いまから5年前、2015年の8月15日に、こんなエントリを書きました。
あれから、5年。
最近は、入院している患者さんもほとんどが昭和以降の生まれになっていますし(僕が仕事を始めた時には、明治生まれの人がけっこういたのです)、太平洋戦争についても、当事者から直接話を聞く機会は少なくなりました。僕が子どもの頃は、8月15日には、太平洋戦争についての記憶を振り返る特番がゴールデンタイムに放送されていましたが、最近は、ほとんどみかけません。
とはいえ、太平洋戦争について、右翼とか左翼というような「戦争後のイデオロギー」に縛られない、当時の史料やデータに基づいた分析が、この時代になってけっこう見られるようになったようにも思うのです。
「戦争は悪い。してはいけない」
もちろん僕もそう思います。あの戦争から75年間も日本に直接戦闘で亡くなった「戦死者」が出なかったのは、戦後の「反戦教育」の影響も大きかったはずです。
しかしながら、僕が生きている間くらいはなんとかなるとしても、僕の子どもたちの世代まで、日本にとって、こんな幸運な時代が続くのだろうか、という気もするのです。
その一方で、これだけグローバル化が進んで、繋がり合っている世界では、局所的な民族紛争はあるとしても、大国同士が多くの死者を出すような「世界大戦」が起こりうるのだろうか、という疑問もあるんですよ。
もしかしたら、次の大きな戦争は、あまりにも広がり過ぎた格差に対する革命みたいなものか、世界を支配するGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に対する個人のゲリラ戦みたいなものになるのかもしれません。
まあ、そんな妄想はさておき、2015年8月15日以降、この5年間に僕が読んだ「太平洋戦争(あるいは「戦争」というものについて)」の本のなかで、印象に残ったものをご紹介してみたいと思います。
(1)九州大学生体解剖事件――70年目の真実
fujipon.hatenadiary.com
この本を読みながら、「僕がその場にいたら、どうしていただろうか?」と考えずにはいられませんでした。
少なくとも、今の僕であれば、積極的に人体実験を推進することはないと思う。
でも、教授に「手伝え」と言われたら、「嫌です」と言えるだろうか?
「こんなことはやめましょう」と諌言できるだろうか?
職場を負われるリスクや、軍部に睨まれる可能性もある。
当時は「日本の連合艦隊には飛行機がない」という「事実」を発言しただけで、3年の懲役を食らった例もあったそうです。
しかも、「この敵兵の犠牲で、より大勢の人の命、それも同胞の命が救われるのだ」という、「解釈」があれば……
(2)戦争画とニッポン
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プロパガンダ的な、偏見に満ちあふれた作品ばかりなのかと思いきや、そこにあったのは、「表現の幅を狭められているなかでも、『自分の絵』を描こうとした人々の姿」でした。
とはいえ、「軍部に協力した」のは紛れもない事実ではありますし、「芸術無罪」とも言えない。
「戦争とアート」「芸術家のカルマ」について、また、「処世の難しさ」みたいなものに関しても、あらためて考えさせられる本ではありますね。
(3)生きて帰ってきた男-ある日本兵の戦争と戦後
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多くの一般人は「支持したという自覚も、反対したという自覚もない」まま、あの戦争は続けられていたのです。
国民の多くが「そんな感じ」でも、いつのまにか、赤紙一枚で戦地に送られるのが「普通」になってしまう。
僕はこれを読んで、当時の人々が殊更に騙されやすかった、というわけではなく、「なんとなく」大きな渦に巻き込まれてしまっていたのだな、と感じました。
そして、同じことが、これから近い将来の自分たちに起こっても、おかしくはない。
インターネットのSNSなどで、「リテラシー」は上がっている、と思いたいけれど、情報操作をする側も、「あからさまな情報の隠蔽」とは違ったやりかたで、人々の感情を動かす技術を身につけているんですよね。
(4)ヒトラーとナチ・ドイツ
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ヒトラーが権力を握り、ホロコーストが起こってしまった、偶然と必然。
読んでいると、「なんとなく、いまの日本の状況と似ている」と感じるところも少なくありません。
「最悪の時代」の前にあるのは、「ちょっと悪い時代」とは限らない。
「けっこう良い時代」のつもりが、どん底に突き落とされることもある。
「ナチ党は絶対悪」と思考停止してしまうのではなく、なぜあのようなことが起こったのか、という「歴史的事実」をたどることによって、学べることも多々あるはずです。
(5)大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争
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大本営発表のなかで、「転進」「玉砕」が最初に使われたのは、1943年2月。
実際に使われたのは、「一年にも満たなかった」のです。
それでも「玉砕」という言葉は、ずっと日本人の記憶の中に残されています。
当時の国民も、この時期から「大本営発表」に疑いを持つ人が増えたそうです。
これ以降、晩期になると、いくら勝っていると発表したところで、自分たちが暮らしている街が間断なく空襲されているのですから、それはもう、「勝っている」と思えるわけがないですよね。
(6)戦争にチャンスを与えよ
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ルトワックさんは、こう仰っています。
太平洋戦争で、日本が完膚なきまでに叩きのめされずに停戦になっていたら、いまの日本は別の国になっていたかもしれない。
中途半端な状態で停戦となっている実例が朝鮮半島で、結果的に、「戦争が凍結された状態」が続き、平和が訪れていないではないか、と。
坂口安吾ではないですが、「堕ちるところまで堕ちきらないと、人や社会は変わらない」というのは、わかるような気がするのです。
なんというか、とても苦い話だと思うんですよ。
でも、僕はこの考え方を全否定する勇気がありません。
それは、自分が戦争に直接参加する、ということにリアリティを感じていないから、なのかもしれないけれど。
(7)綾瀬はるか 「戦争」を聞く II
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観る側は、語ってくれている人たちを「戦争体験者」という先入観だけでみてしまうのですが、本人にとっては、戦争が終わったあとも、取材を受けるまでの長い人生があって、つらい記憶とともに、生きていたからこそ味わえた、楽しかったこと、嬉しかったことも、きっとあるはず。
そして、戦争で亡くなった人たちは、そういう「豊かな人生」を過ごす機会を奪われてしまった。
それこそが、戦争の罪なのではないか。
われわれが話を聞くことができるのは、戦争で生き残った人だけで、犠牲になった人たちの声を聞くことはできないのです。
(8)特攻―戦争と日本人
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「特攻」に関しては、最初にある程度、戦果をあげてしまったのが不運だった、というのと、戦局が悪化すればするほど、とりあえず戦い続けるためには、それしか方法が残らなくなってしまった、という面がありそうです。
戦友が特攻で命を落としてしまうと、自分だけ「嫌だ」とは言いがたいだろうし。
彼らに特攻を命じた指揮官たちも、終戦とともに自決した人がいる一方で、「これからは新しい日本のために尽くす」と言い放ち、戦後長く生き延びた人もいます。
「国のため、故郷や家族のために、自ら命を捨てる若者たち」という情に流されすぎずに、あえて、「太平洋戦争のなかの、ひとつの『戦法』としての『特攻』」を資料にあたって記した好著だと思います。
(9)戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗
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この本のなかでは、一次史料から検証した「アメリカは日本の真珠湾攻撃を知っていて、参戦するためにあえて攻撃させた」という俗説の嘘や、開戦前に日米が真剣に和解交渉していたことについても紹介されています。
ヨーロッパの情勢をずっと睨んでいたアメリカもまだ準備不足で、少なくとも、あの時期に日本と開戦したくはなかったのです。
歴史に「必然」というのは無いのだ、ということを、あらためて考えさせられる好著だと思います。
けっこう厚い本なのですが、高校生に講義したものがもとになっているので、読みやすく、わかりやすいですよ。
(10)日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実
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大正デモクラシーの影響もあり、満州事変の前くらいまでは、日本軍も兵士が上官に対して一定の異議申し立てができるようになっていたそうです。
そんな時代もあったのに、日中戦争から、太平洋戦争、そして、戦局が悪化するにつれて、「皇軍では上官の命令が絶対」となり、古参兵による理不尽な新兵イジメも常態化していきました。
太平洋戦争の時期の日本軍のありようは、今の僕からすれば、「あまりにも理不尽」なのですが、もしかしたら、昭和のはじめの頃の日本人にとっても「まさかこんなことになるとは……」というものだったのかもしれないな、と思うのです。
逆に言えば、近い将来に、同じようなことが起こらないとはかぎらない。
今だからこそ、ドラマからこぼれ落ち、忘れられようとしている、「本当の戦争の話」を読んでみてほしい。
(11)広島第二県女二年西組―原爆で死んだ級友たち
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著者は、二年西組の同級生たちがあの日、どのように瓦礫と炎に包まれた広島の町をさまよい、命を落としていったかを描いています。
こんなつらくて悲しいことを、著者は取材で集めた事実を積み重ねながら、淡々と描いているように感じたのです。
ひとりひとりの死について、もっと悲劇的に描こうとすれば、いくらでもできたはず。
しかしながら、著者は、「彼女たちと、彼女たちを見届けた人たちが見たこと」をひたすら描き、「お涙頂戴」的な文章を極力排しています。
その死の様子とともに、著者は、同級生からみて、「あの日までの彼女は、どんな同級生だったのか」を活き活きと描写しているのです。
彼女たちは「被爆者」であるのだけれども、そんな言葉で十把一絡げにされてはならない、「ひとりの若い、それぞれ個性的な女の子」だった。
そんなひとりの人間を、有無を言わさずに「被爆者」にしてしまうのが、戦争であり、原爆だった、とも言えるのでしょう。
(12)独ソ戦 絶滅戦争の惨禍
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戦争責任をヒトラーに集中させることで、戦後のドイツはなんとか平常心を保とうとした面はあるとしても、ドイツの国民がナチスの政策から受けていた恩恵についても、著者は言及しているのです。
ドイツでは、占領地から収奪した物資を本国に移送することにより、敗色濃厚になるまで、戦時下でも人々は比較的豊かな生活をしていたのです。
おそらく、「共犯者」なんて意識はなかったとは思いますが、この戦争に負けてしまえばいままで得てきたものが失われる、あるいは、奪ってきた相手から復讐される、という恐怖感はあったのではないでしょうか。
この新書を読むと、独ソ戦のかなり初期の頃から、ドイツ軍は個々の戦闘には勝利しても損害が激しく、ソ連に短期間で勝つのは難しい、あるいは勝てない、と悟った軍人も少なからずいたようです。
この激烈な消耗戦は、途中からは、どちらもフラフラになり、決定打を出す力もなくなっているのに、だからこそ決着がつかずにリングから降りられずにパンチを撃ち合っているボクサーの勝負のようになってしまいます。
それでも、ドイツには、というか、ナチスが権力を維持していくためには、「戦って、奪い続ける」しかなかったのです。
他にもご紹介したい本はあったのですが、あまりに多くなりすぎるので、今回も12冊としました(それでも多いよね。1冊読むだけでも、かなり辛い内容で打ちのめされる本ばかりだし)。
冒頭で、「あの戦争は忘れられつつあるのではないか」というようなことを書いたのですが、こうしてみると、第二次世界大戦(太平洋戦争)のことを書いた新しい本は、戦争が終わってから70年以上経っても上梓されつづけているし、人々は「あの戦争」について考え続けている、ということなのだと思います。
- 作者:ヴィクトール・E・フランクル
- 発売日: 2014/11/07
- メディア: Kindle版