いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「職業に貴賤なし」って他者に言えるのは、神様だけなのかもしれない。


anond.hatelabo.jp


いわゆる「釣り」なんでしょうけどねこれ。
暑い日や寒い日に重い荷物を運んでもらうと、仕事とはいえ申し訳ないな、という気分になりますよね。
最近はネットでも「宅配便のキツさ」が話題になることが多くて、正直「Amazonでたくさん買い物してすみません……」という若干の後ろめたさもあって、以前は「どうも〜」くらいだったのが、軽く背筋を伸ばして「おつかれさまです!」くらいになっているのも事実なんですけど。


fujipon.hatenablog.com


これって、ネットで繰り返し話題になっている「牛丼屋でごちそうさまって言いますか問題」と似ています。
サービスに対しては、客としてお金を払っているのだから、言葉は不要だろう。
それはまあ、そうなんだとは思います。
飲食店のレジで、「ごちそうさま」って言わなかったという理由で警察に捕まる人はいませんし。
冒頭のエントリも「『ありがとう』って言う必要ないんじゃない?」ということであれば、「まあ、言う言わないは自己満足の領域、というのはあるよね」で一件落着なのですが、「『ありがとう』とか言うのはキモい」となると、多くの人が不快になるわけです。
これは「炎上商法のコツ」の一例として頭に入れておくべきかもしれません。
別に炎上商法を推奨しているわけじゃないですけど。


冒頭のエントリがなんだかとても心に引っかかっているのは、最近、これを読んだからなんですよね。


koigaku.machicon.jp


タイトルだけみると、「お仕事の宣伝」だと思ってしまうのですが、このコラムには、けっこう辛辣なことが書いてあるのです。
ぜひ、読んでみていただきたい。

世の中には綺麗事では済まない、明確な上下と言うのが存在する。今回はそんなお話を少しさせて頂きたく思います。


さて、社会人の皆様にお伺いいたします。


一体何故、今の職場で仕事をされているのでしょうか?


「職業に貴賤(きせん)なし」だと、僕は思っているつもりだし、自分の子どもたちにも、そう教えています。
 でも、そう言っている僕自身の中に「少なくとも、医者というのはバカにされる仕事じゃないからな」という、安心感みたいなものが存在していることは、まぎれもない事実です。
 医療職って、いわゆる3K(きつい、きたない、きけん)なんですよ。
 汚物や血まみれになることもあるし、極力防護してはいるけれど、病気の感染のリスクだってある。
 とはいえ、「医者なんかやってるヤツには、うちの娘はやれん!」とか言われる可能性は低い仕事です。
 少なくとも、コンプレックスは抱かずにすむ。
 それは、さまざまなコンプレックスのかたまりみたいな僕にとっては、すごくありがたいことなのです。
 そういう「属性」のおかげで、こんなどうでもいいブログを読んでくれる人も割増しされているのです、たぶん。

 そんなことが理由で、医者なんかやってもらっちゃ困る、という向きもありましょうが、仕事や待遇が不満でやめる、という人の割合はそんなに多くはありません。
 仕事の内容そのものを、医療の世界のなかで調整することはあるとしても。

「その仕事に誇りを持って働いている人もいるんだよ」という言葉が、どれだけの人を苦しめるのか。


 正直、僕は「職業に貴賤無し、であってほしい」と自分自身に言い聞かせ、願うことしかできません。
 自分自身がなにがしかの「職業」に就いているかぎり、他者から「でもお前自身は○○なんだろ」と言われることからは逃れられない。
 そして、「自分自身で、自分の職業についての評価をしたことがない」という人は、たぶん存在しない。


 医者の世界の中でも、最先端の研究をして、みんなに尊敬される人もいれば、田舎で高齢者相手の茶飲み話をしながら、地域医療を支えている人もいる。
 自業自得とはいえ、大学で偉くなっている同級生に対して、僕もある種のコンプレックスを抱かずにはいられないところがある。
 もちろん、それは能力や努力や適性の差ではあるんだけれど、彼らに「お前は努力が足りなかったんだ」と言われたら、「今さらどうしろと?」だし、「みんな、おんなじ医者じゃないか」と肩を組まれたら、「おんなじ、じゃないよ……」と目を伏せるしかない。

 
 他人が気にならなければ、自分に自信を持てれば、もう少しラクに生きられるのだろうけど。
 とか僕が言っても「また中途半端なエリートさんの憂鬱ごっこかよ」って思われてしまう。


 なんらかの職業に就いている人が、「職業に貴賤なし」って言うのは、けっこう難しい。
ポジショントーク」だと見なされるから。
 だからといって、「貴賤はある」なんて、主張するのが正しいとも思えないけれど。
「立派な職業だから」という周囲や自分自身への期待値の高さが、その人を追い込み、結果的に「殺す」こともある。


「職業に貴賤なし」って、誰かに向かって堂々といえるのは、神様(あるいは、そういう絶対的な存在)だけなのかもしれません。
「男女論」とかも、そういう「ポジショントークを超えられない」ところがあるような気がします。


fujipon.hatenablog.com
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