いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

2018年9月26日。広島カープが、セ・リーグ3連覇を決めた夜に。


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 ついに、ようやく、カープセリーグ三連覇が決まった。
 野村克也監督がよく「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と言っているのだけれど、今年のカープに関していえば、順位表でみるほどの「独走」という感じは全くなかった、というのが正直なところだ。
 去年の優勝の立役者となったピッチャー・薮田が前半戦から絶不調で出れば打たれ、ローテーション入りを期待されていた高橋昴也は今一つ伸びず(それでも、去年より確実に前進している、とはいえるのだが)、中村佑太は一時期素晴らしかったのだが、怪我もあってなかなか立ち直れず、岡田も良いときは良いのだけれど突然めった打ちされる習性は変わらず。野村祐輔も途中で離脱している期間があったし、先発投手で、大瀬良大地とジョンソンだけが安定していた、という印象だ。九里は今年もきついところをよく埋めてくれたと思うけど。
 リリーフも、今村、一岡らに勤続疲労が出てきて、ジャクソンもいまひとつ、中崎は「負けない」けれど、絶対的な守護神という感じでもなく、毎試合ハラハラさせられた。もし途中でフランスアが彗星のごとくセットアッパーとしてハマらなかったら、アドゥワ誠がブレイクしなかったら、この順位にはいられなかったのではなかろうか。
 アドゥワみたいに一気に壁を超えてしまう選手がいるかと思えば、福井優也中村恭平は「相変わらず」としか言いようがない。あと、毎年期待されてはトラブルに見舞われる戸田!どのチームにも、こういう選手というのはいるものなのだろうけれど、カープの投手陣に関しては、とにかく、大瀬良の頑張りと、リリーフ陣をうまくやりくりして乗り切った、という感じだ。
 個人的には、永川さんが期間限定的ではあったものの、復活して頑張ってくれたのが嬉しい。いやほんと、これからのプロ野球では、「とりあえず1ヵ月間は抑えてくれるリリーフ」みたいな存在が重要になってくるのではなかろうか。でも、フランスアとか、もうすでに勤続疲労が出てきているようにも見えるんだよね。
 あと、これだけ毎年外国人リリーフを補強しているにもかかわらず、なかなか安定した成績を残せる人がいないのだよなあ。

 打者では、丸選手の大活躍と怪我明けにもかかわらず、鈴木誠也選手が結果を出してくれたことに尽きる。
 あとは、ずっと「監督の贔屓起用、隙あれば野間!」とかカープファンから不満の声があがりまくっていた野間選手が、ついにブレイクしてくれたのは大きい。それも、丸選手が欠場していたところで、その穴をかなり埋める形で活躍してくれたのが。
 もともと足と守備には定評があった選手なので、打てれば文句はないわけで。
 カープの打線はすごかった、と言いたいところなのだけれど、菊池や田中広輔は今シーズンはけっこう不調だったし、安部の怪我や新井選手、エルドレッド選手の出場機会減少などもあり、3番丸、4番鈴木誠也、そして、チャンスに強い松山とバティスタの一発、会澤の決定力でなんとか接戦をものにしてきた。
 カープの試合は面白いのだけれど、圧勝や接戦でも盤石の投手リレーで危なげない勝利、という試合が少なかったともいえる。
 もしかしたら、他のチームが弱い時期なだけなのかもしれないな。
 でも、これでポストシーズン、大丈夫なのかね……



(ここまでが予定稿。9月23日から準備しておりましたが、なかなか出番がなく……)



(以下、今日の優勝決定と胴上げ直後に書いています)



 新井さんがファーストを守っていた。ベンチからは選手たちが、飛び出すタイミングを待っていた。
 そして、中崎が三振をとって試合を決めた。


「ついに広島に訪れた歓喜のとき!」


 優勝って、不思議なものだ。
 これで3連覇、3年も続けて、なのに、こんなに、いろんな気持ちが溶けていくものなのか。
 この数試合のカープの不甲斐ない試合っぷりに、こんなので優勝したって、CSが思いやられるだけだ、と冷めきった気分になっていたはずなのに。
 
 なんというか、ああ、いま、この瞬間、まだ生きていてよかったなあ、と、心から思う。
 僕は半世紀近く生きてきたのだけれど、思えば、人生において、贔屓のプロ野球チームの胴上げを、テレビの画面越しとはいえ、リアルタイムで観られる機会なんて、そんなにたくさんあるわけじゃない。
 巨人やソフトバンクのファンじゃなければ、なおさら。
 一昨年、カープが25年ぶりに優勝するまでは、僕はこのままカープの優勝をもう一度観ることなく死ぬのかな、と思っていたのだけれど、そこから、3年連続なんて、本当に夢のようだ。これが夢なら、『マトリックス』みたいに機械に脳を吸われていてもいいから、ずっと醒めないでほしい。
 

 しかし、10対0か。勝つときって、こういうものなんだな。
 打球がイレギュラーしたり、ピンチでダブルプレーをとれたり、本当に、憑き物が落ちたような試合になった。
 今日の試合、勝ち投手は九里だった。
 「きついところを埋めてくれた」脇役だった九里が、まさか、ここでこんな活躍をして「主役」になってくれるとは。
 ああ、でも、そうだよな、カープがここまで勝ってきたのは、個人の力だけではなくて、主力が怪我をしたり、調子を落としたときに、それを埋める選手がいてくれたのが本当に大きいのだ。

 去年、足を怪我していた鈴木誠也をおんぶして場内を一周していたエルドレッドに感動したのだけれども、今年も、歓喜の輪のなかに、ユニフォーム姿のエルドレッドの笑顔があった。エルドレッドはシーズン中盤からずっと二軍にいて、二軍でもそれなりの成績をあげていたにもかかわらず、外国人枠やポジションの関係で、ずっと一軍からは声がかからなかったのだ。
 それでも、エルドレッドは腐らなかった。


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 生粋のナイスガイ、「カントリー」ことエルドレッドは、二軍暮らしを余儀無くされながら、二軍で、チームのために自分ができることをやり続けていた。
 彼ほどの実績がある選手が、二軍で「干されて」いても、不貞腐れることもなく、全力でプレーしている姿を見せることは、他の二軍の選手たちのモチベーションを高め、良い影響を与え続けていたはずだ。

 新井さんも、今シーズンの後半は、バティスタや曽根など、外国人選手やまだチームに慣れていない選手にいつも最初に声をかけていたし、地味なチームプレーをいちばん褒めていた。試合の土壇場で送りバントを決めた堂林を真っ先に出迎えて笑顔で迎えていた姿が、僕にはとても印象的だった。チームの「プリンス」として期待され続けてきた堂林にとって、代打で送りバントというのは、けっして、嬉しい仕事ではないはずだ。だからこそ、新井さんは、そんな堂林を過剰なくらいに讃えたのだと思う。
 ムードメーカー、とはいうけれど、新井さんは、常に、カープというチームのために何ができるか、を追い求めていた人だった。
 「ムード」を作るのではなく、つねに自分でやるべきことをやり続けていた。

 阪神を退団したとき、新井さんは、一度、死んだのではないか。
 そして、余生を「拾ってくれたカープというチームのため」に尽くそうと決めたのだ。
 昨日のDeNA戦、0−2で負けていたときに、1アウト3塁で代打に出てきた新井さんの打席は、見ていて本当に感動した。
 エスコバーの150キロ台半ばの剛速球は、いまの新井さんには、当てるのがやっとにしかみえなかった。
 これは三振……あるいは内野ゴロかな……ちょっと打てそうにないな……
 僕はそう思ったのだ。
 ところが、新井さんは、エスコバーの球をひたすらバットに当てて粘り続けた。
 そして、最後の最後に、浅めの犠牲フライを放つことに成功したのだ。
 新井さんは、この引退間際の打席でさえも、少しでも良い結果を出してチームに貢献しようと、泥くさく、粘り強くタイミングをとりつづけ、最後に、自分の仕事をやってのけた。
 諦めずに少しずつ「ついていこうとする」姿勢で、不可能に思われたことを、可能にしてみせたのだ。

 菊池涼介は、優勝決定後の場内を一周する際に、胃がんの手術のあと二軍で調整をつづけている赤松選手のユニフォームを自分のユニフォームと一緒に身につけていた。


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 僕はこのエントリの「予定稿」で、個々の選手についてあれこれ書いたけれども、カープが優勝できたのは、他球団と個々の選手の力に差があったから、というよりは、「チームのためにやるべきことを、それぞれの選手が徹底してやろうとしたから」だったということに、今日、あらためて気づかされた。


 今日、九里がこんなに素晴らしいピッチングをしたのは、これまで、谷間の先発に中継ぎに敗戦処理にと、ずっと「チームにとって必要だけど、きついわりには見返りが少ない役割」を果たしてきた男への御褒美なのかな、とも思う。
 そして、こんなに点差がついたからこそ、最後、新井さんはファーストを守ることができた。

 
 たぶん、明日になったら、「カープは優勝したけど、やっぱり仕事はきついし、いろいろとめんどくさいことばっかりだなあ」って、僕は愚痴を言うだろう。
 でも、生きていて、こんなふうに、「自分には直接関係ないのに、いや、関係ないからこそ、純粋に悦びに浸れる夜」というのがあるのは、きっと、素晴らしいことだ。


 カープというチームは、勝てば勝つほど、選手たちの価値が上がり、金銭的な制約や他球団からの評価の上昇により、バラバラになっていきやすい宿命を背負っている。
 このチームに、こんなに素晴らしい選手たちが同じ時代に揃うことは奇跡的だし、僕は、「常勝軍団」を願いつつも、「別れの予感」に怯えている。
 だが、世の中に永遠というものが無いのであれば、今日の夜くらいは、後のことは考えずに、いまを喜んでいたいし、それが許されるのではないかと思う。


 優勝って、何回みても、いいものだな。生きていてよかった。


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