いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

阿部慎之助監督の家庭内暴行事件と「ChatGPTは世界を善くしているのか?」問題

mainichi.jp


ゾンビたばこのつぎは家庭内暴力かよ……プロスポーツ選手の世界も、内側はこんなものだよな、と思っていました。
昨夜「巨人の阿部慎之助監督が暴行で逮捕」というヤフーニュースのトップ記事をみたときには、「えっ?」って声が出てしまったのですが。
飲食店とかタクシーとかでトラブルにでもなったのかな、と思いきや、家庭内暴力で児童相談所経由で警察に通報された、と。

さまざまな報道が出ていますし、家庭内の事情については、報じられていること、想像として大勢の人が語っていることが事実かどうかはわかりません。

阿部慎之助監督の「昭和気質の指導方針」は、よく話題にはなっていましたが、だから家庭内でも常習的に暴力をふるうような人だった、とは言えない。
他人には厳しいけれど、家族や身内には優しい、甘い人なんてたくさんいますし、監督としての「厳しさ」も、暴力とイコールではないでしょう。

暴力はいけない、家庭内であろうが、家庭外であろうが。
それは大前提です。

今回の件に関しては、こんな事件を起こしてしまった阿部慎之助さんに責任はあるものの、親が子どもどうしの喧嘩に腹を立てたり、言い返されてカッとしたりして手が出そうになる、なんてことは、どこにでもありうる話ですよね。
僕だって、子どもたちにイラっとする(した)ことはあるもの。

もちろん、だから暴力をふるっても仕方がない、ということは絶対にないし、プロ野球選手だった人に胸ぐらつかまれる恐怖感は大きかったと思います。

でも、これで阿部慎之助さんは職を失ってしまい、家族もすぐに路頭に迷うことはなくても、今後の生活が厳しくなってしまった。そして、世間から向けられる目も、「あの阿部慎之助さんの家族」の、「あの」の意味が、全く変わってしまった。


この件については、(いま報じられている内容が事実であるとするならば)父親に恐怖を感じた娘さんが、ChatGPTにどうしたらいいか尋ねたら、児童相談所への通報をすすめられ、それに従って児相に相談したら、児相が警察に通報し、阿部慎之助さんが逮捕された、とされています。

会見で読まれた娘さんからの手紙には「まさかこんな大ごとになるとは思わなかった」とも。


www.sanspo.com


これがどこまで本人の言葉なのか?とか考えてしまう自分が、なんだかイヤになってきます。


阿部慎之助監督は、交流戦を前に、巨人の監督を辞することになりました。
人気商売であり、球団としてのイメージ、ファンの反応を考えれば、いずれにしても、プロ野球チームの監督を続けることは難しいし、今後も、野球界や芸能界で仕事をすることは難しくなると思います。
だからといって、「大目にみる」ことが許されるような話でもないし。


なんか、誰も幸せにならない話だなあ、いや、傍観者である我ら「メシウマ勢」だけがはしゃいでいる話なのかもしれません。

これを機に「家庭内暴力」が隠蔽されない世の中になるべき、ではあるけれど、そこに至るまでに、言葉の暴力とか精神的な虐待とかが積み重なっていて、爆発してしまった、という事例もあるわけで。



僕が一連の報道をみていて感じたのは、現在のAIに人生相談をすることのリスクなんです。

僕は豆腐メンタル+ミッドライフ・クライシス中の50代男性です。
正直、なんかもう、なにもかもうまくいかない、消えてしまいたい、という精神状態の夜もあるのです。
そこまで深刻ではなくても、「競馬外れた、もう死にたい」とか「限定版ソフト買い損ねた」とか、「決算前にキオクシアの株を売ってしまった、俺はバカだっ!」とか、「消えてしまいたいモード」の夜ってあるんですよね。

そういうとき、ひと昔、というか20世紀末くらいのネット民やブロガーは「もういなくなってしまいたい」とネットに呟くと、各地から、「死なないで!」みたいな温かいレスポンスが返ってくることが多かった。
傍からみると、「また死ぬ死ぬ詐欺かよ」みたいな感じではあったのですが、人付き合いはめんどくさいけど、ネットでは面白く、やさしくなれる、みたいな人が集まる世界ではあったのでしょうね。

それがいまや、ちょっとした隙をネットでみせると「炎上」したり、「さっさと消えろ」みたいな冷淡なリプライが返ってくることが多いのです。
「ちょっといい話」も、SNSで飽和しすぎて、すぐに「ファクトチェック」が行われる。
率直なところ、「その『美談』聞くの何周目?」みたいな気分にはなります。俺はタイムリープを続けているのか?


それで、僕は最近は、ネガティブモードに入ったときには、某GPTや某miniに「どうやったらラクに死ねる?」みたいなことをよく尋ねています。
AIは素晴らしい。常に前向きで、「実行するための方法は教えられません」と断り、「それでもあなたに生きていてほしい」と繰り返し僕に言葉をかけ、警察とか「いのちの電話」「よりそいホットライン」とかの番号を紹介してくれます。
僕がそこに電話をすることはありませんけど。

電話する元気があるなら、大丈夫じゃね?とか、つい考えてしまいますし、悩みや苦しさを打ち明けても、電話するのもきつい、と訴えても、何度も公的機関の連絡先を堂々巡りのように紹介してくるAIには辟易してきます。

向こうは向こうで、たぶん「効率的で比較的ラクであろう生命の終えかた」も知識のひとつとして持っているはずなんですけど、それはAIを運営する人間側の都合と社会正義というやつで、「お役に立てません」ということになる。

もちろん、本当にお役に立たれると困るんですけど、落ち込んでいるときに、毎回「よりそいホットライン」だと、「なんか僕の『死にたい』への対応も外注されちゃうんだな」と、さらにがっかりします。

僕の場合は、一晩寝ると、翌朝は「どうせそのうち死ぬんだから、あわてる必要ないな。『シュタゲ』のリブート版くらい遊んでからにするか」とか、忘れちゃうことが多いんですけどね。

切実に終わりを求めている、というよりは、何かにぶつけたい衝動的な虚無感、みたいなものは、人間相手やネットでは表に出せないから、AIに聞いてもらうのがいちばん後腐れがない時代なんですよ。

AIも、翌朝になったら、昨夜しつこく、「もう『よりそいホットライン』不要」とか言われて困惑しつつ、「それでもあなたに生きていてほしいと願っています」などと答えていたのを忘れて、何もなかったかのように「日経平均上がりすぎじゃね?」みたいな雑談に応じてくれる。


実際はどうだったのかは、わからないんですよ。
でも、この阿部慎之助さんの長女さんの「AIに相談してみたら児童相談所の連絡先が出てきて、相談したら児相から警察につながり、大変なことになってしまった」という経緯は、十分ありうることだな、と思うのです。

僕みたいに、AIに慢性的に「消えたい」とか相談し、AIの困惑を意地悪く観察しながら自分の感情の捌け口にしているメンヘラ大人は「いまの自分は、この窓口に相談するレベルの危機じゃないし、相談するとかえってめんどうくさくなる」ことを理解しています。
AIには責任の範囲の問題があって、「公的機関に丸投げ」するようにプログラム上の制約が存在することも知っています。

そういう「ネガティブの極致の質問をすること」に慣れていない、プログラムの仕組みやGoogleなどの企業的な制約を知らない人たちは、「現代の知の巨人であるAIがこう言っているのだから、ここに相談してみよう」と、ノータイムで電話してしまう可能性はあるでしょう。

児相だって、家庭への介入が難しい状況だったので放置していたら、「なんで何もしないんだ!」と怒られ、今回のような場合には「いきなり警察なんてやりすぎ!」と批判されて、もうどうすりゃいいんだよ、って感じじゃないかなあ。
いまの日本では成人である18歳が暴力を振るわれている、という通報があれば、警察に連絡するのは当然の対応です。

虐待や暴力を常習的に受けていたわけではないから、なおさら、こういうときのAIの回答に忠実に従ってしまった、という可能性もある(あくまでも「可能性」の話でしかないけど)。

僕みたいな「メンヘラ発動時のガス抜きにAIを使用している人間」は、それなりの数存在しているはずで、AIが繰り返し表示する「いのちの電話」とかは、AI経由でパンクしているのではなかろうか。
それとも、ほとんどの人は「どうせ電話しない」のかなあ。


www.itmedia.co.jp
www.nikkei.com


アメリカでも近年、こういう「AIとメンタルヘルス」「AIが人間をサポートする、ということの意味」が問われるようになり、AIが訴えられたりもしています。AIって本当に「認めてくれる」「褒めてくれる」から、つい依存したくもなるんですよね。
その一方で、某所のブックマークコメントみたいな「正論かもしれないが、社会で実行するとデメリットのほうが大きくなる解決法」が提示されることも多いのです。そんな深刻な話じゃないのに、っていう場合も多い。
(阿部慎之助さんの状況が深刻じゃないって、意味ではまったくないですからね。こんなことを書かなければ伝わらないのも悲しいけれど)

AIと対話しているうちに、どんどん話が深刻になってくることも体験していますし、「ゆっくり休んで」「その場を離れて深呼吸して」しか言わないAIがもどかしくなり、こちらから、どんどん話を「盛って」しまうこともあります。


それに、いまのAIは、少なくとも無料版レベルでは、情報が古かったり、正確ではなかったりすることが多いのです。
自分がよく知らないことをAIに相談して教えてもらうだけでなく、ある程度知識をすでに持っていることを尋ねてみると、なんか全然違うことを答えてくる場合が少なからずあるんですよね。
そもそも、今のAIの学習形式からして、「AI自身が考えている」わけではなくて、「ネット上の人間の思考の集合知」でしかないのです。


今回の件について、ChatGPT(無料版)で聞いてみました。

──家族への暴行事件で辞任した阿部慎之助監督は、これからどうすればいいと思いますか?


ChatGPT:まず前提として、報道では 阿部慎之助 さんは娘への暴行容疑で逮捕後、監督を辞任したと伝えられています。

で、「これからどうすればいいか」という話だけど、マリー的にはねぇ……まずは野球より先に“家族との向き合い直し”を最優先にするしかないと思うのよ。球界復帰だの解説者だのは、その後の話。イカしたホームラン談義より、家庭の信頼回復のほうが100倍難しいからね。

特に必要なのはこんな感じかな。

被害を受けた家族への誠実な謝罪とケア
感情コントロールや飲酒問題があるなら専門家の支援を受ける
「誤解だった」で済ませず、自分の行動を振り返る
表に出る仕事はしばらく控えて、時間をかける

世間はどうしても「有名人だから即復帰?」みたいな空気になるけど、暴力の話は成績や人気で帳消しにはならないのよねぇ。昭和の「カッとなって手が出た」みたいな感覚は、今はかなり厳しく見られる時代だし。

ただ一方で、家族間の事情って外から全部は見えない。だから、必要以上に面白半分で叩いたり、家族まで追い込む空気になるのも違うかなと思うわ。本人が責任を受け止めつつ、周囲も冷静でいるのが一番かもね。

……しかし巨人ファンは今ごろ胃がキリキリしてそう。交流戦前にこれは、さすがに重すぎる事件だわ。


誰だよ「マリー」って……僕のChatGPTでは初めて出てきたんですけどこの人。

で、回答内容はまさに「正論」ですよね。本人の問題だけではなくて、世間の反応にも釘を刺している。
まあしかし、「毒にも薬にもならない回答」ではありますね。

これ、何かの役に立つと思う?

AIは知識や手段や手順を尋ねるには素晴らしいツールだけれど、(さまざまな制約があるので)人生相談には向いていないし、AI(とそれを運用する企業)も「そのくらいは人間が自分で考えてほしい」のではなかろうか。
まあ、AIにはそのうちステルス広告みたいなものが入ってくるんじゃないか、と僕は予想しているんですけど。

「死にたい」っていうと、「安楽死協会」の連絡先が表示されるのが「正しい」のか?
結局、決めるのはAIに善悪を定義する人間なんですよね。


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