いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

自衛隊の『バグダッド日誌』に便乗して、面白かった「日記本」を10冊紹介します。


www.itmedia.co.jp


自衛隊の『バグダッド日誌』がすごく面白い!と話題になっています。
僕も断片的にですが読んでみました。
うん、これはたしかに、面白い。
こういう「みんなに読まれるつもりではなく、仲間内でニヤリとできるようなことを、リラックスして書いた日記」というのは、けっこう貴重ですよね。
ネットでも日記というのは主要コンテンツのひとつで、とくに2000年くらいまでは、他者に読まれることを前提とした「ブログ」よりも、自分の内面を掘り下げて、読者の視線を感じていない(ようにふるまう)「日記」のほうが目立っていた記憶があります。
ネットが一般化したことによって、そういう「誰かに読んでほしいけれど、知り合いに読まれると、ちょっと困る」ような日記って、あまり見なくなってきましたよね。


僕は自分でもけっこう長い間ネットに日記を書いていて(最近は、あまり日記らしくなくなってしまいましたが)、作家や芸能人が「日記を本にしたもの」を読むのも大好きです。
ネットで発信するようになったのも、日記からですし。


ということで、今回は、僕が読んできた「日記本」を10冊御紹介します。
いちおう、この項では、日記の定義として、「日付が冒頭に書かれていること」「基本的にノンフィクションであること」とさせていただきました。
未来日記』とか『漫玉日記』のようなものまで含めてしまうと、際限なく多くなってしまうので。『ユリアンのイゼルローン日記』とか、大好きなんですけどね。個人的には、『銀英伝』シリーズのなかでいちばん好きなくらいなんですが。


(1)腹立半分日記

腹立半分日記 (文春文庫)

腹立半分日記 (文春文庫)


 僕が日記にハマるきっかけになった本。筒井康隆さんが日々の生活ぶりや会った人、食べたものなどを素っ気ないくらい簡潔に書いているのです。ああ、筒井さんくらいになると、日常的に有名人に会ったり、ごちそうを食べたりしているんだなあ、と思いながら読みました。
 あと、これを読んで、「蛙の足を美味しいと言って食べる息子さん」に当時の僕は驚いたのを今でも覚えています。結局、僕は一度も食べたことないなあ。


(2)オーケンののほほん日記

オーケンののほほん日記 (新潮文庫)

オーケンののほほん日記 (新潮文庫)


 「のほほん」とタイトルには書いてあるのですが、実際は鬱になってしまった大槻さんの闘病記なんですよね(躁状態のときもあり)。パチンコやオカルトにハマり、迷走しつつも、なんとか生きていく様子は、読んでいてなんというか、ダウナーなリラックスタイムをもたらしてくれます。
 自分で書いていて何ですが、「ダウナーなリラックスタイム」ってどういう意味なんだろう?大麻的な感じ?僕はやったことないですが。


(3)ウィザードリィ日記
fujipon.hatenablog.com


 あの頃のワープロソフトの使いづらさや、マニュアルのわかりにくさについて、ひたすら矢野さんが苦言を呈していたり、途中で『ウィザードリィ』のキャラクターが、女性たちと「とっかえひっかえ仲良くする」場面が延々と描かれていたり。
 そういえば、30年前の僕は、矢野さんがあまりにもこういう性的な場面ばかり書いていたので、「何なんだこのスケベじじい(すみません、当時は本当にこう思ってました……)、『ウィザードリィ』を汚すな!」とか、読みながらけっこう憤っていたんですよね。
 あと、「有名人は、こんなにあっさり高いマイコンを買えたり、ゲームソフトを貰えたりして羨ましいよなあ」とか。



(4)八本脚の蝶
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この本を担当したポプラ社の編集者が「社内では『この本を読んだ人が影響され。死を美化して自殺してしまうのではないか?』という単行本化への反対意見が出た」と語っておられます。
その編集者は「この本はむしろ、生きづらさを抱えている人に、『生きていればこんな素晴らしい出会いや楽しい経験がある』ことを伝えられるから」と反論したそうです。

「物語」を愛してやまなかった人が、あなたに読まれる物語になった。


これを読んで興味を持ったかたがいらっしゃったら、ぜひ、書店で少しだけでもページをめくってみてください。
世の中の多数派ではないだろうけれど、この本を必要としている人は、きっと今でも、あちらこちらにいるはずだから。


WEB日記の『八本脚の蝶』は、心ある人たちのおかげで、今でも読むことができます。
二階堂奥歯 八本脚の蝶


ただ、「引力」が強いので、精神的に弱っているときには、読まないほうがいいと思います。



(5)通訳日記 ザックジャパン1397日の記録
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 ザッケローニ監督時代の通訳だった矢野大輔さんが、在任中の監督の言動や選手との関係を記録していった『通訳日記』。
 これを読んでいると、代表監督というのは、こんなにひとりひとりの選手をきちんと見ていなければならないものなのか、と驚かされます。
 ザッケローニ監督の人柄の素晴らしさと日本への愛着、エネルギッシュな仕事ぶり。
 そして、選手たちとの信頼関係。
 この『監督日記』は、「記録する」っていうのは、すごく大事なことなのだな、と、あらためて考えさせられる本でもあります。
 「ワールドカップで2敗1引き分けで、日本国民をがっかりさせたチーム」だと思っていた「ザックジャパン」への印象が、この本を読むと、大きく変わってくるのです。
 この本は、「そのなかで起こっていたこと」を語ることによって、「ザックジャパン」の歴史的な評価さえも、動かしてしまいました。


(6)パチプロ日記

パチプロ日記I

パチプロ日記I

田山幸憲パチプロ日記(1)

田山幸憲パチプロ日記(1)


 東大中退の伝説のパチプロ(パチンコで稼いで生活をしている人)故・田山幸憲さんが雑誌に連載していた日記をまとめたものです。
同じような毎日のなかでの小さな変化が淡々と記録されているのですが、その「同じような日常」を追体験するのが、すごく快感になってくるんですよね。そして、田山さんという人は、世の中の端っこにいることを自覚しながら、自分の美学みたいなもの貫いて生きている。ある種の諦めとともに。


matome.naver.jp



(7)一私小説書きの日乗
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西村さんの生活というのは、なんというか「こんな生活をしていて、よく小説のネタがあるなあ」なんて考えてしまうようなものなのです。
夜遅く(というか、明け方近く)までお酒を飲んでいて、昼くらいに起きて、いつものラジオ(『ビバリー昼ズ』)を聴き、小説やエッセイを書いたり、テレビやラジオに出る仕事があれば、それをこなし、夜になったら編集者たちと飲みに行き、寝る間際になって、「弁当2個+カップラーメン」みたいな、不健康極まりない生活を、同じように繰り返しておられるのです。
「それ、生活習慣病まっしぐらですよ……」と、言いたくなってしまいます。
さらに、担当の編集者たちともしょっちゅういざこざがあり、小さな絶交を繰り返していたりして。
お金のことが、びっくりするくらい赤裸々に書かれている日記でもあります。



(8)桜庭一樹読書日記
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 僕は基本的に他人の日記を読むのが好きで、「作家」という職業の人の日常に興味があるので、まさに「ツボにはまっている」本なんですよね、これ。僕と同世代の作家というのは、どんな本を読んでいるのかというのも非常に興味深いですし。ただ、最初のほうは、あまりに出てくる本が多いので、ちょっと頭がこんがらがってしまいそうになるんですけど。
 桜庭さんは、とにかくすごい量のミステリを日常的に読んでいて、その読書量には驚くばかりです。僕は自分のことを「本ばかり読んでいて、他のことはほとんど何もしなかった子供」だと記憶していたのだけれど、桜庭さんの読書っぷりを読んでいると、「負けた」というか、「作家っていうのは、こんなに本を読んでないとなれない職業なのか……」と呆然とするばかりです。



(9)壇蜜日記
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 壇蜜さんは、どんな日記を書くのか?
 どうも、「私生活」とか「日常」のイメージがわきにくい人ではありますよね。

 日もくれてから近所の住宅街を自転車で通り過ぎる。民家から出てきたマダムが若い女性と話していた。「羨ましいわ」とマダム。「お恥ずかしいです」と若い女性。この言葉を私が2人の会話が完全に聞こえなくなるまでの間、お互いに4ターンは続けていたと思う。何が羨ましくて何が恥ずかしいのかは全く聞き取れなかったが、このような会話はいかにも日本らしくて微笑ましい。「今週も袋とじなんですって? 羨ましい〜」「いやですわもう、お恥ずかしいです」……違うか。


 日記に書かれているのは、ほとんどが壇蜜さんの「身のまわりで起こった話」なのです。
 近所のスーパーやコンビニの話もよく出てきます。
 そして、壇蜜さんは「日常のちょっとした一瞬」を切り取るのが、すごく上手い。
 ちょっと自虐的にすら思われるユーモアが発揮されることもあれば、やり場のない憤りみたいなものが伝わってくる日もあります。



(10)小保方晴子日記
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 状況は極めてシリアスなのに、けっこうユーモアも交えて書かれていて、面白い人、面白い日記だなあ、というところも多々ありました。
 被害者意識にとらわれている日もあれば、自分の状況を客観的にみている日もある。

 どこまで本当のことが書かれているかどうかはわからないけれど、「ハマる」日記ではありました。



 こうして挙げてみたのですが、古典的なものまで含めると、僕が読んできたものはほんの一部でしかありません。
 日記本って、小説、あるいはエッセイよりも、あれこれ考え込まずに、流し読みをすることができるのが、僕にとってはありがたいのです。
 何か読みたいけれど、物語に入り込んでいる心の余裕はないなあ、というときには、日記がちょうどいい(もちろん、その日記の内容にもよるんですけどね。『八本脚の蝶』は、読む側にもそれなりの覚悟がいると思うし)。
 日記好きの皆様、おすすめの「日記本」を教えていただけると嬉しいです(よかったら、「WEB日記」も)。


fujipon.hatenadiary.jp

八本脚の蝶

八本脚の蝶

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