いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

杉村太蔵さんの「失言を活かす処世術」

参考リンク:テレ朝「しくじり先生」が神回だったと話題にwwwwwwww (画像あり):暇つぶしニュース
テレ朝「しくじり先生」が神回だったと話題にwwwwwwww (画像あり):暇つぶしニュース


この杉村太蔵さんが「失言し続けてしまった先生」として登場した回は、本当にすごかった。
なんというか、これほどの「自らの人生をネタ化しつづけている人」って、滅多にいないのではないかなあ。


『肩書き捨てたら地獄だった - 挫折した元官僚が教える「頼れない」時代の働き方』という新書のなかで、著者の東大卒・元経産省のキャリア官僚の宇佐美典也さんが、杉村さんのことを書いていたのを読んだばかりだったのです。

 しかしその(衆議院議員に当選)後、若さゆえの「議員らしく料亭へ行きたい」などの失言もあり、次に立候補した選挙では落選。どうしたものか考えあぐねましたが、議員時代に自分がした失言を報じたメディアから取材や出演依頼がたくさん届いたそうです。
 実はこうしたオファーが来たのは議員時代、メディアを批判することなく「自分が言ったりやったりしたことは事実。すべて書いてください」などと堂々と対応したことを、出版社や放送局が評価してくれていた、という裏側があったようです。
 このようにしてテレビや雑誌に出演するなか、「何も知らないまま議員になって、政治の表面だけを見てきた若者」という、彼の人生に沿った「薄い政治評論家」というセルフブランドが築かれていきます。その後、ここに至るまでのメディアでの活躍はみなさんもご存じの通りですが、一方でドイツ証券時代に培ったノウハウを活かした投資家としての顔も持ち、いまでは数億円を運用しているそうです。


 まあ、なんというか、『しくじり先生』での杉村さんを観ていると「セルフブランド」云々以前に、めちゃくちゃ面白い人だから、こうしてバラエティ番組に起用されているだけなのではないか、という気もするんですけどね。
 それでも、「ものすごくイヤなヤツ」だったら、「若くて世間知らずな衆議院議員」という肩書きが無くなっても、あえて起用しようというメディアも無かったと思われます。
 メディアに対して率直な対応を続けたことで、長い目でみれば、杉村さんの人生は開けた、といえるのでしょう。
 議員当時は、すごいバッシングを受けていましたけどね。
 メディアというのは、バッシングしながらも、その人の「人間としての面白さ」みたいなものを評価している場合もあるのだなあ。
 そういえば、勝新太郎さんの記者会見のことが『怒り新党』で採り上げられていましたが、当時、テレビでは勝さんの「非常識さ」を叩いていたんですよね。もしくは、呆れていた。
 ところが、亡くなられて時間が経ち、その「舞台裏」が語られてみると、あの記者会見は、勝さんの「サービス精神」の一部であり、取材しにきた記者たちとの関係も悪くなかったようです。
 逆にいえば、メディアというのは、「対象者がどんな人であれ、視聴率につながったり、そのほうが『世論』に合っていると考えれば、容赦なくバッシングしてみせることがある」のだよなあ。

 これまでバッシングされてきた人のなかには、杉村さんほど面白い人にもなれず、中途半端に率直だったために、ずっと誤解されたまま、という人もいるのではないでしょうか。

 この『しくじり先生』の杉村さんを「面白い」と感じる人ばかりではなくて、「けしからん!」という人も少なからずいるのでしょうけど、こういう「セカンドチャンス」があるのは、けっして、悪いことではないのだろうと僕は思います。
 しかし、この杉村さんの生きかた、すごく面白いけど、小心者の僕には絶対に真似できないよ……


アクセスカウンター