いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「私はお金を使ってくれない人はファンとは呼ばないと思う」という言葉は、はあちゅうさんのファンを傷つけない。

www.goodbyebluethursday.com



 大事なことなので、いちばん最初に書いておく。
 僕は、はあちゅうさんのことが嫌いだ、大嫌いだ。
 なぜ嫌いなのか、と問われれば、理由をいくつも挙げることは可能なのだが、たぶんそれは「生理的に嫌い」が最初にあって、そのあと、「嫌いな理由」を後付けしているだけなのだと思う。
 人というのは、好きな相手であればその言動を好意的に解釈するし、嫌いな相手であれば、悪く受け取ってしまう生き物だ。
 そういう前提で、読んでいただけると助かります。


 この話を読んで、僕は「図書館で借りて読みました」と自称ファンに言われて傷ついた作家のことを思い出しました。
 本当に「好き」なら、「ファン」なら、少しでもこちらに還元してくれよ、という気持ちはわかる。
 それを公の場所で露わにするのが正しいのか言われると、イメージ戦略としてはマイナスなんじゃないか、とは思うけれど。
 なんのかんの言っても、お金を出す人が優遇されやすい世の中ではあるのです。
 スポーツの試合でも、コンサートでも、高い席のほうが見やすかったり、お土産がついたりすることが多いですし。


 はあちゅうさんに関して困惑してしまうのは、「クリエイター」「作家」と自称している彼女が生み出すコンテンツについて、僕が全く面白いと感じないからなのです。
 ただし、万人にとって無価値、というわけではないのは、お金を出して買う人がいることからも明らかではあります。
 そもそも、僕は「恋愛もの」とか「私はこんなにすごいアピール」とかが好きじゃない、というか嫌いだ。恋愛映画とか、時間の無駄だとしか思えない。有村架純さんの際どいシーンが!と言われても、『ナラタージュ』に食指が動かないくらい苦手なのだ。


 率直なところ、「何者かになりたい人たちを煽り、その気にさせてお金を巻き上げる性根の卑しさ」に辟易しているのですが、あらためて考えてみると、引っかかるほうも引っかかるほうだし、仮想通貨を今さら買って地獄に落とされるよりは、セミナーとかで「世の中には、こういう『なろうビジネス』みたいなものがあるのだ」ということを若いうちに知っておくのも悪くないのかな、とも思っているのです。
 個人的には、はあちゅうさんみたいになりたい、というのは、よくわからないとしか言いようがないのだけれど、人というのは、「なんだかわからないけれど、とにかく自信満々なもの」に惹かれるのかもしれない。


 冒頭に挙げたブログのエントリも、なんか引っかかるんだよね。
 「もし自分が彼女のファンだったら」って、嫌いな人のファンの心理を代弁するのは、佐々木俊尚さんが言うところの「マイノリティ憑依」みたいなものではなかろうか。
 ファンだったのに失望した、というのは理解できるのだけれど、もともと嫌いなのに「ファンだったら失望するのではないか」と主張するのは、「想像力が豊かすぎる」というか「嫌いなものを批判するのに、その人のファンを隠れ蓑にするのは下策」だ。


※「マイノリティ憑依」については、以下のエントリを参照してください。
fujipon.hatenadiary.com



 僕ははあちゅうさんの創作物に全く興味がわかない、と言ったけれど、彼女が本当に「クリエイト」しているものは、どこにでもある恋愛エッセイではなくて、「私は綺麗事で生きていくつもりはない。お金が欲しい。世の中は金だ、力だ、と言い切る価値観」だと思うのです。
 そういう価値観というのは、これまでずっと、日本では「卑しい」「ゲスなもの」だとされてきたし、内心にあっても、公言するのは憚られてきたものです。
「ああ、そういう『本音』を言ってもいいんだ。われわれの本音を代弁してくれる、はあちゅう万歳!」
 そういう価値観を隠さずに前面に押し出すことこそが、彼女のセルフプランディングであって、彼女のファンだという人は、その「厚かましい、という批判に負けない姿」を支持しています。
 そうか、今の世の中、そういうことを堂々と主張するくらいで、ちょうどいいんだ、って。
(本当は、別の魅力がいろいろあるのかもしれませんが、僕にはこれしか思いつかないので、ファンの人にはごめんなさい、と謝っておきます(保身))


 「金を出さない人はファンじゃない」という言葉は、彼女のファンあるいは、ファン予備軍を傷つけない。
 なぜなら、そういうきわめて拝金主義的で、現代的な価値観に対して「そうだそうだ!」「そういう『本音』を堂々と言えるはあちゅう、さすが!」という人が、彼女のファンであり、その予備軍だから。
 なんのかんの言っても、2018年の日本では、まだまだ「世の中、金だ!」と公の場で言うと、風当たりが強い。
 僕としては、なんでも「お金や影響力」でメリット・デメリットを換算してしまう世界というのは、それが自分より上位の人に、簡単にマウンティングされて、操られてしまう世界につながってしまうような気がして怖いのですが。
 はあちゅうさんは、その怖さを知っているはずの人なのに。
 

 以前にも何度か紹介したことがある、この文章を読んでみていただきたい。
「ネットで、なぜわざわざ『炎上』するようなことを書く人がいるのだろうか?」という問いに対して、『戦略がすべて』(瀧本哲史著・新潮新書)という本のなかで、著者はこんなふうに答えておられます。

 ところが、実は有料課金型でも、「炎上」型コンテンツは有効である。
 たとえば個人が用意する有料コンテンツ、たとえば会員制ブログは、その質・量に比べて料金が割高であることが少なくない。実際、ネット上でもっと質の高いコンテンツを無料で見つけることは可能だし、既存メディア系の有料コンテンツなら質・量はずっと上だ。
 そんな個人の有料コンテンツを買う人間というのは、極めて少数の「信者」に近い読者だ。彼らは「炎上」するような過激なコンテンツをむしろ好ましいと考える。このような「特殊」な読者のコミットメントによって有料コンテンツは支えられている。
 電話での振り込め詐欺やネットの詐欺メールなどでは、話があまりにも不自然だったり、文章が少しおかしかったりすることが多い。しかし、こうした犯罪に詳しい人によると、実は普通の人が騙されないような文章を送ることは、「騙されやすい普通じゃない人」を抽出するための手段だという。もし、詐欺の途中でこれはおかしいと気付かれ、警察に届けられたりすると、詐欺師としては不都合だ。むしろ、最後まで騙し続けられる「カモ」を探すには、最初の段階で明らかにおかしいものを提示し、それでもおかしいと思わない人を選び出す必要がある。
 これと同じように、競合優位性がないコンテンツにお金を払う人を見つけるためには、最初の段階で明らかに「炎上」するようなコンテンツを提供し、それを批判するのではなくむしろ呼応するような読者だけを、効率的に探し出す必要がある。
 そして、そのような読者にとっては、多くの人の批判されても自分の意見を曲げない筆者はある種「殉教者」であるから、逆に信仰の対象となるのだ。かくして、「炎上」を好む読者は、有料課金型のコンテンツビジネスにとって、良い潜在顧客になるのである。


 はあちゅうさんやイケダハヤトさんって、異端者のようにみえるけれど、この「有料型コンテンツビジネス」の標準的なやりかたを踏襲・実践しているだけなんですよ。
 だから、それに巻き込まれる人を減らそうと思うのであれば、ブックマークしたり、こんなふうに言及したりして拡散することそのものが、相手の思う壷なわけです。
 ……とか言いながら、僕もこうして言及しているわけですが。
 嫌われがちな人をバッシングすると、注目されたり、ホットエントリに上がったりしやすいですしね。
 「俺は絶対に騙されないぞ!」
 うん、あなたはきっと、騙されない(ただし、「自分は絶対に騙されない」と確信している人は、案外騙されやすいことも知っておいたほうがいい)。
 でも、そうやって批判する記事を読んだ人のなかには、「あれ、はあちゅうさんって、案外正しいことを言っているんじゃない?」って思う人も出てくるのです。
 いやほんと、こういう「間違っていると決めつけられるほどおかしなものではないのに、多くの人にバッシングされている内容」であれば、なおさら、「バッシングされていることそのものに同情したり、共感したりする人」も、出てくるんですよ。
 極端な例なのだけれど、大量殺人をおかした死刑囚に、面識もないのに好意を抱き、獄中結婚する人だっているんだから。


 この件については、はあちゅうさんの主張は、そんなにおかしな話ではありません。
 「仕事に対して、対価を払ってほしい」とアピールすると、僕がこれまでみてきたインターネットでは、「それが当然!」だと多くの人が共感していたのだから。
 同じようなことでも、「嫌われているひと」が言うと、ここまでバッシングされるものなのか、と意外でもありました。
 

 ただ、こうして、「嫌われる才能でお金を稼げる時代になった」というのは、ある意味、ものすごいことだよなあ、とは思うんですよね。
 もしかしたら、これこそが、「インターネットの時代の新たな才能」なのかもしれません。
 「この才能をもっと伸ばしてほしい、応援したい!」とは、僕には思えないけれど。


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戦略がすべて (新潮新書)

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