いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

君たちはどうdisるか


maidonanews.jp


こんなネットニュースが話題になっていました。
日頃、高齢者と接することが多い僕は、これを読んで、「ああ、この高齢者は認知症なのかもしれないな」と思ったのです。
認知症にもさまざまなタイプ、状態、症状があって、ずっとベッドに横になっていて、全面介助を要し、コミュニケーション困難、というのはかなり進行しているものなんですよね。

初期症状では「ちょっと物忘れがひどくなる」くらいのこともあるし、身体はしっかり動くし、その場での受け答えはちゃんとしていて、「ああ、この年齢でも認知機能は維持されているんだな」と思いきや、数分前に自分で言ったことを忘れていたり、家では火の不始末を繰り返していたり、通販でありえないくらいの爆買いをして、それをすっかり忘れていたりするのです。
世の中というのは怖いもので、そういう「一見しっかりしていそうにみえる高齢者」を利用して、保険とか金融商品の契約を取るような連中も少なくない。そこには「倫理よりも金利、みたいな社会の風潮、成長をひたすら追い求める職場からのプレッシャー」もある。

一般的に、人は高齢になってくると、自分のこれまでの人生経験に固執したり、感情のコントロールが難しくなったりしがちです。
この冒頭の高齢者が認知症なのか性格なのか、なんらかのポリシーがあってやったことなのかはわかりませんが、人生で新幹線に乗ったのがはじめて、というのは考え難いので(外国人観光客とかなら、ありえるかもしれませんが)、僕は「認知機能が低下している人なのかな」と想像しました。

しかし、人間っていうのは、ときどきイヤになりますよね。
そういう認知機能低下に伴って、他人に絡んでくる人っていうのも、反社っぽい怖そうな若者とかオッサンにではなく、女性や子どもや大人しそうな人に向かってくることが多い。それこそが「本能」なのか。

僕自身も職場で、理不尽な言いがかりや暴力、看護師さんたちに対してハラスメントをしようとする「認知症の高齢者」に接しているわけですが、給料をもらっているから、病気だからと自分に言い聞かせてなんとかやりすごしている、というのが正直なところで、内心マグマが煮えたぎっていることもよくあります。
そもそも、相手が認知症であったとしても、殴られたら痛いし、そんな人が運転している車にはねられたら死にます。セクハラされたら心は深く傷つく。
しかし、おそらくやっている本人には「それをやらないという選択肢」が失われている。


冒頭の件に関しては、「席を譲れ」と詰め寄ってきた高齢者に「怒り」や「憤り」ではなく「ただただ困惑」したと書いてあって、被害者としては、「なんなんだこの人……でも高齢者だし、なんか普通じゃないし……」という感じだったのではなかろうか。

相手が悪意を持ってやってきたのが明白な若者とかだったら、強く拒絶したり、車掌さん、あるいは警察の介入を要請しやすいのだろうけど、「この人は何かの病気や障害を持っているのかもしれないな」と思うと、ケンカ腰にもなりにくい。

そもそも、こういう「解決しても、自分にとっては後味は悪いし、何のメリットもない、ただ、対応に失敗すればマイナスになるだけ」というアクシデントは「災難」でしかありません。
その高齢者が認知症であったとしても、理不尽な要求に従う必要はない。でも、そんなふうに絡まれて楽しい人なんていない。

いま50代前半の僕としては、この件については、「詰め寄られた人、詰め寄った高齢者、そしてその高齢者の家族」いずれにもなってしまう可能性が想像できるので、いたたまれない気持ちになりました。

ネットというのは過激な言葉が支持されやすい場所なので、「これぞ老害!」とか「お前のほうが社会で若者に席を譲れよ!」というような反応もけっこう見かけました。
そういうわかりやすいコメントをしたほうが、Twitter(X)では賛否両論が出て、インプレッションを集めて稼げるのかもしれないけどさ。そういうインプレッション集め、金稼ぎのためのクソ呟きの氾濫で、SNSはもう死にかけている。


高齢者が全部「老害」で、若者から搾取しているようなイメージを持っている人は多いけれど、この炎天下で駐車場整理や道路工事の警備員をやっている高齢者が、そんなに「幸せ」に見えるのか?

若者が起こした通り魔事件で「だから最近の若者は……」みたいなことを言われて、「n=1(大勢のなかの、ただひとつの事例)で、その集団全体を語るなよ」と思いませんか?


先日、この舞台を観てきたんですよ。
www.lmaga.jp

前半はなんかよくわからない不条理劇っぽいイメージ映像の連続で、松たか子さんと多部未華子さんが出ているのに、なんか地味で退屈な舞台だな、と思っていたのですが、後半はそこに「現実に起こった事件」がなだれ込んできて、圧倒されてしまいました。
それと同時に、「あの事件の話になるなんて、ズルい」とも思ったのですが。そんなのヘラヘラ観られるわけない。

観終えたあと、僕がずっと考えているのは(というより、いままでずっと考えてきたことでもあるのですが)、「その人、個人にとって正しいこと」と「公共の利益、みんなにとって正しいこと」は、しばしば衝突する、せずにはいられない、ということなのです。

たとえば、100人の味方が取り残されて、敵兵に囲まれている。このままでは全滅するだろう。でも、救出しようとすれば、1000人単位の兵が犠牲になる可能性が高い。どうするべきか?
「数」でいえば、「そんな救出作戦は、損だ」ということになるでしょう。シミュレーションゲームなら、多くのプレイヤーはそういう判断をする。
でも、現実の戦場では「いかなるときでも味方を見捨てない」というメッセージを発するために、救出作戦が行われることもある。
そして、もし、取り残された兵士のひとりが自分の家族や友人だったら、「犠牲を払っても、なんとか助けてほしい」と思う人は多いはず。
これはまだ「戦争だから」ということで、割り切れる面もあるかもしれません。

では、某国が行っていたような、民間人の拉致の場合はどうか。
家族が、「軍隊を派遣してでも助けてほしい」と思うのはおかしいのか、「みんなの迷惑を考えていない」のか。
逆に、そんな不幸に見舞われなかった多数派が「みんなのためにあなたたちはガマンしてくれ」と言えるのか。
正直、こういうのって、当事者じゃない人間には想像しようがないところがあるし、ヘタに想像しようとして世界中の不幸を全部自分のことにしてしまうのは、あまりにも生きづらい。

僕は一瞬だけ「何もできなくてごめんなさい」と思って、そそくさと日常に戻ってしまう。
自分の身に同じような不幸が起こらないことを祈りつつ。
「実際は何もしないのはひどい」のか「考えてみるだけマシ」なのか、僕にはずっとわからない。

冒頭の高齢者に詰め寄られた若者は、不運だし、不快だったと思う。
この人は何も悪くない。ただ、快適な旅をしたかっただけなのに。
とはいえ、そんな理不尽な不幸は、一定の確率で起こるというのもまた事実。

この「席を譲れ爺さん」みたいな事例では、訴えるとかのコストのほうが高くなるし、運が悪かったと諦めて忘れてしまう。
こういうのって、やられたほうは忘れないから、僕もこういう文章を書いているわけですが。
世の中なんて、ままならないことばかりです。
うまくやろうとしてもできなかったり、裏目に出てしまったり。

こういう「ニュース」を見て、「老害」とか「だから高齢者は……」とネットにコメントしてしまう前に、少しだけ、考えてみてほしいのです。
自分の親や、自分自身だって、こうなる可能性はあるな、ということを。
迷惑な爺さんであっても、一発レッドカードで閉鎖病棟に入れられてしまうほどの「悪」なのか。
世の中で起こる出来事には、たいがい、それなりの理由や経緯があるのです。それが理解可能かどうかはともかく。


これを書きながら思ったのですが、今の世の中は、「こういう話をネタにして視聴数やPV(ページビュー)を稼げる」という、「偶然外れクジを引いた人々」への救済措置が存在している、とも言えるんですよね。
そして、「ネットいじめ」のリスクとともに、「ネットで晒されるかもしれない恐怖」が、人々の蛮行を抑制し、社会の安全性を高めている面もある。
この、いかにも高齢者ヘイトを集めてPVを稼ぎにきたようなニュースにも、「認知症なのではないか」というコメントもたくさんついています。
この20年くらい、とくに「トランプ以降」は、全体的なネットリテラシーって、向上してきているし、「ネットには真実が書いてある」と盲信する人も減ってきていると僕は感じています。

インターネットのおかげで、僕の人生には、あまりにもたくさんの他人の人生が入り込んできて、何が正しいのか、正しいことなんてあるのか、よくわからなくなりました。感動したエピソードが昔からあるネタのコピペだった、という経験がある人も多いのではないでしょうか。
あんまり他人の人生や感情を摂取しすぎると、身体に悪い。
「まあ、しょうがないな」で済ませて忘れてしまったほうがラクなことのほうが、圧倒的多数。

インターネットに書かれている、正しすぎること、綺麗すぎること、幸せすぎること、あれはみんな嘘か宣伝だ。
人が誰かを手放しで称賛しているとき、世界はその人を「騙されやすい人」だと思っている。
人が誰かを悪しざまに罵っているとき、世界はその人を「正しい人」ではなく、「悪態をつくしか能がない人」として見ている。


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