりは、相談内容をきっかけにした、ふたりのトークを楽しむコンテンツ、という印象です。



(5)オタクの息子に悩んでます

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オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)

オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)

悩みのるつぼ〜朝日新聞社の人生相談より〜

悩みのるつぼ〜朝日新聞社の人生相談より〜


 人生相談を、「すごい人、偉い人が上からお説教する、というスタイルから、「同じ温度の風呂に入る」ことによって、問題解決を目指すものに変えたのが岡田斗司夫さんでした。

 現在(2019年11月)の「悩み相談界の第一人者」である鴻上尚史さんは、「手の内をひけらかさない岡田斗司夫」のように、僕には感じられます。

 この新書、最初に見かけたときは、「岡田斗司夫さんの悩み相談コーナーを新書にまとめたもの」だと思ったんですよ。
 もちろん、相談と岡田さんの回答は掲載されています。
 しかしながら、この新書の「肝」にあたるのは、相談そのものではなくて、「寄せられた悩みに答えるためのプロセスと、岡田さん自身の『他者の悩み』への向き合い方」が書かれている部分です。
 岡田さんがこの新書のなかでやろうとしているのは「個々の悩みに答えること」ではなくて、この新書を読んだ人たちが、自分や他者の悩みに「回答」できるような「思考法」を伝授することなのです。
 そのために、「分析」「仕分け」「共感」などの、さまざなまツールの使い方が、この新書では紹介されています。

 共感のコツは相談者と”同じ温度の風呂に入る”ことにあります。
 恋愛で悩んでいるとか、借金のことで困っているとか、いろんな悩みがありますよね。
 その時に、ついつい僕たちはその相談者と”同じ温度の風呂”に入らないんです。
 その人が熱くて困ってるとか、冷たくて困ってるといっても、自分は服着て標準の温度で快適に過ごしながら、つまり安全地帯から「こういうふうにすればいいよ」と忠告してしまう。
 とくに男性はこれをやってしまいがちです。女の人が男性相手に相談をすると、ムダに疲れてしんどいというのをよく聞きます。
 というのも、男性はすぐに回答を出そうとする。
 僕と同じで、役に立とうとするあまり、その人に対していま自分が言える一番論理的で、行動可能で、こういうふうにすれば状況が改善されるのにといった指針を、手早く言おうとしすぎるんです。
 結論だけじゃダメなんです。それよりもっと前の段階で、「相手と同じ温度の風呂に入る」これが結論です。


 岡田さん自身が、女性問題などで評価を落としてしまったため、この人生相談も顧みられなくなっているのですが、「演劇」というバックボーンがある鴻上さんよりも、一般人にとっては参考にしやすい「人生相談マスター」だと思います。この本で「手の内」もある程度明かされていますし。



(6)人生なんてわからぬことだらけで死んでしまう、それでいい。

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 こんな「相談者に共感するスタイル」が主流となりつつある時代にも、北方謙三先生の伝説の回答「ソープへ行け!」的な「頑固オヤジスタイル」を貫いているのが伊集院静さんなんですよ。
 けっこうブラック企業的な回答も多いのですが、「伊集院さんにそう言われたら、頷かざるをえない」という気分になります。
 「人生相談の技術」とか言っても、結局のところ、回答の中身よりも、「誰がそれを言ったのか?」なのかもしれませんね。
 道端で知らないオッサンにビンタされたら警察沙汰ですが、アントニオ猪木になら、お金を払ってもビンタしてもらいたい、という人が多いように。



(7)鴻上尚史のほがらか人生相談 息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋

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 現在の「人生相談マスター」として君臨している鴻上さん。
 けっこう昔、1980年代に鴻上さんのオールナイトニッポンを聴いていた僕としては、あれから30年か……なんて感慨にふけってしまうところもあるのです。
 この本を読んでいると、鴻上さんの緩急自在の問題解決能力と、相手が受け入れやすいようなアドバイスのしかたに、ただただ圧倒されてしまいます。



 こうして僕がブログに記録してきた「人生相談本」をみていくだけでも、「すごい人が相談者を説き伏せる」形式から、「同じ温度の風呂に入る」スタイルが人気になってきているのがわかります。
 これには、ネットの掲示板などでの不特定多数への「相談」では、まず相談者に対して、「あなたに原因がある」というバッシングの嵐が吹き荒れることが多い、というのも影響しているのではないでしょうか。
 「釣り」でもないかぎり、自分が困っていることを相談して、有象無象から袋叩きにされては、たまらないでしょうし。
 困っている人がネットで叩かれるのをみるたびに、僕は、ネットには「知識」は溢れているけれど、「知恵」は枯渇しているなあ、と思うのです。

 ちなみに、僕は自分でも驚くほど、他人に何かを相談されることが少ない人間です。
 僕は「自分のことは自分だってわからないけれど、他人にはなおさらわかるわけないだろ」とか「どうせ、最終的には自分のやりたいようにしかやらないのだから、相談してもどうしようもないよな」とか思っているので、たぶん、そういうのを見抜かれているのでしょうね。


人生相談。 (講談社文庫)

人生相談。 (講談社文庫)

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