元のエントリがこちら。
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ちょっと話がズレてしまうかもしれませんが、この2つのエントリを読んで、僕は以前の職場の同僚のことを思い出したのです。
彼は優秀な医師で、救急医療を専門にしていました。
救急というのはものすごくキツイ仕事で、忙しい病院では(って、ただでさえ引く手あまたなのだから、忙しくもない病院に救急の専門家がいるわけないのだけれど)、ほとんど不眠不休で働かなけばならないことも多いのです。
ある程度人手があれば、オンオフをしっかりした働き方もできなくはないけれど、いつ心肺停止の人や多発外傷の人が搬送されてくるかわからない、という状況をずっと続けていくのは、とても大変なのです。
僕などは、もともと救急とか外科手術とかの、いざというときにすぐに身体が反応しなければいけない状況が苦手で、それを自覚してもいたので内科に進んだのですが、それでも、当番とか当直とかで、救急をやらなければならないことが定期的にあり、とてもつらい思いをしていました(今は幸いなことに、ほとんど救急をやることはなくなりましたが)。
彼は非常に優秀だったのですが、しばらくして、病院内で、彼の言動への反発がわきあがってきたのです。
救急のエキスパートなので、救急車が入ってくると、いろんな指示を当直や当番の医者や看護師、救急隊員などに出すのですが、とにかく言葉がきつくて荒い。
「早く点滴のルートとって!そんなこともできないのかバカ!」
「まだ検査の結果出ないの?ちゃんとやってる?」
「なんですぐに連れてこないの?助からなかったら責任とれるの?」
マシンガンのように繰り出される指示には、罵倒の言葉が含まれているのです。
ちょっと処置に手間取ったりすると、ひどい罵声を浴びせられます。「やめちまえ!」とか、「役立たず!」とか。
今の言葉でいえば「パワハラ」なんですけど、得難い救急のエキスパートであり、彼自身は本当になんでもできる人だったので、周りも「ものすごくつらくて、一緒に仕事をしたくないのだけれど、指示の内容は的確だし、自分ができていないのも確かだし、人の命にかかわることでもあるので、どうしたらいいのか……」という雰囲気になっていきました。
耐えかねて離職する人が出たり、救急で仕事をすることを拒否したりする人もいたりして、ぎくしゃくしている、という時点で僕はその職場を離れてしまったので、その後、どうなったかはわからないのですが……
ちなみに、その人は、ふだんは「温厚」とは言えないけれど、やや話しかけにくいけれど、普通に雑談や相談ができる人なんですよ。
救急患者が搬送されてくると、アドレナリンがドッと出てきて、「戦闘モード」に入ってしまうみたいでした。
こういうときに、罵声を浴びながら指示される側って、「自分は好きこのんで救急をやっているわけじゃないのに、なんであそこまでひどいことを言わなきゃいけないの?言っていることは正しいとしても、あんな言い方をしなくても良いのに」って思うわけですよ。
そういえば、外科にも、手術中は人が変わり、助手が少しでも手際が悪いと罵声を浴びせたり、出ていけ!とキレたりする先生がいたんですよね。
救急とか手術室のなかとか、「明らかに人の命がかかっている場面」というのは、少しでもミスがあったり、時間がかかったりすれば、人を死なせてしまうかもしれない。
ミスは絶対に許されないし、緊張感を持って仕事をすることが大事で、仕事を甘く見ていたり、ボーっとしているヤツに配慮している余裕はない。
あの罵声は「指導」であり、できないお前が悪いのだ。
……と言われたら、その現場が厳しいものであればあるほど、指示される側は、逆らいようがなくなってしまいます。
戦場で上官が部下に丁寧語でやさしく作戦を指示するシーンとか、見たことないですよね。
実際には、優しく語りかけたほうがうまくいきやすい、なんてこともあるのかもしれませんが、戦場で「厳しい言葉の部隊」と「優しい言葉の部隊」の比較対照実験を行う、なんてことができるはずもありません。
実感として、人の命がかかるような状況では、指示を出す側のほうも「興奮」していて、自分をコントロールしきれていないことが多い、というのは言えると思います。
ただ、トレーニングと経験で、ある程度は、対応できるようになる場合が多い、というのも確かです。
じゃないと、救急の専門家ばかりがいるわけではない夜間の当番医の救急医療が成り立つわけもない(本当に成り立っているのかどうかには、異論もあるでしょうけど)。
冒頭のエントリの内容は、id:zeromoon0さんが指摘されているように、「人の命にかかわるかもしれない現場を知っている人」と「そういう経験に乏しい人」の温度差が伝わってくるものでした。
ただ、だからどちらかが正しいとか間違っている、というわけではなくて、「赤の他人」さんは、この状況に経験上かなりのリスクを感じていたのではないか、ということなのです。
「赤の他人に親切な人」というよりは、「そういう状況への対応を仕事にしている人」だったのかもしれません。
もちろん、そうじゃなくて、純粋に「ものすごく親切な人」の可能性もあります。
増田さんが、赤の他人さんの言葉のキツさや舌打ちに不快感を抱いたのも理解はできます。その現場は、増田さんや駅員さんにとっては「よくある、ちょっと気分が悪くなった人がいる風景」だったけれど、赤の他人さんには「戦場」だった、ということもありえます。
お互いの状況認識が違うことによっておこる諍いは、珍しいことではありません。
患者さんの状態が急速に悪化しているのに「ま、ちょっと熱が出たくらいだから」とのんびり構えている研修医に「お前、何を診ていたんだ!」と激怒する指導医、なんていうのは、よくある光景です。そういうことが少なからずあるからこそ、指導医という制度が存在しているのです。
医療の現場の場合には、スタッフもみんな「プロである」という自覚と責任が求められるのが当然でしょう。
でも、こういう公共の場では駅員さんも警備員さんもオロオロしてしまうのは致し方ないところはあるし(みんながそんなに場数を踏んでいるわけではないし、そういう現場で、一歩前
に出るというのは、ちょっと講習を受けただけでは、誰にでもできることではないのです)、増田さんは「善意のふつうの人」だっただけなんですよね。
そこで、「赤の他人さん」を目の当たりにして、「正しいことをしているからといって、偉そうにしている人」だと感じたかもしれませんが、赤の他人さんは上から目線で人をみているわけではなくて、突然のミッション発生にアドレナリンが出まくっている状態だったのだと思われます。
だから、増田さんは、あんまり悪く解釈する必要はなくて、「赤の他人さんも興奮・緊張していたんだな」「妊婦さんもそんなにひどい状況じゃなさそうで安心した」ということで、あとは温かいお風呂にでも入って眠って忘れてしまうことをお薦めします。そういう事例で、「人助けをする人は、完璧な態度でふるまわなければならない」なんてハードルを上げても、誰も得しないじゃないですか。
念のため書いておきますが、僕は命がかかった医療の現場だからといって、医療のプロによる慢性的なパワハラが(無意識にせよ)許されるとは考えていません。
2020年にけっこう話題になったこの本でも、医療の世界の「有能だけれど、ストレスのかかる現場になると、周囲にパワハラをしてしまう人」の話が出てきます。
この本によると、どんなに有能な医師であっても、その人が周囲に罵声を浴びせたり、きつくあたったりすることによって、そのグループ全体が受けるダメージ(離職やモチベーションの低下など)は、その人がもたらすメリットよりも、ずっと大きいそうです。
そして、「あの人はそういう人だから」と諦められがちなパワハラ気質、みたいなものは、本人に改善の意思があり、周囲がきちんと指摘しながらトレーニングを続けていけば、何か月、という単位で顕著に変えることができ、チームにとってプラスの影響を与えるということでした。
ほとんどの有能な人は、「パワハラをしないと力を出せない」わけではないのです。ちなみに、パワハラをしなくてすむようになると、本人の幸福度も上がるそうです。
どういう状況にも(たとえば戦場とかリング上のボクサーとセコンドとか)あてはまるのかはわかりませんが、こういうことも知っておいて損はないかと思って書きました。
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