いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「正義の味方」という言葉の由来について

anond.hatelabo.jp


この『はてな匿名ダイアリー』をみて、僕も以前、なぜ「正義」ではなくて、「正義の味方」なのだろうか?と、疑問になったことを思い出したのです。

実は「正義の味方」という表現は、ずっと昔からあったわけではなくて、太平洋戦争が終わってしばらく経った1958年に放送がはじまった『月光仮面』で使われ始めたのです。


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『クイック・ジャパン』創刊当初の名物企画から生まれたインタビュー集『篦棒(ベラボー)な人々』のなかで、『月光仮面』の原作者であり、「正義の味方」という表現をつくった川内康範さんが、こんな話をされています。

川内康範月光仮面月光菩薩に由来しているんだけど、月光菩薩は本来、脇仏なんだよね。脇役で人を助ける。月光仮面もけっして主役じゃない。裏方なんだな。だから「正義の味方」なんだよ。けっして正義そのものではない。この世に真の正義があるとすれば、それは神か仏だよな。月光仮面は神でも仏でもない、まさに人間なんだよ。


正義の「味方」という言葉に、こんなに深い洞察が込められていたとは、僕は考えたこともありませんでした。
人間は、どうあがいても「正義そのもの」にはなれない。
だから、せめて、「正義の側に立つ存在」でありたいと願っている。


川内さんには、テレビではじめて裏方さんたちの名前をテロップで流すようにしたというエピソードもあって、僕はこのインタビューを読みながら、「森進一さんが歌詞を変えて歌ったことにケチをつけるだけの偏屈じじいだとばかり思いこんでいてすみませんでした」と謝りたくなりました。


川内さんは、戦争中にどうにか生き延びたくて、病気が治らないフリを続けて除隊されたことを告白し、その罪滅ぼしの気持ちもあって、戦後は遺骨収集に個人として積極的に携わったことも率直に語っておられるんですよね。


川内さんは、人間が「正義」にはなれないと考えていたからこそ、あえて、まわりくどい「正義の味方」という言葉をつくったのです。
そこには、「お国のために死ぬことが正義」とされていた時代に、その正義に殉じた人たちについての苦い記憶も影響しているのでしょう。


「正義の味方」という言葉には、「人間という存在の限界」「絶対的な『正義』があるという思想への懐疑」が含まれているのです。
川内さんは、テレビ番組のヒーローであっても「正義そのもの」だと言うのをためらった。

実際は、なんとなく語呂というかリズムが心地よいので使われ続けているのかもしれませんが、「正義」の暴走しやすさというのは、太平洋戦争前も現在も、ネット内でもその外でも、あまり変わりはないようです。


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