いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「すべてが広告になってしまった世界」を生きるということ


note.mu


 「ニセ医学」から、どうやって身を守ればよいのか?

 上記のエントリでも言及されている「はあちゅう」さんのインタビュー記事を読んで、「いやさすがにこれで『ステマじゃない』は通らないだろう」と思ったんですよ。


https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/hachu


 「インフルエンサー」を自認し、その立場を利用して収入を得ていながら、自分が他者に拡散しているものに問題があることを指摘すると「私も被害者の面がある」「門外漢にはその治療が本当に適正なものなのかどうかわからない」と、言い訳をするというのは、なんだか薄気味悪い。
 WELQ問題のときもそうだったのですが、メディア、あるいはインフルエンサーとして、命や健康、高額のお金に関わる「情報」を拡散するのに協力して対価を得ているのに(はあちゅうさんの場合は、少なくとも編集長をやっていたメディアが利益を得ていました)、「広告じゃない」「ステマじゃない」「普通の人には、それが本当に有効なのかどうかわからない」なんていうのは、さすがに通らないですよ。その価値判断を見に来た人たちに期待されていたのは、自覚していたはず。

 僕だって、個人レベルで信じて施術を受けている人に相談されれば、「それは危険だと思いますよ」と助言するし、理由もひととおり説明はするけれど、それ以上は自己責任ではないか、と考えています。
 そういう「自分の判断では正しいかどうかわからないこと」を見極めたり、代わりに検証してもらったりするために、「専門家」とか「メディア」っていうのは存在するはずです。

 本来は、はあちゅうさんに取材するのと同じくらい(あるいはそれ以上に)厳しく、「血液クレンジング」をやっている病院やクリニックを取材してほしいし、そうあるべきだと思うんですよ。
 それがなされていないように感じるのは、広告主への配慮とか、訴訟のリスクとか、「はあちゅう」を前面に出したほうがPV(ページビュー)が稼げるとか、そういう理由なのだろうか。

 BuzzFeedの記事は、かなり強い調子で、はあちゅうさんに問いただしているけれども、これまで、BuzzFeedは「セクハラ、パワハラ告発」での、はあちゅうさんの主張を掲載してきた媒体でもあるのです。
 この記事を見て、はあちゅうさんが「謝罪用のビジュアル」を意識しているな、とも思いました。
 まあ、こんなときに派手なメイクで出てきたら「場をわきまえろ」って言われるであろうことも確かなんですが。
 
 
fujipon.hatenablog.com


 この件に関して、「インフルエンサー」だと自認している人にお願いしたいのは、せめて、人の命と健康と大きなお金がかかっている案件に関しては、「わからない」のであれば、沈黙していてくれないか、ということなんですよ。
 「わからない」のに、とりあえず書いて、稼いで、みんなに「影響」を与えた挙句、「自分が採りあげたおかげで議論が深まった」なんて開き直るのは、あまりにも厚顔無恥です。
 

確かに私は、影響力はすごくあるかもしれない。だから発言に気をつけなきゃいけないと思っています。
だけど、テレビや新聞、雑誌に掲載されていたものを信じて行きました、お金を払いました――。それを、書いてからニセ医療だと知るのは悲しすぎるなと。


 たしかに、はあちゅうさんは、「『キレナビ』というメディアの編集長」であるという立場と、いち消費者という立場を併せ持っているのかもしれません。
 でも、いろいろ優遇してもらったり、それでお金を稼いでいながら、こういうときだけ「いち消費者の自分」を強調するのは、やっぱりおかしいよ。


www.kirei-c.com


 覗いてみると、『キレナビ』は、通販サイトだし、基本的に、書いてあるものはすべて広告の要素がある、と僕は思いました。
 ただ、今の世の中って、本当に「われわれが情報だと思って接しているもののほとんどが広告の要素を持っている」のです。

 
fujipon.hatenablog.com

 『戦略PR』(本田哲也著・アスキー新書)という本のなかで、こんな話が紹介されています。
(「漢字力低下」という空気を、店頭でも活用する 「漢検DS」の成功例という項から)

 「漢検DS」は、年間270万人もの受験者数を誇る検定試験「漢検」の公認ソフト。遊びながら漢字を学べる、ニンテンドーDS向けゲームだ。実際の試験と同じ形式で出題される「チャレンジモード」、手軽に漢字練習ができる「トレーニングモード」、漢字をテーマにしたミニゲームを楽しむ「ゲームモード」などがある。「漢検DS」は2006年9月に発売され、瞬く間に、約30万本を売上げるヒットとなった。このヒットを支えたのは、漢字検定に興味を持つ層やゲーム好きの人たちと推測できるが、「さらに売上を伸ばすためには、もっと一般的なより多くの人たちにアピールすべきだ」と、市場の拡大を狙うキャンペーンが設計、展開された。
 このキャンペーンで、戦略PRによる空気づくりは重要な役割を果たした。
 発売元のロケットカンパニーがとった戦略は、「日本人の漢字力が危ない!」という空気をつくって、それを「漢検DS」のニーズに結びつけようというものだった。
 まず、日本人の漢字力についての実態・意識調査を実施。その結果、「日本人の85%が、漢字力の低下を感じている」「4人に1人の大人が、子供に漢字を聞かれて答えられなかった経験あり」など、オトナたちにとっては耳が痛い事実が明らかになった。
 さっそく、これらの結果をまとめ、マスコミ向けにリリースし、PR活動を展開した。パソコンで文章を書く機会が増えたため、「漢字力が衰えたなあ」と、漠然と感じている日本人は多い。こうした漠然とした不安を裏付ける調査結果は、マスコミの注目を集める。その結果、新聞、テレビなど40以上のメディアが、この調査結果を紹介。12月12日の「漢字の日」(京都の清水寺でその都市にちなんだ漢字が発表される、毎年恒例のあの日だ)にリリースしたことも大きかった。
 こうして、日本中に「漢字力が低下している。どうにかしないとマズイ」というカジュアル世論をつくり、危機感を蔓延させる。これだけでも十分に、「漢検DS」の需要につながるシナリオだが、このキャンペーンがさらに戦略的だったところは、この「空気」を見事に、ゲームソフトを購入する店頭のプロモーションまで落とし込んだ点だ。
 店頭のプロモーションは、12月14日から開始された。実は、2006年12月14日は人気ゲームシリーズ「ポケットモンスター」の新作、「ポケモンバトルレボリューション」(任天堂Wii向けソフト)の発売日だった。一部には、「なにもこんな強力なライバルが新発売される日にぶつけなくても……」という反対意見もあったという。しかし、あえてこの時期を狙ったのは、子連れでゲームショップに来店した親に対し、店頭でプロモーションを展開しようと考えたからだ。
 ここで展開されたのが、「漢字力低下」の報道素材を活用した店頭POPだ。新聞などに掲載された記事を紹介し、「漢字ブーム到来!!」「各メディアが大注目!」と大きく謳った。つまり、世の中でつくった空気を、さらにお店に持ち込んでリマインドさせる作戦だ。これをゲームショップなどの店頭に貼ることで、「そういえば、新聞やテレビで、日本人の漢字力が落ちていると報道していたなあ」と、子どもを連れた親に思い出させようとしたのだ。効果は上がった。ポケモンなどのゲームを買いに来店した顧客に対し、「このままではマズい。子どもにゲームを買うついでに、自分は漢検を買って勉強し直そう」と思わせることに成功したのだ。
 これに、「漢検DS」を模したブログパーツのネット上での配布や、テレビCMなどの施策が連動したことで消費者の興味は高まり、再び売上は急上昇。ついに60万本を突破した。このキャンペーンは、危機感をあおるカジュアル世論づくりと、店頭プロモーションでの活用がキレイに連鎖している成功例だといえるだろう。


fujipon.hatenadiary.com

今治タオル 奇跡の復活』という本では、佐藤可士和さんが、こんな「下準備」の話をされていました。

 メディアの取材に対して、過去の素材を提供できることは、大きなメリットになる。とくに映像系のメディアの場合、使える素材がない場合は、どんなに”旬”な情報であっても、扱いは小さくならざるを得ない。
 今治タオルプロジェクトは、言ってみれば「地方ネタ」である。事あるたびに東京から取材に来てもらうことは、現実問題として難しい。また、来てもらえたとしても、そのタイミングに合わせて僕が今治に行けるとも限らない。
 プロジェクトがスタートした当初から、主な動向はできるだけ資料映像として残しておこうというのは、僕の提案でもあり、組合の意向でもあった。視察や会議、展示会の様子など、もらさずに記録しておいた写真や映像は、NHKに限らずさまざまなメディアの取材で多々活用されることになる。「伝える」ための準備は、後手に回ってしまっては間に合わない。メディアの取材に対して先手を打つことは、たとえ予算が少なくても十分対応できることなのだ。


 いまの世の中では、お金を出してCMを放送する、というものだけが「広告」ではないのです。
 むしろ、「広告に見えない広告」がかなり浸透していて、僕が「ニュース」や「いま流行しているものの紹介」だと思い込んでいるもののなかに、誰かが何かを売るために仕掛けたものがたくさん含まれています。
 ニュースや情報誌をつくる側だって、すべて鵜呑みにするわけではないのだろうけれど、ネタに困ったときに、「じゃあ、これを採りあげてみるか」という場合もあるわけです。

 コンビニに行くと、「〇月×日に、△△△(番組名)で紹介されました!」という商品が並んでいます。
 血液クレンジングなどと比べると、仮においしくなくても致命的なダメージは受けないでしょうし、邪悪度は低いものではありますが、世の中のいろんなものが「無料」になっているように見えるのは、当然、どこかにコストを負担し、利益につなげようとしている人がいるから、なんですよね。
 それは、知っておいたほうがいいと思う。

 はあちゅうさんは「みんなに注目されやすいアイコン」だから話題になりやすいだけで、同じようなことをやっている人は少なからずいるはずです。


 この話だって、本来は、「医師免許を持っている医者が『血液クレンジング』をやっているクリニックが存在している」ことが、いちばんの問題点のはず。
 僕は数年前、転職活動をしていたときに、ある都会のクリニックの雇われ院長をやらないか、という誘いがあったのです。
 条件もよかったし、都会に通勤するというのも、ちょっとカッコイイかも、大きな書店に毎日通えるし、と思ったんですよ。
 ただ、そこの勤務条件として、「あなたの本意ではないかもしれないが、それを希望して来る患者さんが少なからずいるので、民間療法的な栄養剤(たぶん「毒にも薬にもならない」)の注射をしてもらいたい」という経営側からの要望があったのです。
 僕はやっぱり、自分で納得できないことはやりたくないので、そのお話は断ったのですが、それまでの院長はその注射をやっていたし、おそらく、勤務条件(週5日の外来のみで、クリニックなので定時帰宅、もちろん当直もなし)などを考えて、「まあ、患者さんも希望しているのなら」と、そこで働くことを選ぶ医者もいるのだと思います。


 「何も信じられない世の中」だというのは、はあちゅうさんの言う通りなんですよ、たぶん。
 それでも、「だから自分も『わからない』ものを営利目的で発信して稼いでもいい」ということに、なってはいけない。

 かつて、「テレビや新聞などの大手メディアは信じられない」「ネットには真実が書いてある」という幻想を抱いていた人たちがいたけれど、今は「ネットの情報を鵜呑みにするのは、地雷原で目をつぶってスキップして歩くようなもの」であり、既存の大手メディアのほうが相対的にマシになってきたと感じています。まあ、大手メディアが「テレビ番組で松本人志さんがこう言った」みたいな話を「ニュース」にして、PV(ページビュー)を稼いでいるのも事実なのですが。
 そして、ネットには、今回の血液クレンジングの件のように「間違った情報に異議を唱えるシステム」も存在しているのです。


 ぜひ、冒頭のエントリを読んでみていただきたいのですが、世の中というのは「ニセ医学を広める」側が多額のお金を稼いだり、「インフルエンサー」と「いち消費者」のスタンスを使い分けて、うまく逃げ切ろうとしたりしているのに比べて、「ニセ医学の被害者を減らそう」としている側は、金銭的なメリットもなさそうで、ひどいバッシングも受けるなど、あまりにも報われないのです。
 だからこそ、はあちゅうさんを叩くだけではなく、「ニセ医学予防」の活動を続けている人を支援していくことが大事だと、僕は考えています。
 人って、自分が信じているものをバカにしたり、自分を見下したりしている人の言うことは、なかなか聴いてくれないものではありますし。


fujipon.hatenadiary.com

新装版「ニセ医学」に騙されないために

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世にも危険な医療の世界史 (文春e-book)

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