いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「距離を置いている」「とくに思い入れがない」からこそ、すごく面白い日本シリーズだった。

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 すごい日本シリーズだった。
 唯一残念な点があるとすれば、「もう1試合見たかった……」とは思う。

 正直、僕はカープファンだし、ヤクルト対オリックス日本シリーズというのは、どちらもファンでもアンチでもないチームで、あまり興味のないチームだったのだ。まあ、怪我人が出ない程度に面白い試合をしてくれ、こんな顔合わせの日本シリーズは滅多にないことだろうし。巨人・阪神ソフトバンクの迷走と世代交代期だったがために起こった珍事ではあるな、とかなんとか。

 開幕前は、山本由伸が投げる2試合はオリックスが勝つだろうから、これでもう2勝のアドバンテージ。短期決戦でこれはかなり有利なはず。ヤクルト打線はすごいけど、シーズンで2桁勝ったピッチャーもいないし、近年の日本シリーズはずっとパリーグが強いから、今年もオリックスが有利だろう、と予想していたのです。

 シリーズは、歴史に残る大接戦になりました。
 初戦で、その山本由伸が好投したものの、ヤクルトの奥川も素晴らしいピッチングで投手戦となり、9回までヤクルトが2点リードで最終回へ。山本由伸は絶対的エースで、「勝って当たり前」だとみんなが思っていただけに、ここで負けるとオリックスにとっては痛い、痛すぎる。
 ところが、9回裏にヤクルトの守護神・マクガフに一つのアウトも取らせずにオリックスが大逆転勝ち。

 もともとは「勝って当り前の試合」だったのが、予想外の苦戦によって、「大きな1勝」に変わってしまった。
 これは、ヤクルトが大きなチャンスを逸したなあ、と思ったのです。

 それにしても、6試合のうち、1点差ゲームが5試合。残り1試合も2-0の接戦。
 緊張感と選手たちのドラマに満ちた熱戦で、「野球って、面白いなあ」とワクワクしながら観戦していました。
 正直なところ、カープファンとしては、どちらが勝ってもいい、という気楽さもあった。
 だからこそ、純粋に、2チームが勝つために全力を尽くし、そこで起こるドラマを堪能することができた気がします。
「贔屓のチーム」が出ていると、どうしても、そのチームが勝った、負けたという結果で感情が揺さぶられ、「どんな手を使っても勝てばいい!」という『北斗の拳』のジャギのようなダークサイドに陥ってしまいがちなんですよね。
 僕の場合、好きなものへの思い入れが強くなりすぎる性質ですし。


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 ヤクルトの高津監督とオリックスの中嶋監督の采配にも見ごたえがありました。
 僕は、このシリーズをみながら、2016年に日本ハムとの日本シリーズで、マツダスタジアムで2連勝しながら4連敗して敗れたカープと緒方監督の采配を思い出していました。

 あの年、日本シリーズで、リリーフの要だったセットアッパーのジャクソン投手が打たれていたのに起用し続けた緒方監督の采配が批判されました。今年、ヤクルトの高津監督は、クローザーのマクガフが2試合打たれていたにもかかわらず、第6戦も変わらず起用し、マクガフはランナーを出しながらも回またぎの熱投で胴上げ投手になりました。

 今年の日本シリーズで個人的に意外だったのは、オリックスが王手をかけられた第5戦で、絶対的エース・山本由伸を先発させなかったことでした。第1戦も球数が多かったし、中4日の疲労を考慮したのかもしれませんが、負けたら終わりの試合でこの決断をした中嶋監督の腹の括り方に僕は唸らされました。
 第5戦に勝つ、ことを考えれば、山本由伸を選ぶべきだったのかもしれませんが、「日本シリーズに勝てる可能性」を考えれば、6戦、7戦にホームゲームで、しっかり休ませた山本由伸、宮城という2枚看板を残しているほうが有利という判断だったのではなかろうか。もし第5戦で負けていたら、中嶋監督は「なぜ負けたら終わりの試合でエースを起用しなかったのか?」と批判されることになったと思うのですが、監督は土俵際でも「日本シリーズに勝てる可能性が高いほう」に賭けたのです。山本由伸という球界の至宝の酷使を避ける、ことも考えたのでしょうけど。

 ヤクルトが、いま、いちばん信頼できるピッチャーである奥川投手を第6戦で先発させなかったのも意外でした。
 第2戦で素晴らしいピッチングをした高橋投手もいるのだし、中6日空いている。ここは奥川・高橋で6戦、7戦を迎えるのだろう、と思いきや、第6戦の先発は高梨投手でした。相手は山本由伸だぞ。考えようによっては、第6戦は勝ちにいかず、負けられない相手に強いカードを先に切らせて第7戦を有利な状況にする、ということだったのかもしれませんし、高津監督は、シーズン中も高卒2年目の奥川投手を間隔をあけて大事に起用してきたので、それを日本シリーズでも踏襲しただけの可能性もあります。とはいえ、そういう「普段通り」の姿勢を短期決戦で貫くのは難しいし、それが良い結果を生むとも限らない。

 2016年のカープは、2勝2敗の第5戦の札幌ドームで、エースのクリス・ジョンソンを中4日で起用し、負けてしまったんだよなあ。ジョンソンは中4日に比較的慣れているピッチャーだったし、勝ってマツダスタジアムに王手で戻ればかなり有利、ではあったのですが、結果は裏目に出て、マツダスタジアムに戻ってきても流れは変わらず、カープは4連敗で日本一の最大のチャンスを逃してしまいました。
 ジョンソンをしっかり休ませて、本拠地での2戦に賭けたら別の結果になったのではないか、あれは緒方監督の「焦り」ではなかったのか、と思っていたのです。

 今回、とくに思い入れがない2チームの試合と監督の采配をみて、僕は正直、わからなくなったんですよ。
 高津監督はこのシリーズ調子が悪かったマクガフを起用し続けて「日本一」になったし、山本由伸を温存してホームでの2試合に賭けた中嶋監督は、その山本由伸が投げた試合で敗れてしまった。山本由伸自身は、素晴らしいピッチングだったんですけどね。

 監督の采配、というのは批判にさらされやすいものなのですが、結局のところ、「勝てば名采配、負ければダメ監督」という結果論でしか語りようがないのかもしれません。プロセスが同じでも、結果が違えば評価は変わる。
 それでも、今回の両監督の采配は、どちらも文句がつけようがないと感じました。
 ただ、そう思えるのも、僕は両チームに格別の「思い入れ」がないから、ではありますよね。
 ファンは、とくに負けてしまったオリックスのファンは、「もう少しやりようがあったのではないか」と考えてしまうのではなかろうか。
 ヤクルトやオリックスは、「常勝チーム」ではありません。来年はどうなるかわからない。巨人や阪神ソフトバンクがかみあってきたら、かなわない可能性も高い。
 だからこそ、この、今年の日本シリーズで、千載一遇のチャンスをつかんで、日本一になりたい、という思いは、チームにもファンにも強かったはずです。
 だからこそ、このシリーズは歴史に残る熱戦になった。

 ヤクルトは打線はもちろん凄かったのですが、投手陣がこんなに日本シリーズで抑えるとは思っていませんでした。
「火ヤク庫」と他球団に揶揄されていたヤクルトのリリーフ陣、いつのまにこんなに充実していたのだろうか。
 オリックス打線にいまひとつ元気がなかった、というのはあるとしても。


 このヤクルト対オリックス日本シリーズ、本当に面白かった。野球というスポーツの魅力を堪能しました。
 そして、「応援していたり、嫌っていたり、という感情が薄いと、こんな野球の観かたができるのか」という発見もありました。どちらが勝ってもいいからこそ、監督の采配や選手の技術・駆け引きの妙に集中できる。結果で一喜一憂しなくても済む。
 僕にとっては、競馬もそうなんですよ。お金を賭けなければ、人気薄の逃げ馬が激走した大荒れレースも「こういう展開のアヤ、みたいなものもあるんだよなあ」と冷静にみられる。お金を賭けていると「そんな馬、出てたのかよ!ちゃんと逃げ馬をマークしろよ無能騎手ども!!」という反応になりがちなのですが。

 世の中には「距離を置いている」「とくに思い入れがない」からこそ、つき合いやすかったり、普段気づかない魅力を見つけたりできるコンテンツ、というのがあるのだと、今回の日本シリーズをみていて痛感しました。
 人間関係でもそうだよね。僕はいつも、自分にとって大事だと思っている人の前では、「この人に嫌われたくない」と緊張しすぎて、うまくいかなかったり、疲労困憊したりすることが多かった。まあ、仕事上だけでの付き合いだしな、というほうが、気楽で「うまくやれている感」があることが多いのです。それが正解かどうかも、よくわからないんだけれども。

 なんのかんの言っても、「応援したり、強く思い入れたりする対象」が無いと、それはそれで寂しいし、競馬も馬券を買わずに観続けるというのは、僕にとっては難しいと思います。

 でも、今年の日本シリーズは「少し距離を置いて眺める」ことによって見えてくるものがある、というのを僕に思い出させてくれました。
 面白い野球だったよね、本当に。


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