いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「バイトや仕事よりもブログで稼ぐ」ことを学生や若者が主張するようになったのは、「絶望」のせいかもしれない。


azanaerunawano5to4.hatenablog.com


 本当にその通りだよなあ、と思いながら読みました。
 ブログを他人に薦めることが悪いわけではないけれど、アルバイトを貶める必要はありません。
 純粋に稼ぐという点では、ほとんどの場合、アルバイトのほうが安定しているし。
 若いうちにブログで稼ぐことに挑戦してみる、というのも、ひとつの「人生経験」ではあるという気もしなくはないのですが、うまくいかないようなら、あまり深入りしないほうが良いでしょう。
 

fujipon.hatenablog.com


 冒頭のエントリをはじめ、多くの人が指摘していますが、アルバイトをやると、否が応でも「いろんな人」と接することになるんですよね、とくに接客業の場合。
 僕は、専門職に就く人や「エリート層」に属する人こそ、学生時代に一度はサービス業のアルバイトを経験しておくことをおすすめしたいのです。

 
 あの豊田真由子議員の暴言騒動のニュースをみて、僕は「ああいう人、医療の現場にもいるよなあ」って思ったんですよね。いや、他人事ではなくて、医療の現場では、医者の権力ってけっこう強いから、周りのスタッフにけっこうきつく接してしまいがちだし、苛立ちをぶつけたい衝動に駆られることは僕にもあるのです。救急車がたて続けに来て、煮詰まってしまうと、すごくつらかった。
(最近少し働き方を変えたのは、限界と危険を感じていたから、でもあります)
 その人を頂点とする組織では、周りも、「酷いとは思うけど、この人がいないと現場が回らない」と、我慢する人が多いから、ああいう暴言はエスカレートしていくのです。


 進学校から偏差値の高い名門大学を出るような人生を送っていくと、「市井の理不尽な人々」と直に接する機会って、そんなにありません。
 ところが、そうやって温室内でテストの成績を争っていればよかった人たちが、その学力を活かして対人援助職につくと、「世の中には、不合理な行動規範で動いていて、他者に迷惑をかけることを厭わない人々」に直面することになります。もちろん、みんながみんな、そうじゃないんだけど。
 そして、そういう「(自分にとって)未知かつ理解不能な人々」を医者や弁護士や公務員は「親身になって援助」しなければならない。
 それをストレスに感じる人って、けっこういるのではないかなあ。
 なんで自分がこんな人のために……って。
 世の中の「エリート対人援助職」って、「そういう人たちのために働く仕事」ばっかりなんですけどね。


 国会議員って、「先生」って呼ばれて、「偉そうに見える」のだけれど、実際の仕事としては、政策をすすめたり、国会で質問したりするようなものだけではなく、地元の支持者の陳情を受けたり、あいさつ回りをしたり、というような地味かつめんどくさいものが多いそうです。
 「自分に都合の良いことばかり言いやがって」と、うんざりすることもあるのだろうけれど、そういう人たちに丁寧に対応しないと、選挙に勝てない。
 そうやって、自分にとって受け入れがたいことを続けるというストレスが、ああいう「暴言」として、身内に向かってしまうのではなかろうか。
 身内としては、たまったものじゃない、ですよね、ああいうのは。
 たぶん、「国会議員って、すごい仕事だと思っていたけれど、なってみたら、こんな汚れ仕事だったのか」って感じていたのではなかろうか。
 医者だって、そういうところはある、ありすぎる。


 だから、「慣れる」意味でも、「自分の資質を見極める」ためにも、いろんなお客さんが来る接客業を体験しておくことは、プラスになると思うのです。
 もちろん、「いやな人と接しないでお金を稼げる仕事」なんて、世の中にそんなに無いんですけど。
「プロブロガー」というのは、そういう「ものすごく能力はあるけれど、不合理な人と接することが絶望的に苦手な人のための仕事」になりうる可能性はありますよね。
 


 ……本来書こうと思っていた話からどんどん脱線してしまいました。申し訳ない。


 僕も「アルバイトよりブログのほうが良い」とは全く思わないのですが、こういう「学生ブロガーたちの主張」にも、それなりの理由があるのではないか、という気がするのです。


 そもそも、僕が経験した、「20年前のアルバイト」の感覚で、いまの学生たちのアルバイトを語っても良いものなのか。
 こういうふうに考えてしまうのは、「いまの学生の貧困」と「それを悪用しようとする大人たち」について、最近、本やニュースで知ったことが多いからなんですよね。


fujipon.hatenadiary.com


この『女子大生風俗嬢』を読むと、日本の若者の現状に絶望せざるをえないのです。
 そして、「良い時代に大学生だった」僕が、いまも自分の時代と同じようなものだと思いこんでいた、ということに、いたたまれなくなってしまうのです。
 「若いんだから、苦労しても良いじゃないか」「最近の若者は甘えている」
 少なくとも、お金に関しては、そんな精神論で語れる状況ではなくなっています。

(『女子大生風俗嬢』の著者が取材した、関係者の話)


「女子大生風俗嬢は昔からいたけど、特に増えたのは2008年の世界不況以降だろうね。あの時期を境にして、風俗店はお客さんが激減して、経営が本当に厳しくなった。求人サイトからは働きたいっていう女の子たちがたくさんくる。もう、明らかに供給過剰になっている。そうなるとこっちが女の子の採用を選べる立場になる。いまや風俗は誰でもできる職業じゃなくて、希望者の半分くらいは断られているかな。昔と違って風俗嬢になるために競争が起こっているから、付加価値のある有名大学の女子大生は採用されやすい。だから単価の高いAV女優とか、高級ソープとか高級デリ(デリバリーヘルス)は、有名大学の現役女子学生が本当に増えたんじゃないかな。でもね、ほとんどの風俗嬢は、そんなに稼げてないよ。収入は15年前の半分くらい。それと、今の女の子たちは昔みたいに遊ぶためじゃなくて、生活するため、学費を払うために、自分の意志でカラダを売っている」
 大学や短大、高専を中途退学した人の中退理由の1位は「経済的理由」(2014年文科省調べ)だった。学費が払えないで退学する学生は、退学者全体の約2割を占める。また、東京私大教連の調査では、親元を離れて通う首都圏の私立大学生の1日あたりの生活費はじつに897円だ。900円を割ったのは調査開始以降初となった。1990年には2500円に届く金額だったのが、なんと6割以上も下落している。
 大学生の経済的貧困は、データをみても明らかなのだ。


 学生は勉強が本分、とはいうけれど、首都圏で生活費が1日900円以下、というのは本当に「食べていくので精一杯」というレベルですよね。
 バブル期に比べると(あれはあれで異常な時代ではあったけれど)、3分の1くらいにまで下がっているのです。
 不況で親からの仕送りが減り、アルバイトで稼ごうとしても、「普通のアルバイト」は時給が安く、拘束時間が長い「ブラックバイト」も蔓延している。
 多くの学生が、睡眠時間を削って学費と生活費を稼ごうとしているけれども、それでも足りなかったり、身体をこわしてしまったり。
 「ちゃんと学校に通ったり、勉強したりする時間」を確保するには、余裕のある家に生まれるか、効率よく稼ぐために「カラダを売る」しかない。
「いや、そんなことないはずだ、いまの若者は、モラルに欠けている」
 そう思う人は、ぜひ、この新書を読んでみていただきたい。

 山田さん(仮名)が通う明治学院大学のキャンパスは横浜市戸塚区にある。実家は同じ神奈川県内にあり、電車通学をした。高校の卒業式が終わってすぐ、近隣の飲食店でアルバイトを始めた。奨学金が月々10万円、その他に5万〜8万円くらいをアルバイトで稼げば、学生生活の4年間はなんとかなるだろうという計算だった。
「地元の蕎麦屋さんでアルバイトをしました。時給900円くらいだったかな。学校が終わった後、夕方からシフトに入れてもらうんです。大学1、2年生ってかなり授業が詰まっていて忙しい。家に帰れるのは毎日19時くらいだから、そこから店に行ってバイトしても、1日3〜4時間くらいしか働けない。全然お金にならなくて、結局月に3万円くらいしか稼げませんでした。
 大学には同じ高校の子もいたし、それなりに友達はできたけれど、1年生のときは全然友達と遊んでません。まずお金がないし、授業とバイトの繰り返しで時間もない。明学大の女の子たちって裕福な家の子供が多くて、優雅です。横浜でランチとか夕ご飯とか、飲みに行くとかいろいろあるけど、終電があるとか適当なことを言ってほとんど行かなかった。学費を貯めなきゃならないから、お金は全然使えなくて、今日は財布に2000円くらいあるってときに『スタバかマックだったらいいよ』って。だから、たまにファーストフードに行くくらい。お金持ちばかりの女の子たちの中で、奨学金で借金しながらアルバイトをして、いつもお金がギリギリみたいなのは惨めでした」


(中略)


「はじめの頃は(デリヘルに)出勤すれば3万円と、プラス何千円かをもらった。3万円全部貯金にまわして、残りの数千円が自分の遊ぶお金、飲み代みたいな意識でいた。毎日毎日3万円だからお金はどんどん貯まって、1か月くらいで当初の目的だった30万円は超えました。私費留学の夢はかないました。だけど、全然風俗を辞める気が起こらなかったんです。
 大学の友達と飲みに行ったり、ご飯食べに行くにも、オシャレなカフェに行くにも、実家が遠いので交通費がかかります。横浜までは定期で出られても、東京まで行くのには余計にかかるので、風俗で稼げるのはありがたかった。海外留学にこそ行くことができたけど、その後またお金がない生活に戻ったら、友達との付き合いもできなくなるし、風俗を始めてからやっと普通の学生みたいになれたんです。仕事も苦痛どころか、それなりに楽しいし、だから、辞める気がまったく起きなかったんです」
 昔から中高年層を中心に、風俗で働く女性を”かわいそうな人”として同情や蔑視をする人は多い。そこには根深い思い込みがある。風俗で働く女性には深い理由や事情があり、お金のために唇を噛みしめながら性的サービスをしているのだろうと思っている節がある。しかし、現実は異なる。


(中略)


「高校卒業してから親には1円も出してもらってないので……やっぱり、わざわざ月3万円しか稼げない蕎麦屋のバイトに戻る理由はないですよね?」

 親に頼らずに自分で稼いで大学に行こうとして、風俗で働くことを選択したこの女性を責められるだろうか?
 風俗で稼ぐ生活をしてしまうことで、金銭感覚が狂う、ということはあるかもしれないけれど、それを理由に、お金がなくて友達と一緒に遊べなくても、バイトで勉強する時間がなくなっても、「ちゃんとしたバイト」をしろ、と言うだろうか?
 正直、自分の娘だったら、それでも、風俗で働くのはやめてほしい、とは思うけど、本人としては、ギリギリの選択をしているんだよなあ。


 『すき家』や『しゃぶしゃぶ温野菜』で起こった、数々の「ブラックバイト」も問題になりました。


news.yahoo.co.jp


 僕は20年前の感覚で、学生アルバイトといえば、「和気あいあいと働く、雇う側もお客さんも『まあ、学生さんだから』と鷹揚に構えてくれている飲食店での仕事」を想像してしまうのですが(もちろん、仕事だから、そんなに甘いことばっかりじゃないとしても)、こういう「学生アルバイトから搾りつくしてやろうとするようなブラックバイト」も知られてきているのです。
 ブラックではないとしても、今の学生の経済状況では、数百万円の学資ローンを利用し、アルバイト漬けで、ようやく大学に通える、というのが普通なのです。
 そんなバイト漬けの生活ではまともに勉強なんてできないし、卒業しても就職先がブラック企業だったり、自分に合わなかったり、体調を崩したりすれば、奨学金も返せなくなり、ジ・エンド。
 

 学生がアルバイトより、「ブログで稼ぐ」なんてことを選んでも、まずうまくいかないし、アルバイトで、「自分と異なる世界・価値観で生きている他者と肩書抜きで接する機会」は活かしたほうが良い。
「そういうアルバイトが苦手だという人」ほど、なおさら。
(まあでも、僕も学生時代、あんまり、そういうことをやりたくはなかったです。大人に偉そうに説教されたところで)


 「ブログで稼ぐ」ことを学生や若者が主張するようになった背景には、そもそもお金がない(今の学生の「お金がない」は、20年前の僕の「遊ぶお金がない」じゃなくて、「学費や生活費が足りない」なのです)、普通にアルバイトをしまくっても食べていくのがやっとで「人生経験」とか、そんなヌルい話じゃない、ブラックバイトに引っかかって骨までしゃぶられるかもしれない、という、いまの学生や若者の「絶望」があるような気がします。
 
 
 そして、そういう絶望した若者を「ブログで稼ぐ方法を教えます!」なんてブログサロンに勧誘するのは、「貧困ビジネス」以外の何物でもない。
 

fujipon.hatenadiary.com


 大学の学費は上がり続けているし、奨学金という名の学資ローンは、「優良金融商品化」して、取り立ては厳しくなっています。
 

 最大の問題は「学生がそこまでしてお金を稼がなければならない状況にあるのに国が有効な対策を打っていない」ということなんですよね。
 それどころか、大学の学費はさらに高くなっていく予定です。
 

 この年齢になると、子供が通っている小学校に行く機会が少なからずあります。
 そこで感じるのは、僕は小学校とか学校教育というものを自分が受けていた30年くらい前の記憶で「知っている」ようなつもりになっているけれど、あくまでもそれは「30年前の状況」でしかない、ということです。
 もちろん、昔も今も変わらないところはたくさんあるけれど、だいぶ変わったなあ、と驚くことがたくさんあるのです。
 そして、学校による違いも存在している。

 
 僕などは、ネットで「老害」だと言われ続けていますし(けっこう根に持っている)、とくにゲーム関連の話題だと自分でも「老害化」しているなあ、と思わざるをえないのですが、過去を知る人間が、現在に迎合せずに発言するのも一興、と開き直っているところもあります。
 エンターテインメントを語るときは、それでいい、と思うんですよ。
 「オッサンまた昔話かよ」でも。


 しかしながら、こういう社会問題に対しては、自分の昔の記憶や経験だけで判断すると「今の若いものは……」「若いころの苦労は、買ってでもしろ」となってしまいがちです。
 そうやって、いまの「若者の苦境」を、「今後、自分たちがそれで苦しむことはない」という年長者たちがつくりあげてしまった。
 「自分たちは若いころバイトで良い経験をした」というのは事実でも、今の学生の貧困やブラックバイトの怖さは、僕の「若いころ」の比ではないのに。


 僕は、若者がキラキラとした自分の夢を語ってサロンに集客するようなブログは、基本的に「お金に困っている人から、『こうすれば稼げますよ』と教えるという名目でさらに小銭を巻き上げる『貧困ビジネス』」だと思っています。
 人にものを教わるときに気をつけたいのは、ほとんどの場合、生徒は先生より上手くはならない、ということなんですよね。
 だから、教えてもらうのだとしたら、「教えたがっている人」にではなく、「自分もこうなりたいと思える人」に付いたほうがいい。
 大部分の「ブログ指南」をしている人たちと、その信者たちをみると「えっ?こんな現時点ですでに救いようのないブログの劣化コピーをつくってどうするの?」って思うよ。
 
 
 いまの普通の大学生が、実際にどんなアルバイトをしていて、経済的にどのくらい苦しい状況なのかを発信するブログだったら、読んでみたいのです。
 守秘義務とかあって、難しいのはわかっているし、僕の観測範囲に無いだけで、すでにたくさん書かれているのかもしれませんが。
 「自分にとっては、あまりにも日常的すぎて、面白くもなんともないこと」って、誰も記録しようとしなくて、かえって盲点になりやすい。


 大学生にとって、いちばん大事なこと、長い目でみて「効率が良いこと」は、勉強することです。
 めんどくさいし、面白くないときもあるだろうけど。そして、教室の中での勉強には限らないけれど。


fujipon.hatenablog.com


 小説家・森博嗣先生の言葉を紹介して終わります(『的を射る言葉』より)。

 最も期待値の大きいギャンブルは、勉強である。
 (その次は、仕事)

 本当に面白い勉強は、ブログで炎上商法をやるよりも、ずっとずっと楽しいし、「勝てる可能性が高いギャンブル」です。
 勉強したい学生が、お金稼ぎよりも勉強に集中できる国にしたいなあ。