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『はてな』の新サービスか……
最近は詐欺事件の被害にあったり、ブログの斜陽化が取りざたされたりと(……って、僕が言うのも余計なお世話だな)ネガティブな話題が多い印象の『はてな』なのですが、このタイミングで「新サービス」をぶち込んでくるとは。
こういう形でのベータテストや参加者募集は、『はてなダイアリー』『はてなブログ』の立ち上げ以来のような気がするので、かなり力が入った新サービスなのではなかろうか。いや、そうであってほしい。
僕もベータテストに申し込むつもりなのですが、正直、この募集を読んでいて、ちょっと気になるところはあったんですよね。
「で、これ、どんなサービスなの?」
ベータテスト期間中にお願いしたいことはシンプルです。実際にサービスを使い、率直なフィードバックをお寄せください。「使いづらい」「こういう機能がほしい」「この体験は良かった」——どんな声でも、サービスをより良くするための大切な材料になります。
はてなを使ってくださっているみなさんと一緒に、この新サービスを大きくしていきたいと思っています。オープンインターネットに、誠実な言葉が交わせる場所を育てていく——その最初の一歩を、ぜひ一緒につくっていきましょう!
なんて抽象的な誘い文句なんだ……そういうとこだぞ、はてな……
僕は心のなかでそうつぶやいてしましました。
僕は四半世紀(25年間)以上インターネットを使ってきているので、ここが虚実入り乱れた世界だということは承知しているつもりです。
世界全体でみたら、ネットリテラシーの平均値は確実に上がってきていて、2000年代のはじめみたいに「ネットにはマスコミが伝えない真実が書かれている」なんて無防備に信じる人は、いまではほとんどいないし、テラ豚丼の作成やコンビニの冷凍庫に寝転ぶ、テーマパークでやんちゃをする、なんていうのをネットにアップロードする危険性は、かなり周知されているのです。
もしかしたら、そういう行為はいまもアップロードされているけれど、もう観客も見飽きたのでいちいち炎上させていないだけなのかもしれませんが。
炎上するのにもセンスと支持基盤みたいなものがいるよね。いまのインターネット。
話を戻します。
『はてな』の新サービスについての現在アナウンスされているのは、上記引用部くらいで、もっと突き詰めると、
オープンインターネットに、誠実な言葉が交わせる場所を育てていく——
という理念だけが明らかにされているんですよね。
これが、ブログの延長みたいなものなのか、ファクトチェックが厳密なSNSのようなものなのか、会員制のサロンみたいなものなのか、現状ではわかりません。
ただ、インターネットがあまりにも「オープン」な場所になってしまったがゆえに、インターネット黎明期のような「隠れ家」「立場を離れた意見をぶつけ合える場所」を懐かしむ人も(僕を含めて)増えていると思います。
いまのSNS、とくに『X』なんて、「とにかくPV(ページビュー)」を稼ぎたい、という「美談」「ライフハック」「誰かを責める言葉」「危機意識の煽り」ばかりが目立ちます。
あとは有名人の告知とか、いかにも賛否両論が出そうな「自分の体験談」とか。
ちょっとバズる(多くの人に見られる)と、次は「せっかくだから宣伝させてください」。もうなんか、「宣伝させてくださいを見たら負け」みたいな気分になってしまう。
ユーザーをベータテストに参加させて意見を出してもらうための告知としては、あまりにも「そのサービス」の情報が少なすぎるし、『はてな』は自社へのユーザーの忠誠心を過剰に見積もりすぎているのではないか、と言いたくもなるのです。
もちろん、ネットサービスだから、肌に合わなかったらちょっとだけ触って放置、ということだって可能ではあるはず。
でも、これって「お誘い」にしては、あまりにも事前の情報が少なすぎない?
ネットサービスに「登録」するというのは、いまや、「面倒なこと」でしかないし、スマホのソーシャルゲームでも、「とにかくログインしてもらうこと」「一度プレイしてもらうこと」のハードルがかなり高いと言われています。
僕自身も、「面白そう」と思ってダウンロードしたものの、一度も遊んでいない、というアプリがけっこうあるんですよね。一度だけしか遊んでいないものも。
『はてな』は、最初にそのサービスに触れたときの「驚き」を大事にしたい、ということなのかもしれないけれど、ここまで事前情報が少ないと、サービスへの自信がないのか?すぐに「サ終(サービス終了)」するのでは?などと勘ぐってしまうのも事実です。
あんまり閉鎖的なサービスではコスト的に見合わないだろうし、『はてな』の新サービスのベータテストに参加しようという人たちが、「サンプル」とか「アーリーアダプター」として適切なのかどうか。
かつての『はてな村』を濃縮したような、いきなり殺伐空間、みたいな想像もせずにはいられない。
「クローズなSNS、初期の『mixi』みたいな感じ?」というのは、僕の勝手な想像であって、思ってもみなかったものが出てきてくれるのを期待しています。
歴史は繰り返す、とは言うけれど、「一部の好事家しか使っていない」からこそ生まれてきた、インターネットの「個人的な秘密と真実の世界」は、ネットがみんなものになることで失われてしまった。
『はてな』は、現在のインターネットのなかに、あらためて、テキストサイト文化、『侍魂』とか『ろじっくぱらだいす』(まだ現役!)的な世界を『再生』しようとしているのだろうか。
いまのインターネットに「誠実な言葉」の居場所なんてあるのだろうか?
ラジオの深夜放送の内容が、ネットで広く「報道」されることによって、萎縮せざるをえなくなったように、「狭いインターネット」は成立しうるのだろうか?
「友達同士だから言ったつもりのこと」でも、誰かの手で「拡散」されてしまえば「内輪の話だから」では許してもらえない。
そういうリスクは、システムとして取り入れられているのか、それとも、「利用者の善意」に委ねられているのか?
率直なところ、僕はもう「誠実な言葉」をネットには期待していません。
ネット上の言葉は、すべてAIによって生成されている可能性がある。
別にそれは悪いことじゃない。AIは基本的にはまだ未熟な面はあっても嘘つきではない。
ただし、ある種の制限をごく一部の人の「良識」によってされている。
AIじゃなくても、お金や名声のために「釣り」をやる人間もいる。大勢いる。
他者の誠実な言葉って、つまらないかめんどくさいんかなんだよね。
たぶん、多くの人にとっては。
もっと個人的で生活に密着したものなら、「LINEでいいじゃん」になってしまうし。
(しかし、これだけ普及すると、携帯電話が鳴るのもLINEの通知が来るのもひたすらめんどくさい)
個人的な考えとしては、これから流行るコミュニケーションツールは「AIが読者になってくれるサービス」だと思います。
ブログもSNSも、書きたい人に比べて、読みたい人が少なすぎるから。
閑散としたオンラインゲームに参加するBOTみたいな「AI読者」が、誰かが書いた文章を褒めたりけなしたりプチ炎上させたりして、書き手の心を適度にざわつかせてくれる。
ディスプレイの向こうの相手が本物の人間かAIかなんて、少なくとも、ブックマークコメントのレベルでは、判別できない時代になっています。
「AI読者」に囲まれて、反応をもらえるサービスは、孤立化しがちなブログ書きにとっては、けっこう救いになりそう。
そのうち、AIブロガーが書いたものにAI読者が反応し、人間は管にでもつながれて幸せな夢をみているだけ、という世界がやってきそうではあります。
それはそれでいいのかもしれないし、いまも本当はそういう夢の中なのかもな、とも思うんですけどね。
どうせなら、もう少しだけでいいから、『はてな』には、いい夢をみせてほしい。








