今日、山陽新幹線に乗った。
いつもは新幹線で本を読んでいることが多いのだが、今日は少し乗り物酔い気味だったこともあり、窓の外をぼんやりと眺めていたのだ。
『のぞみ』が、広島駅と岡山駅のあいだ、広島県の福山駅に停まったとき、駅のすぐ近くにお城があるのをみて、少し驚いた。
「あれ、福山城って、こんなに駅から近かったっけ?」
僕はこの街に、幼稚園から小学校4年生まで、7年間住んでいた。
今の人口は46万人で、広島県では第2の都市だが、広島のなかでも東寄りにある福山は、広島市に対して、少し距離を置いていたような気がする。
発車した新幹線の窓から、外を眺めて、35年前の記憶を掘り起こそうとしてみたのだが、知っている建物は福山城くらいしかない。
当時はドラッグストアなんてなかったし、トイザらスも日本にはなかった。
同級生がどこかを歩いているかもしれないが、もちろん、見えるわけもないし、見てもわかるはずがない。
福山には競馬場があって、僕たちは父親に連れられて、ときどき馬が走るのを見ていた。
当時は、外れるとあからさまに機嫌が悪くなる父親を見るのがイヤで、馬券なんて買わなければいいのに、と思っていたものだ。どうせ外れるのだから、と。
まあでも、今から考えると、馬券でも外さなければ、やってられなかったのかもしれないな。
競馬場の近くには焼肉屋があって、「馬刺」などという看板をみるたびに、気まずい思いをしていたものだ。
この競馬場は、やたらと味が濃いソース焼きそばが名物で、僕も大好きだった。
塩分のとりすぎ、なんてことには、まだみんながこだわらなかった時代だ。
ちょっと太めのソバと、申し訳程度のキャベツ、そして、紅ショウガ。
僕は紅ショウガの酸っぱさが苦手で、まず紅ショウガを我慢して食べてしまってから、ゆっくりと焼きそばを堪能したものだ。
その福山競馬場も、今はもう廃止されてしまった。
廃止されるときいて、一度は行っておこうと思っているうちに、いつのまにか無くなっていた。
僕は自分の思い出に対しても、不義理な人間だと思う。
福山は瀬戸内の穏やかな気候に恵まれていて、台風もあまりこず、大雨が降った記憶もほとんどない。
通っていた小学校は市街地にあったのだが、集団登校の日に犬のウンコを踏んだことと、通学路にいきなり大きなヘビがいて、怖くなってしばらくその道を通れなくなってしまったことは覚えている。
よく、図書館で借りた本を読み、石蹴りをしながら家に帰っていた。
家の近くのスーパーで売られていた揚げたてのコロッケが、やたらと美味しくて、いつも母親にねだって食べていた。
鞆の浦で海水浴ができたのだが、当時の海は青とは程遠い深緑で、僕は世の中に「青い海」や「透明な海」なんて存在するのだろうか、と思っていた。
その海で泳いでいると、ときどき「赤潮発生、浜にあがってください!」というアナウンスが流れてきた。
鞆の浦は鯛が名物なのだが、鯛はよくこんなところで生きているものだ、と感心していた。
当時の福山には「ニチイ」というデパートがあり、土曜日が休みで日曜日が仕事だった父親に連れられ、土曜日によく買い物に出かけていた。
といっても、子供にはとくに欲しいものがあるわけではなく、デパートは憂鬱だったのだが、その近くに『みどり書店』という、そこそこ大きな本屋があって、そこで本を買ってもらうのが楽しみだった。
父親は「そんなに贅沢はさせてやれないが、本だけは好きなだけ買ってやる」と宣言していて、その方針はずっとブレなかった。
「勉強に必要な金は、なんとかしてやる」とも。
父親は、どうしても医者になりたかったのだが、国立の大学には受からず、私立に行ったために、兄弟から「お前ばっかり家の金を使って」と言われていたのだそうだ。
ただし、これは母親から聞いた話だ。
僕は福山から九州に転校したのだけれど、転校後、家族で福山に遊びに来たことがある。
喜び勇んで、仲が良かった友達に連絡をとってみたのだが、みんな、懐かしがってはくれたものの、急な話でもあり、それぞれ用事があるとのことで、なかなか会うことができなかった。
なんとなく、もうあまり関係ないしな、というニュアンスも伝わってきた。
そんななか、心底嬉しそうに遊んでくれたのは、小学校ではそんなに仲が良かったわけではなく、むしろ、半分いじめられていたのではないか、と思っていたヤツだった。
彼は家に僕を招待してくれて、そこで、いろんな話をした。
僕が「忙しいのに、なんで今日は時間をつくってくれたの?」と訊ねると、彼は「友達が遠くから来てくれたんだから、あたりまえだろ」と笑った。
人と人との信頼関係というか、友情とかいうやつって、「良いとき」の関係だけじゃ測れないのだな、と、あのときはじめて知ったような気がする。
それからもずっと、僕は傷つけたり傷つけられたりしつづけているので、「学んだ」というのもおこがましい話ではあるけれど。
何かオチかまとめみたいなことを書こうかとも思ったのだけれど、たぶん、それを捻り出すと、この文章は嘘になってしまう。
だから、ただ、僕の記憶のなかの「福山」について、とりとめもなく語っておくだけにする。
- 作者: 昭文社地図編集部
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