宮迫博之さんの焼肉店『牛宮城』が、2022年3月1日、ついにオープンしました。
いろんなところで話題になっているので、これまでの経過については詳述しませんが、紆余曲折の末のオープンで、話題性もあり、3月中は予約も取れないような盛況ぶりのようです。
「起業」とか「飲食店経営」っていうのは、けっこう多くの人が興味を持ちやすいコンテンツなんだな、と『牛宮城』関連のネット上での盛り上がりをみていると感じます。
以前、みのもんたさん司会の『愛の貧乏脱出大作戦』という番組がありましたが、ダメな店、ダメな経営者というのも、有名店・繁盛店も、「ネタ」になるんですよね。僕も『愛の貧乏脱出大作戦』、下世話だな~と思いつつ、けっこう楽しみにしていた記憶があります。
あの番組の僕にとっての「見どころ」は、ダメな店の救いようがない料理や経営者の投げやりさで、達人のおかげで繁盛店になると、「それはそれで、なんか面白くないな」と、内心思っていたものでした。
宮迫さんの『牛宮城』も、「あれだけのことを言ってきたのだから、どんなに美味しい焼肉を食べさせてくれるのだろう」という白い期待半分、「結局、宣伝ばかりで高くてたいしたことない『芸能人の店』になるにちがいない」という黒い期待半分、というのが僕の現在地です。
さすがに東京まで焼肉食べに行くのは難しいし、値段も安くはないので、「世間の評判と宮迫さんの栄枯盛衰を傍観者として消費している」のです。
もちろん、食べてみたい、という気持ちはあるんですけどね、焼肉好きだし。
これだけ世間に焼肉店がたくさんあるなかで、渋谷の良い立地にお金をかけてつくられた店、というだけでも、「それで利益を出そうとするのなら、他の焼肉店より『割高』にはなるよなあ。あとは宮迫さんの店という付加価値をどう考えるかだな」とは思うのです。少なくとも、宮迫さんの大ファン、といわけではない僕にとっては、コストパフォーマンスが良い店ではないだろう、と。
「焼肉」というジャンルもかなり開拓され、掘り尽くされてきているでしょうし、『牛宮城』じゃないと食べられない、他の優良店と味だけで差別化できる、というのは難しいのではないかと。
『牛宮城』と質は変わりなく、より安く、より洗練されたサービスが受けられ、あんなに混雑していない店はたくさんあるでしょうし。
『牛宮城』の唯一にして最大の「売り」は、宮迫さんの存在であり、宮迫さんがずっと店にいて、お客さんに声をかけて笑わせたり、写真やサインなどのサービスをマメにやる、ということができれば、ある程度の期間はうまくいきそうな気はするんですけどね。
しかし、他人の「事業」がうまくいくのかどうか、とか、たぶん行くことはないであろう店の味がどうなのか、なんていうのは、全くもって「どうでもいいこと」のはずなのに、なんでこんなに語りたい人が多いのか。
まあ、「他人が人生をかけた大勝負をする」のを左団扇で眺めるのは、まさしく「インターネット時代の娯楽」ではありますね。
宮迫さんや周囲の人たちも、あえて「ネタにされることを狙っている」わけで、ヒカルさんとの決別や再共闘なども、最初からシナリオ通りだったのかもしれないな、とか、邪推してしまうのです。
今回は、僕がこれまで読んできた本のなかで、「飲食店ビジネスに関連した本」を5冊紹介してみます。
飲食店ビジネスに成功した人たち(ほとんどの人は、最初から大成功したわけではありません)の体験談って、けっこう面白いんですよ。
うまくいったときとダメなときの落差が激しい世界で、ドラマチックでもありますし。
(1)我が逃走
家入一真さんといえば、「ひきこもりから社長になった人」であるのと同時に、「studygift事件」や「都知事選出馬」など、話題に事欠かない人、というイメージがあります。
実業家というよりは、「スキャンダルでしかテレビに出ない芸能人」みたいな感じ。
この本には、その家入さんが、創業した『paperboy&co.』を上場させ、『IT長者』になってからの「転落の軌跡」が鮮やかに描かれています。
「趣味悪いよなあ」と自分でも思うのだけれど、栄光の階段を駆け上がっていった人が、そこから転げ落ちていく姿を見るのって、なんでこんなに「面白い」のだろうか。
家入さんは『paperboy&co.』の現場を離れたあと、飲食店経営に進出し、高コストすぎる放漫経営をはじめながら、さらに「新しい店」「新しいイベント」をどんどんやっていくのです。
「ずっと何もしないで生活できるくらいの資産」も、あっという間に減っていきました。
内山さんはわかっていたのだ。僕が自信満々で進めている飲食事業は、客観的な数字から見ると不安材料があり余るほどあるということを。事業単体では赤字で、僕の個人資金を使いながら運営している現状を、彼女は誰よりも問題視し、折を見ては忠告してくれていた。
「新しい店舗は、まだ出すべきではないと思います」
「スタッフの人件費が高すぎます。売り上げの見込みが立ってから再設定すべきです」
だけど、何を言われても僕には響かなかった。
「大丈夫、大丈夫。お金ならいっぱいあるんだから」
そう、お金ならある。僕の揺るぎない自信は、その大きな一点にあった。
「いくらあっても、このペースでいけば、いつかなくなります。それにそのお金はあくまで社長個人のものであって、会社でつくったお金ではないんですよ」
「ハハハ、内山さんは心配性だなあ」
内山さんの真摯な言葉も、僕は母親の小言ぐらいに受け流していた。
海の家の報告書を見て、僕は自分の目を疑った。
パーティカンパニーが施工費として捻出したのは1500万円。季節営業の海の家としてはあり得ない金額だった。それに加えて、オープン前の試算表に書かれていた想定利益は2000万円だったが、実際の利益は恐ろしいことに、わずか180万円に満たなかった。ケタが違うどころではない。これでは、もはや子供の遊びというしかない。
報告書の中では、もともと想定していたイベントがキャンセルになったことが原因として挙げられていたが、それも600万円程度の見込みに過ぎなかった。何をもとにして想定利益2000万円をはじき出したのか。最後には「すべて自分の責任です」というケンさんのひとことが添えられていた。
この本でいちばん印象的だったのは「飲食店経営って怖いなあ、こんなにお金を湯水のように使わされてしまうのか……」ということなんですよ。
『牛宮城』も、最初は「宮迫さんのタレントとしてのこれまでの収入からすれば、店の一軒や二軒、道楽みたいなものだろう。どうせ『名前を貸している』ような感じだろうし」と思っていたのですが、内装に追加費用が……とか、店の家賃はスポンサーからの広告料で……というような話が出てきて、宮迫さん自身がかなりの額の投資をしているようです。
『牛宮城』って、コスト意識が希薄だし、最初の店としては、大きすぎるのではないかなあ。
(2)はじまりは一軒のレストラン ピエトロ成功物語
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『洋麺屋ピエトロ』をご存知でしょうか?
福岡近辺で生活していると、けっこうあちらこちらで見かけるスパゲティ専門店なのですが、九州以外にお住まいの方にとっては、「ピエトロドレッシング」のほうが有名かもしれませんね。
その『ピエトロ』は、どのように創業し、人気店となり、ドレッシングが売れていったのか。
村田さんは「ピエトロの味を決めるのは自分で、それだけは譲らない」という方針を貫き、体育会系で荒っぽく、従業員を厳しく叱責したり、手が出ることもあった、と振り返っておられます。
今だったら「ブラック企業!」って言われそうな話ではあるのですが、当時の飲食店は、それが普通だったのです。
ピエトロの味を決定するのは、私です。ここを譲る気はありません。
私が試行錯誤しながらつくった味を忠実に再現してくれる腕が欲しいわけで、勝手にアレンジしてもらっては困る。つまり「自分でオリジナルメニューをつくりたい」「創意工夫が得意」という料理人も、うちには向かない。
ですから「いずれ自分の店を持ちたい」とか「料理の勉強をしたい」とい前向きな目標のある人間は、あえて断りました。
むしろ積極的に採用したのは、昔の私のように「独立して失敗し、借金がある」、あるいは「本格的に修業をしたことはないけれど、料理が得意で仕事を探している」といった、生活のために割り切って働いてくれる人間です。生活がかかっていれば、簡単に辞めないだろうという胸算用もなかったとは言いません。
この傾向は開店当時だけではなく、かなり長い間、続きます。飲食の世界は、転職のサイクルが速い職業ですから、腕に自信がある人はすぐに独立や引き抜きで辞めてしまいます。
このあたりは、村田社長の以前の「失敗体験」が活かされた、ということなのでしょう。
あえて「志のある人」よりも「お金が必要で、稼ぎたいという人」を雇っていたのです。
さらに、村田さんは、当時の飲食業界では珍しく、残業手当も出していました。
「志」ではなく、「条件」で従業員を集めていたのです。
『牛宮城』について、宮迫さんは「タブレット端末などを使って、なるべく人件費をかけないようにして利益を出す」というような話をされていました。
『焼肉きんぐ』であれば、それが「正解」だと思うのです。しかしながら、推しメニューの牛タン1人前で『焼肉きんぐ』だったらスタンダードコース食べ放題くらいの価格になる店で、そんな「省人化」が受け入れられるのかどうか。そもそも、「利益をあげるために、人を極力少なくする」という店でずっと働きたい人がいるのかどうか。店の利益と働く人の負担、給料というのは、『牛宮城』に限らず、飲食店にとっては悩ましいところなのです。
(3)売上を、減らそう。
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京都にある国産牛ステーキ専門店『佰食屋(ひゃくしょくや)』。
美味しい国産牛ステーキ丼が1000円+税で、一日100食限定、ランチのみ営業の人気店です。
「一日限定○○食の人気店」なんて、ありふれた話じゃないか、と僕は思ったんですよ。
でも、この本のタイトル「売上を、減らそう」には、けっこうインパクトがありました。
商売をやっている人ならば、売上は多いほうが嬉しいはず。勤め人だって、給料が高いほうが嬉しいように。
もちろん、売上をアップするためのコストがかかりすぎる場合には、「無理に売上を増やそうとしない」という選択肢はあるのですが、この本の著者であり、『佰食屋』の店主の中村朱美さんは、売上を「減らそう」と仰っているのです。
佰食屋の採用基準は、「いまいる従業員たちと合う人」。
それだけです。
面接では、一人につき1時間くらいかけて、どんなふうに働きたいのか、どんな暮らしをしたいのか、じっくり話を聞きます。
そしてその人が「なるべくたくさん働いて、たくさん稼ぎたい」と考えているのなら、「きっとうちの会社では物足りないと思う」と率直に話します。「100食限定」と決めているのに、「もっと売りませんか?」というそのアイデアで、いまいる従業員たちを困らせたくないのです。
そうやって説明すると、その方も「じゃあ、ほかを受けてみます」と納得してくれます。そんなふうに、一人ひとりときちんと向き合って、面接を行っています。
佰食屋で採用するのは、どちらかというと、人前で話したり面接で自己PRしたりするのが苦手で……つまり、ほかの企業では採用されにくいような人です。
わたしたちが「従業員第1号」として採用したSくんも、そういう人でした。10人ほど面接に来られたのですが、Sくんはなんと、履歴書を忘れてきたのです。「あなたは……どなたですか?」からはじまる面接なんて、後にも先にもあれっきりです。
彼は、調理師の免許こそ持っていましたが、コミュニケーションが苦手で、おとなしくて、人の目を見て話すことができない人でした。面接したなかには飲食経験者も多く、「大手ファミレスチェーン店でエリアマネージャーをやっていた」という人もいました。けれどもわたしは、Sくんを採用したのです。
その1か月後に採用したYさん……そう、のちに佰食屋の店長を務めてくれた社員です。彼女もまた、面接では緊張しすぎて、ちっとも目を合わせてくれず、なにか尋ねても、ボソボソッと答えるような人でした。「いつか自分でカフェを開きたい」という夢を持っていたにもかかわらず、カフェのアルバイトに応募しても、面接で落とされるばかりだったのです。
ではなぜ、佰食屋はそんな二人を採用したのか。佰食屋には、「アイデア」も「経験」も「コミュニケーション力」も必要ないからです。
「成長を追い求めない飲食店経営」というのは、宮迫さんが求めているものは異なると思うのですが、こういう考え方もある、ということで。
ここ数年、株とかを買って株価の動きをけっこう真剣にみているのですが、順調な黒字経営を続けていても、株式会社の場合は、「成長」していないとすぐに投資家から見切られてしまうのです。『いきなりステーキ』とかをみていても、事業としての規模が大きくなるほど、質を保つのも、成長を続けるのも難しくなりますよね。まだ1軒だけの『牛宮城』では、今のところ取り越し苦労かもしれませんが。
(4)開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学
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プロレスラー・川田利明さんがラーメン店をはじめると最初に聞いたときには、ああ、有名人の名義貸しビジネスなんだろうな、と思ったのですが、本人が毎日店でラーメンをつくり、接客もされているのです。
この本、川田さんがラーメン店をはじめてからの激闘が記されているのですが、飲食店ビジネス、とくにラーメン店の経営って、こんなに厳しいのか、と驚いてしまいました。
川田さんのような有名人でも、経営はけっして順調ではなかったのです。
それどころか、愛車のベンツを3台も売り、ワガママな客に振り回されながら、意地で10年続けてきた、という感じなのです。
ラーメン店の開店には、初期投資として、どのくらいのお金がかかるのか?
居抜きであろうがなかろうが、ラーメン屋を開業しようとしたら、少なくとも1000万円は開業資金を用意しておかないと、たぶんすぐに足りなくなるだろう。これも最低限、頭に入れておいたほうがいい。
そして、俺には経営の知識もノウハウもなかったから、あっちに支払い、こっちに支払い、とやっていくうちに、気がついたら1000万円はすぐ消えてしまっていた。資金だけではなく、頭もショートしてしまった。
これだけお金をかけても、このお店の主力商品となるのは一杯数百円のラーメン。原価率を無視して考えても、1000万円を回収するには、毎日、どれだけラーメンを売ればいいのか? いや、「回収するなんて、絶対に無理じゃないか」と、絶望に似た感情を抱いてしまったことを覚えている。
最初はなんにもわからなかったから、業者の人にいろいろとお願いしたんだけど、向こうも商売だから「これは絶対に必要です」「念のため、あれも買っておいたほうがいいですよ」とどんどん勧めてくる。
プロが言うんだから間違いないな、と言われるがままに買ってしまったけれど、あとになって思えば「あんなものは買う必要なんてなかったじゃないか!」と思うようなものもたくさんあったし、もっと安く買えたじゃないか、と憤ることも多かった。
初心者だから知らなくて当然、というのは甘すぎる。開業前のマイナスを少しでも減らすためにも、そのあたりのリサーチは徹底的にやるべきだと思う。
ここまで読んで、「俺は大丈夫だ」と思っている人がいちばん危険だ、ということも付け加えておきたい。
焼肉店はラーメン店よりも客単価は高いとはいえ、オープン前の宮迫さんの内装などへのお金の使いっぷりをみて、僕はこの話を思い出さずにはいられませんでした。
有名芸能人としてのプライドもあるのでしょうけど、あまりにコスト意識が乏しい(あるいは甘い)のではないかと。
いくら味が良くても、世界一!とか日本有数!というレベルじゃないと、べらぼうな高値は付けられないでしょうし、美味しくしようとすれば、原価率が高くなりやすいのです。
(5)なぜ星付きシェフの僕がサイゼリアでバイトするのか?
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著者は、「サイゼリアでアルバイトをして学んだら、人時生産性(従業員1人の時間当たり生産性)が約3.7倍になって、劇的に経営を改善できたそうです。
それまでは、長時間労働で、多くの従業員がいたレストランだったのですが、サイゼリアを参考にして、動線や道具を工夫し、少人数で効率よく動き、早く仕事が終わるようにしたら、人間関係も良好になったのです。
新型コロナウイルス禍でも、スタッフが、さまざまなアイデアを出して、著者をサポートしてくれてもいるそうです。
『サイゼリア』は、全国にたくさんの店舗がありますし、そこでは、大勢の店員やアルバイトが、「ごく普通の職場」として働いています。
一般的な感覚でいえば、ミシュランで星がつくようなレストランのほうが、よほど「特別な場所」なはず。
この本を読んでいて痛感するのは、「学べる環境」というのは身近なところにもたくさんあるのだけれど、そこで素直に学ぼうという姿勢でいるのは本当に難しい、ということなんですよ。
以上、「飲食店経営」に関する本を5つほど御紹介しました。
僕自身はまったく冒険的な人間ではないのですが、その反動か、冒険家や起業家の話を読むのが好きなのです。
飲食店経営に関していえば(本を読んだだけで、実体験ではないのですが)、「スタートの時点から、コスト意識をしっかり持って、不要な支出を抑えること」と「最初から大きな店をつくるのではなく、自分の目が届き、信頼できる人と少人数でやれるサイズからはじめて、経験を積みながら規模を大きくしていくこと」が、成功への近道のように思われます。
立地が悪い、料理がマズイ、不潔である、というのは論外ですが、人気店をつくった人たちも、最初はお客さんが来てくれなかったり、経営がうまくいかなかったりしながら、経験値を積んでいったのです。
『牛宮城』は、かなり危険な賭けではないか、と僕は思っているのですが、ダメだったら、それはそれでYouTuberとしてネタにできて再生数を稼げる、というのが、いまの時代ではありますよね。
僕は「宮迫さんが、焼肉以外のところで、どれだけお客さんにサービスできるか」が『牛宮城』の命運を握っていると思います。
じゃあ、それが焼肉店である必要があるのか?という話で、もっとコストがかからない商売にすればよかったのではないかなあ。