いつか電池がきれるまで

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「モンスターがお金を持っていること」への違和感に挑戦した『ラプラスの魔』

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どちらかというと、『ドラクエ』というよりは、PCエンジンの『スーパー桃太郎電鉄』以降の『桃鉄』のほうの影響力が強いのではないか、と思っているんですけどね。
貧乏神がクレジットカードでいきなり牧場とか買ってきたときのショックは、かなり大きいものがありました。
買っても、すぐ売られちゃうんだよね、何が「現金がないと困る」だ!


このエントリを読んで、「コンピュータRPGでのお金稼ぎ」について、コンピュータRPG黎明期(1980年代後半)には、さまざまな試みがなされていたことを思い出しました。
試みというか、「モンスターがお金を持っていることの矛盾」を、いかに合理的に説明してみせるか、という。
モンスターは光るものが好きで、ダンジョンで見つけたり、冒険者から奪ったりした金貨などを隠し持っているのだ、という説明もされていましたが、それはかなり強引な感じです。


今から考えると、ゲームとして面白ければ、どうでも良いんじゃないか、とも思うのですが、当時は、まだコンピュータRPGのシステムも試行錯誤の最中で、「空腹度」なども取り入れて、「ゲームのリアリティ」を追い求める開発者がいたのです。
空腹度に関しては、『ダンジョンマスター』や『トルネコの大冒険』シリーズなど、リアルタイム性を重視したRPGでは、効果を発揮することになります。


この「RPGで、いかにしてプレイヤーにお金を稼がせるか」を考えるとき、僕は『ラプラスの魔』というRPGを思い出します。
これは、ハミングバードソフトから1987年にPC8801SR以降版とPC9801版が出て、MSX2X68000にも移植されたホラーRPGです。のちに、システムやストーリーを改変し、スーパーファミコン版もリリースされました。
原作が安田均さん、音楽が小坂明子さん。


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注意:音が出ます!

ゲーム内容(Wikipediaより)
192X年のアメリカ東部にある片田舎であるニューカムの街。その街では「ウェザートップ館」という名の古めかしい屋敷で起こる幽霊騒動が話題となっていた。プレイヤーは噂を聞いて集まってきた様々なキャラクターによって編成された探索者を操り、幽霊屋敷に隠された謎に迫る。
最初に館に入った直後に入り口の鍵がかけられ、鍵の解除方法を見つけ出すまでは街に戻れなくなるなど、随所に謎解きが用意されており、単純に敵と戦っているだけではクリアできない作りとなっている。


このゲームでは、プレイヤーがお金を稼ぐ方法が、こんなふうになっていたのです。

戦闘中にモンスターの写真を撮影し、それを町で売ることで金を得るというシステムを採用している。


パーティのメンバーのなかの「ジャーナリスト」がモンスターの写真を撮影して換金する、つまり、ジャーナリストがパーティにいないと、お金が稼げないのです。
なるほどなあ、「モンスターがお金を落としていく」という矛盾を解決するために、こんなシステムを考えたのか、と当時はけっこう感心したものです。
この『ラプラスの魔』かなり難しくて、さらに、クトゥルー神話をモチーフにしていて、MPという精神力のような値が0になると「発狂」してしまうという設定になっていました。
ちなみに「SAN値」って、このゲームがルーツだと僕は誤解していたのですが、TRPGテーブルトークRPG)の『クトゥルフの呼び声』で使われていたもので、『ラプラスの魔』では「SAN値」ではなく「MP」なんですね。
僕は『D&D』(ダンジョンズ&ドラゴンズ)は実際にプレイしていたのですが、『クトゥルフの呼び声』や『トラベラー』は、雑誌『タクティクス』などで紹介されていたのを読んだ経験しかないんですよね。


この「SAN値」、今ではなぜかネットスラングとして、かなりよく使われるようになっています。
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しかし、お金を稼ぐ方法が「合理的」になったからといって(そもそも、こんなにたくさん写真があったら、価値が暴落するんじゃないか、と当時思っていた記憶があるんだけど)、ゲームとして面白くなるかどうかは、また別なんですよね。
ラプラスの魔』は、ものすごく雰囲気のあるゲームだったんだけど、かなり難しかったのと、当時のマイコンゲームがファミコンなどのコンシューマ機に押されて斜陽になってしまった影響もあったのか、「知る人ぞ知る」的な作品にとどまっています。


ゲームを作る側には「なぜかモンスターがお金を落とす」というのが気になる人はいるみたいで、1989年のファミコンの『MOTHER』では、直接モンスターがお金を落とすのではなくて、やっつけた敵に応じて、お父さんが銀行口座にお金を振り込んでくれる、というシステムになっていました。
糸井さんも「なんだか腑に落ちなかった」のか、それを『ドラクエ』との差別化のポイントにしようとしたのか。


こうして思い出してみると、1980年代の後半というのは、コンピュータRPGにとっては、黎明期であり、過渡期でもあったのです。
当時のゲームは、かなりムチャなものも多かったけれど、なんだかとても冒険的というか、「なんか新しいことをやってやろう!」という野心みたいなものに満ちあふれていました。
その多くは「ただめんどくさくなっただけ」ではあったのですが、なんだかとても面白い時代ではあったなあ、と懐かしくもなるのです。


ラプラスの魔

ラプラスの魔

fujipon.hatenablog.com
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