正直、このくらいの能力がある人だったら、たしかに時給1240円は安いな、と僕も思うんですよ。
僕はわりとキュレーターの人が書いた本とかも読んでいるのですが、こういう美術館の仕事って、憧れている人が多いわりには求人の枠が少ないので、「買い手市場」になりがちなのと、国立西洋美術館のような名門での勤務実績は、将来的なキャリアアップにつながる、という面もあって、この時給だけでは判断できないところもあるんですよね。
その場での給料と仕事量、でみるならば、「キツい研修病院の研修医の給料」なんて、訴えられまくっているはずです(一部で訴訟になった事例もあるみたいですけど)。
彼らは「時給でいえば、コンビニでバイトしたほうが稼げるよね……」と愚痴を言いつつも、本当にコンビニバイトに転職した人は見たことがありません。
あまりにも搾取的な金額は問題がありますが、将来への布石として「いまはある程度薄給でも我慢する」というのは、まあ、ありといえばあり、なんでしょうね。
「レプロエンタテインメント案件」とでも言うべきか……
個人的には、若い人を修行という名目で酷使するのは良くない、と思うのだけど、少なくとも研修医の場合は、金銭的にはある程度先の見通しが立っている薄給、だからなあ。
内田樹先生がどこかで書かれていたのですが、いまの日本では「自分の能力や働きに比べて、給料が安い」と不満を持っている人の割合が高いそうです。
そのことに対して、内田先生は、こんなふうに仰っています。
「もし、労働者の待遇が完全に『能力や実績に正比例』していたら、大部分の人は、自分の能力の現実に打ちのめされることになるだろう」
「能力」「仕事内容」は必ずしも待遇に反映されていない、という思い込み(そして社会的な同意)があるからこそ、多くの労働者は「俺はこんなに働いているのに、なんで給料が安いんだ!」と愚痴を言うことができます。
その人が、本当に言うだけ働いているのかどうかはさておき。
もし、「正比例の世界」であれば、それは「公正」ではあるのかもしれませんが、「自分の置かれた立場に、何も言い訳ができない世界」です。
あるいは、「給料の額だけで、その人の価値がわかってしまう世界」です。
多くの人がもらっている給料というのは、残念ながら「働き相応」なのですが、それに不満を言ってガス抜きできる社会のほうが、幸福なのかもしれないな、とも思うのです。
このエントリの中で、『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』という本に書かれていた、こんな文章を紹介しています。
職業選択の際に、誰もが気にする自分自身の将来の年収について。実はこれは職業を選んだ時点でだいたい決まっているのです。それは選んだ職業の年収が一定の幅で決まっているからです。「え? ホントかいな!」と思う人もいると思いますが、市場構造が一定であるならば、その市場にいる人の収入も「ある一定の幅」で決まってしまうのです。
例えば、あなたがうどん屋の主人になったとします。競争力のあるうどんの単価、店舗のキャパシティー、原材料費、店舗にかかる諸費用、従業員人件費など、それらの相場は好き勝手にコントロールできないことがほとんどで、市場構造やビジネスモデルによってあらかた決まってしまっているのです。
売上から費用を引いた後に残る資金から得る主人の年収も、最初からだいたい決まってしまっているのです。決まっていないのは「どの程度うどん屋として成功するか失敗するか」による上下幅の着地点です。成功したうどん屋の客単価と客数が想定できるので、うどん屋の大将の年収の上限も容易に試算することができます。逆に、失敗したうどん屋の大将の年収がどうなるか、リスクも予め試算することができます。うどん屋の大将の年収は「ある一定の幅」が最初から決まっていて、成功から失敗までのシナリオによってその幅の中のどこに定まるかが決まります。
これはほとんどの職業においても当てはまります。市場構造やビジネスモデルが何かの理由で大きく変わらない限りは、その職業の収入の上下幅はだいたい決まっています。
身も蓋もない話をしてしまえば、産業規模のちがい、とかになってしまうんですよね。
美術館や図書館のような公共施設は、そんなに儲かるものではないので、人件費にそんなにお金を割くわけにはいかない。
展覧会ですごい行列ができていても、大概、「赤字にならなくてよかった」というレベルなのだそうです。
大きな美術展には必ずスポンサーがついていますが、それも加えて、赤字にならない程度なのです。
せめて、国公立ならば、お手本として、それなりの待遇を提示すれば良いのではないか、とも思うのだけれど、そもそも「お金がない」んですよね。
ただし、大きな美術館などで専門家として実績を積んだ人が、サザビーズなどのオークション会社などに転職して高給を得る、というケースもあるようなので、一概に「美術館はやりがい搾取」だとも言いきれません。
アート好きとしては、もうちょっと全体的に待遇を良くしてあげてほしい、とは、やっぱり思うけれど。
世の中には「お金が仕事選びの最優先条件」ではない、という人は、けっして少なくありません。
給料が安くても、食べていけるくらいの金額があれば(これも人によって条件は違って、「家計の足しになれば」というくらいの人もいます)、給料の額よりも好きな、興味が持てる仕事をやりたい、という人はたくさんいます。
「カッコいい仕事のほうがいい!」って人は、多いですよね。
何が「カッコいい」か決めるのは難しくても。
逆に「給料は安くないし、そんなに特別な技術が必要ではない(あるいは、比較的仕事に慣れるハードルが低い)仕事」というのもあるのですが、そういう仕事って、イメージが悪いとか、きついとかで、あまりみんながやりたがらないか、「盲点」のように存在が知られていないか、なのです。
いま、飲食店のアルバイトの時給もけっこう上がってますよね。
これも、需要のわりには応募者が少ないという力関係でそうなっているのです。
少なくとも、大きな美術館のキュレーターよりは、飲食店の店員のほうが必要とされる人数が多いし、人が足りないので条件を良くするべき、と現場では考えられているのです。
学歴や資格が無くても、仕事選びの工夫で高給を得る道がある社会のほうが、なんとなく、「マシ」な感じもするのです。
医療業界で働いていると、少なくとも医者の世界って、「キツい仕事は給料が高い」とは言いきれないところがあるのです。
もちろん、オンリーワン級のスーパードクターや、うまくいっている開業医はそれなりにもらっているみたいなんですが、市中病院で毎日忙しく働き、つらい当直をこなしている医者と、比較的時間や仕事に余裕がある施設で働いている医者の給料がそんなに違うかというと、そんなこともないのです。
いやむしろ、忙しい中核病院のほうが、給料が安かったりするんですよ。
大学病院や公立病院であれば社会的な地位や、社会保障とか退職金、なんて条件もあるんでしょうけど、それにしても、仕事のキツさと給料は、けっして比例してはいません。
でも、「あんまり処置とか外来とかがないような、ラクな病院で働くのは、なんか気後れするなあ」って考えている医者は、けっこう多いのです。
一度そういうところに行ってしまったら、もう「最前線」には戻れないだろうし、とか思ったりもして。
でも、ずっと「最前線」にいられるわけでもないし、教授や院長になれる人は、結局のところ、ごく一握りでしかないのですよね。
ネットでは「キャリアアップ」の話ばかりがもてはやされるけれど、これからは「いかに上手に『キャリアダウン』していくか」の時代なんじゃなかろうか。ネットを使っている人の平均年齢も、どんどん上がってきていることだし。
……って、例のごとくものすごく脱線しまくってしまいましたが、「仕事とお金」には、強い結びつきがあるけれど、それが全てじゃない、ということに尽きると思います。
もちろん、「安く使う」にも限度はあるとして。
最後に、宇宙飛行士の給料、というのを御紹介して終わりにします。
みんなが憧れる存在である宇宙飛行士ですが、その待遇は金銭面では、必ずしも恵まれたものではありません。
過去のキャリアが輝かしいものであればあるほど、「この道に進んでよかったのか。本当に飛べる日が来るのか」と不安を抱きながら過ごす日々は、宇宙飛行へのモチベーションが相当に高くなければ耐えられない。
さらに「飛ばない宇宙飛行士」で終わる可能性もゼロではない。医師もパイロットもその職をなげうち、人生をかけて応募してくる。給料もJAXA職員給与規定によるため、本給は大卒35歳で約36万円(2008年1月1日の募集時点)と、医師やパイロットに比べれば大幅に下がることも多いし、生活環境も激変する。
「自分の地位も業績も、全部捨てても絶対に宇宙に行くのだという覚悟がないと、待たされている日々は苦しくなる」と山口孝夫さんは強調する。応募する側も選ぶ側も、真剣勝負である。
この給料だと、おそらく多くの応募者は収入減となるはずです。
それでも、大勢の人が、いまも宇宙を目指しているのです。
「山崎直子さん年収800万、毛利衛さんが年収1000万」だと本に書いてあった、というコメントもありました(事実かどうか僕には確認がとれてません)。
それなりに高給ではあるけれど、仕事の難易度やリスクを考えると、高すぎる!と思う人はほとんどいないはず。
あらためて考えてみると、そもそも、「お金」を仕事選びの最優先事項に置いている人は、美術館勤めを仕事にしないだろうな、とは思うんですよ。
そして、そういう人は、たぶん、美術館の求人を満たすくらいには存在するのです。
その一方で、こういう美術館や図書館のスタッフが、もともとお金に余裕があって人生経験値稼ぎをしたい人とか、配偶者控除の枠内で働きたい人ばかりになってしまっているという問題も、たしかに存在していることは、否定できないのだけれども。
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