いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

芸人を辞めた友人の「辛い瞬間」の話

こんなブログだって、書いていれば、ちょっとめんどうなこともあるし、やめてしまおうかな、と考えることだってあります。
そんなとき、僕は、オードリーの若林さんが書いていた、この話を思いだすのです。


(『社会人大学人見知り学部 卒業見込』 (若林正恭著/ダ・ヴィンチブックス) より)

 芸歴12年ともなると、お笑いの世界から足を洗った仲間をたくさん見てきた。
 このあいだ大阪に行った時に、5年前に芸人を辞めた友人に会い、居酒屋で二人で飲んだ。
 友人は保険会社に勤めていて、結婚もして子どもも生まれて風貌はすっかり立派な社会人パパになっていた。話は芸人を辞めてからの辛い瞬間の話になった。
 その男曰く、通勤中の電車に揺られて中吊り広告なんかをぼーっと眺めていると、ふとした瞬間に漫才やコントのネタが思いついてしまうことがあるらしいのだ。
 そうなると、頭の中でネタの構成は進んで行き、よし! これならウケるぞ! と思った時には相方もいなければライブにも出られないという現実が待っている。そういう時は家に帰ってからもそわそわするようで、嫁の目を盗んで誰もいない部屋でボケとツッコミの一人二役になって先ほど閃いたネタを試しにやってみてしまうらしい。そして、背中に強い視線を感じて振り返ると5センチ程の隙間から嫁が覗いていて、目が合うと「あんた、まさか芸人に戻るなんて言わないわよね」とドスのきいた声で問われるらしいのだ。


 世の中には「絶対に夢をあきらめるな」と言う人がいれば、「夢を追うのもいいけれど、自分の限界を感じたら、どこかで「見切り」をつけることも大切だ」と言う人もいます。
 これはどちらが正しいとか、そういうものじゃないというか、諦めずに成功すれば「諦めないでよかった」し、「挑戦しつづけること」そのものに生きがいを感じる場合もあるでしょう、逆に「諦めて、他の道に進んだことが、結果的には自分の才能を活かすのに役立った」という可能性だってある。


 この話を読んでいて思うのは、「諦める」っていうのは、そんなに簡単なことじゃないというか、心底それがイヤになって止めたのでなければ、「こだわり」みたいなものを消すのは難しい、ということなのです。
 僕は「全く活躍しなかったプロ野球選手」が、それでも、野球の世界にしがみつこうとしているのって、なんだかとても往生際が悪いことなのではないかと思っていました。若い頃は、ね。


 僕もこの年齢になってみると、彼らには「それでも、自分が得意なのは野球なのだ」という思いと、「それでも、どこか野球の世界に自分の場所があるのではないか」という期待があるのだということが、わかってきました。
 それは、正しいとか間違っているとかいうのではなく、「そういうもの」なのだな」と。
 この元芸人さんだって、「芸人に戻りたい」と積極的に考えているわけじゃないと思うんですよ。
 でも、そういう「夢の残滓」みたいなものって、無かった事には、なかなかできない。
 こういうのって、たぶん、ものすごく苦しいんじゃないかな、って。
 もしかしたら、少しだけ「夢を持てた自分」みたいなものの甘美さもあるのかもしれないけれど。


 ブログを書くことなんて、元芸人が復帰するよりは、よっぽど簡単じゃないですか。
 僕も何度かやめようとしたことがあるのですが、そのたびに「書きたいこと」が頭に浮かんできて、身悶えしてしまいました。
 それで、結局、やめることができなかった。
 ブログは、復活するハードルが低いだけに、なかなか、やめることを徹底できない。


 人間どうせ寿命は限られているのだから、「書きたいのにガマンする」くらいなら、書けるうちに、書きたいことを書いてしまったほうが良いのではないか、と最近は思っています。
 何を書いてもいい、というわけには、いかないのだとしても。
 やめたくなったら、やめればいい。
 でも、戻ってくることが簡単にできる場所なのだから、やめようとしたことに、こだわりすぎる必要もないと思う。
 



 なんか僕の死亡フラグが立ちそうな文章だな。