いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

矢部浩之さんの「新幹線で席を譲ってくれた人の話」


 少し前に、矢部浩之さん復帰後の『ナインティナインのオールナイトニッポン』を聴いていたら、矢部さんが「最近あった出来事」として、こんな話をされていました。

(以下は僕が記憶をもとに書いていますので、矢部さんの話とはディテールが違うところがあると思いますが、だいたいこんな内容だった、ということでお許しください)


 以下、矢部さんの話の内容です。

 この間、新幹線に乗ったんですよ。普段はマネージャーにチケットをとってもらうんだけど、このときは自分でチケットをとっていて。そのときは、お客さんが多くて、窓際の席が全部埋まっていて、隣に人がいる、通路側の席だったんです(たぶんグリーン車)。
 で、自分の席に行ってみると、隣に中年の女性が座っていたんですよ。彼女が僕を見て、「あっ、矢部さん!いつも見てます!」って言って。

 ああ、ありがとうございます、という感じで隣に座ったのだけど、彼女がすぐに「あっ、矢部さん、窓側のほうがいいですよね。通路側は目立つし。私、友達が他の車両に乗ってますから、そっちでずっとお喋りしてきます。私のこっちの(窓側の)席、自由に使ってください」って言ってそのままどこかへ行ってしまったんですよ。
 
 ああ、気を遣ってくれたんだなあ、と思いながら、けっこう疲れていたこともあって、ずっと眠ってしまっていて。実際、移動中にこんなにのんびりできるなんて珍しくて、すごくありがたかったんです。

 で、到着直前になって、彼女が戻ってきたんですけど、こっちとしては、本当にありがたかったし、感謝してる。何か自分にできることがあったら、してあげたい。
 それで、普段は自分からこういうことを言うのはないんですけど、彼女に「本当にありがとうございました。おかげでゆっくり休めました。僕でよければ、サインでも、写真でも大丈夫ですから、いかがですか?」って。
 でも、彼女は「いえ、結構です」ってきっぱり言って、そそくさと新幹線を降りていかれて……
 
 席を譲ってもらって本当に感謝してて、こちらとしては、何かお礼をしたい、って気持ちだったんで、なんだか宙ぶらりんになってしまって……


 この話、聴いてからずっと、僕のなかでは「なんだかとても気になっている」のです。
 隣に座った人が自分のことを知らなかった、とか、ファンで延々と話しかけられた、という話であれば、あんまり想像とか解釈の余地はないですよね。
 最後の矢部さんの申し出に対して、「ありがとうございます!」とサインなり写真なりを受け取っていれば、「ファンと芸能人との温かい交流」でしょう。

 でも、この結末は、どう解釈したら良いのだろう。

 いくつか僕なりの考えを書いておきます。

(1)彼女は矢部さんのファンであるがゆえに、「見返り」を求めなかった。

(2)テレビで観ている人ではあるけれど、どう接していいのかわからず困惑し、距離を置いていただけだった。

(3)彼女は善意の人であり、疲れている人に対する自分の善意は「見返り」を求めるものではない、という信念を持っていた。
(もしかしたら、「サインとか写真目当てにこんなことをしたんじゃない」とカチンと来たのかもしれない)

(4)ただ、有名人を目の前にして緊張していただけ。

(5)元々、ファンじゃなかった。

(6)サインとか有名人の写真とかに興味がない人だった。


 いずれにしても「悪意」は全くなかったと思うのですが(だって、全く興味がない人であれば、相手が矢部さんでも無視していればいいのでしょうから。矢部さんのほうから話しかけてくることはないでしょうし)、矢部さんが「何かお礼をしたい」と思ったのはよくわかるだけに(矢部さん側から話を聴いている、というのもあるんですが)、サインくらいしてもらえばよかったのに、という気もしなくはないのです。
 「善意」って、受け止められないと、なんとなく成仏できないようなところがあるじゃないですか。

 まあでも、サインや写真も「興味が無い」人にとっては、かえってめんどくさいだけかもしれないし、矢部さんにかえって気を遣わせたと遠慮したのかもしれない。
 「そんな見返りがほしくて親切にしたわけじゃない、自分を安くみないでほしい」という感じで、彼女のプライドを傷つけてしまった、という可能性もある。

 矢部さんは、「何かお礼ができれば、と思ったんだけど……連絡先とかも知らないし……」と残念そうでした。

 人と人って、お互いに善意で接しているはずの状況でさえ、こういうスッキリしない、すれ違い方をすることもあるのです。

 オチも結論もない話ではあるのですが、それだけに、僕もなんだかずっと心の奥に引っかかっているような気がしています。


ナインティナインのオールナイトニッ本 (vol.1)

ナインティナインのオールナイトニッ本 (vol.1)

  • 発売日: 2009/09/09
  • メディア: ムック
ナインティナインの上京物語

ナインティナインの上京物語

  • 作者:黒澤 裕美
  • 発売日: 2012/10/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

アクセスカウンター