いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

テレビドラマ『コウノドリ』第1話感想:星野源さんの四宮先生の「いるいる感」と、「手伝う、じゃないだろう!」は医者の言葉として適切なのか問題

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 テレビドラマ『コウノドリ』の第1話を観た。
 ちなみにドラマの前作も原作マンガも全く観たことも読んだこともない。
 『逃げ恥』の星野源さんが出ているので、観てみようかな、とか、そういう感じ。


 僕は基本的に医療ドラマは観ない。
 登場人物のカッコ良さと自分を比べてうんざりするので。
 ドラマをみていると「医者って、カッコいいなあ!」とか思うこともある。
 じゃあ僕はいったい何なのか?
 ただ、こういうドラマをみて、産科医という仕事に、世の中も医者志望者も興味を持ってくれるといいなあ、とは思うよ。
 次男の出産のとき、産婦人科の先生が、夜中にもかかわらず颯爽と現れてくれたときには、本当にありがたかったし、医者っていうのは、患者側からすると、これほど頼りたくなる存在なんだな、と感じたのを思い出す。
 どんなときでも、冷静で、優しくありたいけれど、夜中に眠れないまま救急車が次々とやってくると、心がもたなくなって、自分の嫌な部分が暴発してしまいそうになる。
 それは、僕が当直や救急から距離を置こうと思った大きな理由だ。
 とはいえ、医療には、そういう仕事は不可欠なので、今でも最前線で闘っている医師たちには、申し訳ない気持ちもある。


 脱線しすぎた。
 『コウノドリ』第1話の感想に戻ろう。
 さくら先生、ほんとイケメンだよなあ。
 個人的には、星野源さんの四宮先生に「こういう医者、いるいる!」と嬉しくなってしまった。
 愛想は悪いし、ぶっきらぼうだが、本当に困ったときには、難しい急患をサッと受け入れてくれる人。
 同業者には評価されているのだが、患者さんからの評判は両極端。
「話を聞いてくれない」とか、「説明がよくわからない」とか、言われがちな感じ。
 いつも思うのだが、病気の説明というのは、わかりやすくしようとすればするほど、どうしても省略するところが多くなるし、誤解を招きやすくもなる。
 とはいえ、「すい臓って何ですか?」と問われて、いきなり病理学・解剖学の講義を一からはじめるわけにはいかないのだよなあ。
 このドラマでも採りあげられていたけれど、テレビやネットの医療情報は、断片的な情報や個人の体験談が多すぎて、かえって不安を煽るだけのことが多い。
(その一方で、人々に「最低限の医療知識」を提供していることも確かだと思う。内臓のはたらきなんて、理科の授業で習っても覚えている人はごく少数だろう)
 ネットは便利なのだけれど、Googleで数日検索しただけの情報で、目の前にいる、その仕事を何年、何十年もやってきている医者よりも自分のほうが詳しいと信じられる根拠って何なのだろうな、と、いつも考え込んでしまう。
 個人的には、そういうときに本当に大事なのは、自分の付け焼き刃の知識で相手より上に立とうとすることよりも、「任せられる専門家」を見極めることだと思うのだが……
 なんでも自分で決めるべき、というのは「自由」じゃなくて、「呪縛」なんじゃないか、と感じることは、少なくないのだ。
 なんでもできる、なんでもわかるほど、人間は完璧にはなれないよ。


 ドラマで、さくら先生と四宮先生の診療を観ながら、不安な患者さんや家族に対して、まず、「だいじょうぶですよ」と温かい言葉をかけて、励ますべきなのか、客観的な事実を冷静に告げて、過剰な期待や依存を招かないようにするべきなのか。
 人間の身体のことなのだから「100%だいじょうぶ」なんてことは、ありえない。
 まあでも、悪い結果が起こる前提で手術を受ける人なんて、いないわけで。


 僕は20年くらいこの仕事をやっているのだが、最初の頃は、がんの告知をするかしないか、という議論が行われていた時代で、「告知はしないでくれ」という家族も多かった。
 その後、「ちゃんと告知をするのが大原則。訴訟になるケースもあるので、きちんと説明し、過剰な期待を持たせるべきではない」という流れになってきた。
 ただ、最近は、その揺り戻しなのか、難しい状況で、患者さんに「だいじょうぶですよ」「心配しなくていいですよ」と言うことの意味、みたいなことも考えている。
 多くの場合、本人も家族も、そういうときの悪意のない「だいじょうぶ」に噛み付いてくることはなく、むしろ、理解や感謝を示してくれる。
 ただ、例外を目の当たりにすると、やはり腰が引けてしまいがちにはなるのだ。
「あのとき、だいじょうぶって、先生は言ったじゃないですか!」
 医療の現場では、たくさんの「ありえないこと」が起こる。
 大部分は、悪い方向の。


 『コウノドリ』は、良いドラマだと思う。
 「人間が生まれる」ということのすごさと、親になろうとしている夫婦の期待と不安、その現場で働いている人たちの現実が、丁寧に描かれている。
 ただ、四宮先生が父親に「手伝う、じゃないだろう、あんたの子どもだろ!」と言うシーンを観たときには、それは正論だけれど、そうやって医者が言葉にすることによって、夫婦の亀裂をさらに深めるのではないか、とも感じたのだ。
 医者が関われるのは、人生のごくごく一部でしかない。だからこそ言えることもあるし、踏み込みすぎてはいけないところもある。
「わかってくれる先生」への依存と、「わかっていないあなた」への不満。
 でも、一緒に日常を生きていくのは「あなた」なのだ。


「一緒にがんばろう」
 そう言うと、こんな答えが返ってくることもある。
「一緒にって言うけど、あなたがキツい思いをして、産むわけじゃないでしょ?」


 あの夫は「仕事のことばかり考えて、妻や家庭を省みない無責任な男」のように描かれているけれど、ドラマのなかで今橋先生が述懐していたように、救急をやっていたり、集中治療室に患者さんがいたりする産科医や外科医には、ほとんど家に帰っていない、という人も少なくない。あるいは、帰っても寝るだけとか。
 もっとちゃんとQOL(生活の質)を上げて、自分や家族のための時間をつくりたくても、病院には誰か医者がいないといけないし、日本の病院の現状では、すべて当直医に任せる、というのは難しい。
 家族も、「主治医の先生は?」と訊ねてくるし、「自分の仕事は日曜日が休みだから」「せっかく今日お見舞いに来たから」と、休日に家族説明を求められることもある(ただし、最近はそういうケースに関しては、お断りすることが多い)。
 

 知り合いの劇画原作者に聞いた話だが、ある地方の大きな病院で、子どもが生まれたばかりの若い男性研修医が育休を申請したそうだ。
 外来で診察をしていたら、看護師さんたちのこんな会話が聞こえてきた。
「あの先生、育休とるんだって」
「そんなに長くはたらいているわけでもないし、男でまだ研修医なのにねえ……」
 女性で、子どもを持っている人が多いはずの年代の看護師さんたちでも、こんな感じなのだ。
 ただ、これは、ただでさえ余裕がないその病院のシフトのなかで、育休をとる人がひとり出ることにより、当直や急患当番に空いた穴をどうやって埋めるかで、みんなが頭を悩ませていた、という背景もあったのだ。
 若手の医師たちは、すでにかなり疲弊していた。
 現実問題として、彼の「育休」は、同じ職場の人たちにとっては、さらなる負担増を招くことになるのだ。
 そんな余裕のない職場が悪い、もっと人を雇え、というのは簡単だけれど、病院というのは、「じゃあ営業時間を短くすればいい」とか、「スタッフが集まらないときは臨時休業にすればいい」というわけにはいかない。
 だが、彼自身にとっては、家庭生活や、人生において、子どもと一緒に過ごせる貴重な時間を得るという意味において、大事な権利だし、それをとることは「間違い」でも「悪いこと」でもない。
 だが、現場で直接その影響を受ける人たちにとっては、愚痴のひとつも言いたくなるのもわかる。
 世の中は変わり、理想はどんどん高くなっていくけれど、人間の考え方も、働き方も、職場の状況も、そんなに急には変化しない。
 現状は、「こうあるべき」という理想と実態が乖離しすぎていて、それが、「なぜそんなこともできないのか」というプレッシャーになって、多くの人を苦しめているようにも感じる。
 ネットの怖いところは、そこに書かれている理想的なライフスタイルが、その人の「広告」であるにもかかわらず、それがフィクションではなくて、手に届くところにあるものだと多くの人が思い込んでしまっていることなのかもしれない。


 生命が生まれるシーンがドラマチックであればあるほど、「でも、こんなふうにして生まれた子どもも、親たちも、みんなが幸せになるわけじゃないんだよな」とか、つい考えてしまうところもあるのだ。
(『コウノドリ』は、そういう面を美化しすぎずに描いているのではないかと思うし、そもそも、だからこそ、誕生のシーン「だけ」は、美しく描こうとしているのかもしれない)

 あと、さくら先生は、本当はもっと筆談したほうが良いのだろうけど、そのあたりはテレビドラマの演出上の問題なのだろうな、ということと、その問題については、音声認識テクノロジーの発展が、おそらく劇的な変化をもたらすであろうと思われます。
 最近、docomoの留守番電話サービスで、留守電の内容を文字にして見せてくれる、というのがあって、その性能と正確さに、けっこう驚いたんですよ。
 人名や地名の聞き取りに関しては、これからだな、という感じでもあるけれど、本当に、技術はすごく進歩していて、手話を学ぶ必要性も薄れてくるかもしれません。


 あんまり「コウノドリ」の感想じゃなくてすみませんでした。
 

 まともな感想を読みたいかたは、こちらをどうぞ。
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