いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

開業した時点で「オワコン」を約束された西九州新幹線の悲劇

2022年9月23日、西九州新幹線の長崎ー武雄温泉間が開業しました。

www.jrkyushu.co.jp
www3.nhk.or.jp


九州での新幹線の開業といえば、九州新幹線・鹿児島ルートの開業が2011年3月12日、あの東日本大震災発生の翌日で、お祝いムードどころではなくなってしまったのを思い出します。
新幹線の開業といえば、北陸新幹線が金沢にまで延びたのは2015年。もう7年も経ってしまったのか。


僕は飛行機の離陸・着陸が苦手で(飛行中に足の下の世界を想像してしまって怖くなることもある)、出発前のチェックイン・手荷物検査がめんどくさく、飛行場というのは大概市街地とは離れた場所にあるので、多少移動時間がかかっても新幹線を利用することが多いのです。
具体的には、博多から東京を往復する際には、ほとんど新幹線を使っています。とはいえ、このコロナ禍のなかで3年くらい飛行機にも新幹線にも乗っていないのですが。
学会出張もないですしね。
基本的に、新幹線が好き、というのもあるのです。子供の頃、新幹線の駅がある街で生活していたこともあって、新幹線はすごく身近な乗り物でしたし、乗り物が苦手な僕も車や飛行機よりも酔いにくい。新幹線の揺れは、本を読みつつうたた寝したり、ブログを書いたりするには最高の環境です。そのために乗ることはないとしても。


そんな新幹線大好きな僕でさえ、この西九州新幹線の部分開業には、馴染みのある地域だけに、「うーむ」と唸らずにはいられません。
まあ、いまの生活には全く関係ないというか、長崎から福岡に行く用事がある人は結構いそうだけれど、逆のルートは観光目的くらいしか考えにくいし、これまでの「白いかもめ」はかなりモダンで乗り心地も良く、博多から長崎まで1時間50分というのは「仕事で毎日通うのは大変だろうけど、観光とか買い物目的であれば、ちょうどいいくらいの乗車時間」ではあるんですよね。


今回、西九州ルートに断固反対している佐賀県県都佐賀市から博多駅までは、これまでの特急で30〜40分くらいです。すでに博多からの通勤圏にもなっています。
もし、佐賀県の東端の鳥栖新鳥栖駅)から佐賀経由で武雄温泉までのルートが開業したとしても、博多から佐賀までの時間短縮効果は10分くらいのものでしょう。もちろん、速い方がいいし、新幹線のほうが乗り心地も良いでしょうが、利用者にとっては運賃が上がるほうがマイナスかもしれません。
新幹線では停車駅も減って、かえって乗り換えなどで不便になる人も少なくないはず。


佐賀県にとっては、佐賀への経済効果がコストに比してあまりにも乏しい新幹線用の路線をつくるために多額の負担をさせられることになります。
まあ、反対するのもわかる。というか、本当にどこまで新幹線が必要なのか、って話ですよね。
現状、新鳥栖から武雄温泉までのルートは、着工すらされていないのです。
開業したのは、わずか66キロ、23分間の路線でしかありません。
それで30分も博多ー長崎間を短縮できるのですから、新幹線すごい、ともいえますし、博多から長崎というのは「飛行機で行くには近過ぎる」ので、全線開通してみれば、けっこう便利なのかもしれません。


これまでの新幹線政策については、結果的には、つくればそれなりに便利だし、乗客もいる、ということにはなっています。
九州新幹線の鹿児島ルートにしても、僕は、熊本市鹿児島市以外、人口が多い都市はほとんどないルートで、大丈夫なのかな、と思っていましたが、現時点では、多額の建設費を考慮しない営業成績だけなら黒字になっているようです。
ちなみに、新幹線は、山形、秋田、北海道の各路線以外は黒字だそうで、なんのかんの言ってもできてしまえばそれなりのニーズはあるのかもしれません。
北海道も、札幌まで伸びれば、黒字化が期待できそうですし。
ただし、西九州新幹線は、未着工の新鳥栖ー武雄温泉間が開業し、山陽新幹線とつながらない限りは赤字、と予想されています。まあ、そりゃそうだよなあ。
今の部分開業だったら、30分長くかかっても乗り換えなしの方がラクだという人は多いはず。


https://www.jrkyushu.co.jp/company/info/data/pdf/2021senku.pdf
www.jrkyushu.co.jp


ちょっとわかりにくい資料ではあるのですが、この下のほうの資料を見ると、新型コロナ禍の中で、あるいは、その前から、JR九州は「輸送サービス会社」というよりは、「輸送サービスを通じての知名度、信頼感、ターミナル駅などの価値を利用した、総合サービス業、あるいは不動産会社になりつつある」のです。
赤字路線をたくさん抱えるなかで、「ななつ星」などの観光列車を生み出してきたJR九州。すでに「鉄道」だけで稼ぐことは難しいのです。
「リアル桃鉄」みたいな感じです。
これはもう、ずっと前から私鉄の阪急や西武などがやってきたこと、ではあるのですが。


JR九州は「JRの中でも財務的には優等生」とされています。


この西九州新幹線に対してあらためて感じるのは、はたして、今の時代、そして、これからの時代に、人口が減っていくこの国に、莫大な建設費がかかる新幹線の新路線が必要なのか?という疑問なんですよ。
人口がどんどん増え、経済的に右肩上がりの高度成長時代であれば、「これからの発展」に期待しての整備新幹線も「あり」だとしても。


学会出張の話を先程しましたが、新型コロナ以降、学会はオンライン参加ができるようになり、会場の街まで行って宿泊する、ということも無くなりました。
これには、地元にお金が落ちなくなる、というデメリットや、旅に出て病棟業務から離れて気分転換することができなくなった寂しさもあるのですが、参加する側には、平日に休みをとって参加しなくても良くなり、交通費や宿泊費もかからなくなる、というメリットが大きいのです。
オンラインと会場とのダブル開催によるコスト上昇で、参加費を上げる、と、至近の大きな学会でアナウンスがありましたが「交通費や宿泊費、移動時間がかからないならそれでいいや」というのが僕の率直な感想です。


今回の西九州新幹線開業に際して感じるのは、新型コロナ禍で、これだけオンライン化、リモートワークが進んでいくなかで、「人間という物体が、30分とか1時間、目的地に早く着くことができる交通手段」に、以前ほど価値が見いだせなくなっている、ということなんですよ。


西九州新幹線だけの問題ではなく、今後の整備新幹線や2027年に開業予定のリニア中央新幹線も、本当に必要なのか?
東京ー名古屋、大阪間にかかる時間をこれ以上短縮することに、必要なコスト以上のメリットがあるのか?
そんなに急ぎの人に会う用事なら、リモートでやれば?
総理大臣でさえコロナ感染でリモートワークをやったわけですから、リモートだと信頼関係が……という時代でもないでしょう。


僕が中高生くらいだった1980年代には「博多の紀伊國屋へ、地元の書店にはない本を探しにいく」のが楽しみでした。
でも、今はどんなに品揃えが豊富な書店でも、Amazonにはかなわない。ランダムな出会い、という意味では、大規模書店に魅力はあるのだけれど、少なくとも昔ほどの輝きは感じません。その他の買い物に関しても同じはずです。


toyokeizai.net


目的地までの所要時間が短くなることで恩恵を受ける最後の砦は「観光」なんですよね。
こればかりは、オンラインで、リモートでは、面白くない。現在「その場に行ったようなVRバーチャルリアリティ)体験ができるシステム」を開発しているところもあるそうですが。
まだ、今のところ人間には「その場にいる」ことを重んじる風潮があります。『モナリザ』をルーブルで見るのと、絵の写真やディスプレイ越しに見るのとは違う、ということになっている。僕などは「理屈の上では、メガネかけてりゃ現地で見てもバスの窓越しに見るのと同じようなものじゃないのか」とか思うこともあるのですが。目に見えるものも、所詮「情報」でしかない。


観光目的となると、あまりにも早く着きすぎるのも、それはそれで風情がない、ともいえます。
「どこでもドア」で見たピラミッドに、感動することはできるのか?


西九州新幹線にしても、リニア中央新幹線にしても、構想から完成までに時間がかかりすぎてしまって、できたときにはもう時代に合わなくなってしまっているのです。


なんだか、ファミコンディスクシステムを思い出します。
ファミコンカセットの3倍の容量!」というふれ込みで『ゼルダの伝説』が出たときには、書き換え500円という値段もあって、僕も「これからはディスクの時代だ!」とゼルダで敵に飛ばされてダンジョンの入り口で5秒くらいディスクをロードするのにも耐えていましたが、すぐに「ディスクシステムを圧倒する大容量ROMカセット」が発表され、ディスクシステムは衰退の道をたどりました。1メガショック!


toyokeizai.net


西九州新幹線にしても、リニアにしても、「ここまでつくってしまったからには、これまでかかったコストを考えると、完成させないわけにはいかない」という感じで、「オワコンであることを百も承知でやっている」ように見えるのです。
それが一概に悪いとは言い切れないところはあるのだけれど(一定の雇用は生むし、輸送時間の短縮によるメリットを享受できる分野もあるだろうから)、労多くして、功少なし、という印象は拭えません。


この66キロの新幹線がどんな結果になるのかを見守りたいと思っています。いや、一度くらいは乗ってみたいし、たぶん乗ってみますけどね。新幹線ファンだから。でも、本一冊も読めないというか、乗ったと思ったらすぐ乗り換えだよねこれだと。


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