いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「西村京太郎化する東野圭吾」とか書いてしまったのだけれど、「トラベルミステリー以前」の西村京太郎は凄かったんだよ本当に。

blogos.com


BLOGOSさんに転載された際に、「西村京太郎化する東野圭吾の量産」という紹介文がつけられていて、確かに僕もそういうことを文中に書いているんですよね。
おそらく、こういう刺激的な紹介文をつけてくれているからこそ、けっこう読まれたのではないかという気がするのですが、これ、内容的には、ミステリのネタバレもできないし、なんかムニャムニャ、モゴモゴと東野圭吾さんの粗製濫造感について書いている、というもので、僕としても、「公開するかどうか迷った感想」ではあったのです。


ただ、この文章だと「西村京太郎化」=「オワコン化」っぽいし、僕が西村京太郎さんを侮辱していると受け取られても致し方ありません。
それはそれで、30数年来の西村京太郎愛読者としては、本意ではないというか、悲しいところもあるわけです。
最近はずっと、「トラベルミステリーツクール」を利用しているのではないか、あるいはAIが書いていてもわからないのではないか、という感じの西村京太郎さんなのですが、若かりし頃の西村京太郎さんって、けっこういろんなミステリを書いておられるんですよ。
僕は「トラベルミステリー以前」の西村京太郎さんの作品が大好きなのです。
正直、2018年に読むと、さすがに「古い」部分は否めないと思うのですが、30数年前の僕は西村京太郎さんの初期作品にハマっていたのです。
初期の西村京太郎さんの作品には、松本清張さんのような「社会派」の作品があったり、アガサ・クリスティのような意外なトリックが駆使されていたり、名探偵のパロディものまであるんですよ。
東野圭吾さんのことを語る際に、西村京太郎さんの名前を出したのは、東野さんもまさに初期はいろいろ挑戦的な作品を書いておられていて、僕はそういう作品が好きだった、というのもあるのです。


というわけで、西村京太郎さんのお薦め初期作品について語ってみます。


(1)天使の傷跡(1965)

天使の傷痕 (講談社文庫)

天使の傷痕 (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
武蔵野の雑木林で殺人事件が発生。瀕死の被害者は「テン」と呟いて息を引き取った。意味不明の「テン」とは何を指すのか。デート中、事件に遭遇した田島は、新聞記者らしい関心から周辺を洗う。どうやら「テン」は天使のことらしいと気づくも、その先には予想もしない暗闇が広がっていた。第11回江戸川乱歩賞受賞作。


 この作品で江戸川乱歩賞を受賞したのですが、時代性というか、いま読むと「単に松本清張フォロワーだったのではないか」という気もしなくはないです。
 西村さんって、仕事を転々としてきた苦労人ですし、ある種の「憤り」みたいなものが伝わってきて僕はけっこう好きな作品なんですが。



(2)D機関情報(1966)

新装版 D機関情報 (講談社文庫)

新装版 D機関情報 (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
第二次大戦末期、密命を帯びてヨーロッパへ向かった海軍中佐関谷は、上陸したドイツで、親友の駐在武官矢部の死を知らされる。さらにスイスでは、誤爆により大事なトランクを紛失。各国の情報機関が暗躍する中立国スイスで、トランクの行方と矢部の死の真相を追う関谷。鍵を握るのは「D」。傑作スパイ小説!


 西村京太郎のスパイ小説というのは、ちょっと意外な感じかもしれませんが、緊張感あふれる面白い作品なんですよ、これ。ラストもなかなか印象的でした。当時は、フレデリック・フォーサイスみたいだ、と思いながら読んでいたのですが、実はフォーサイスの一連のスパイ小説のほうが後に書かれているんですよね。



(3)名探偵なんか怖くない(1971)

新版 名探偵なんか怖くない (講談社文庫)

新版 名探偵なんか怖くない (講談社文庫)

内容紹介
三億円事件で殺人が!? 4大探偵の推理合戦! 「三億円事件を再現してお見せしよう」真犯人逮捕のために大富豪が入念に計画した推理ゲーム。クイーン、ポワロ、メグレ、明智といった往年の名探偵たちは抜群の能力を競い合う。だがクリスマス・イヴに予想もしなかった殺人事件が! 驚天動地のトリックが圧巻の西村ミステリー。


 クイーン、ポワロ、メグレ、明智小五郎がそろい踏みして推理合戦をするという「名探偵パロディもの」なのですが、僕はむしろ、この作品からポワロやメグレの作品に興味を持ったんですよね。さすがに今読むと古い感じもしますが、古典ミステリへの入り口としては、今でも十分に機能するのではないかと思います。というか、遊び心、みたいなものが伝わってくる、大好きな作品です。しかしこれ、それぞれの原作者に許可をとったのだろうか、このクラスの探偵になると、記号みたいなものだから、好きに利用してもOKなのかな……『大逆転裁判』にも、ホームズさん出てきますしね……



(4)殺しの双曲線(1971)

新装版 殺しの双曲線 (講談社文庫)

新装版 殺しの双曲線 (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
差出人不祥の、東北の山荘への招待状が、六名の男女に届けられた。しかし、深い雪に囲まれた山荘は、彼らの到着後、交通も連絡手段も途絶した陸の孤島と化す。そして、そこで巻き起こる連続殺人。クリスティの『そして誰もいなくなった』に挑戦した、本格ミステリー。西村京太郎初期作品中、屈指の名作。


 この本、最初に「双子トリックを使っています」って明記してあるんですよね。
 そういうミステリは珍しいので、ちょっと驚きました。
 今読むとちょっと古い感じはするのですが、クリスティの名作『そして誰もいなくなった』をもう一度読み返してみたくなりました。



(5)消えた乗組員(1976)

消えた乗組員(クルー) 新装版 十津川警部 (光文社文庫)

消えた乗組員(クルー) 新装版 十津川警部 (光文社文庫)

内容紹介
内容紹介
海を漂う幽霊船の謎に十津川警部が挑む!
魔の海で発見された大型クルーザーに乗っていた9人はどこに消えたのか


「魔の海」と恐れられる小笠原諸島沖合いの海域で行方を絶っていた大型クルーザーが発見された。船内には人数分の朝食が用意されたままで9人の乗組員は残らず消えていた。幽霊船の真相究明が始まると、発見者のヨットマンたちが次次と怪死をとげ、傍には血染めの召喚状が……。十津川が海の謎に挑む長編推理。


 十津川警部が海難事故に挑む作品なのですが、この作品そのものよりも、下敷きにされている「マリー・セレスト号事件」の話がずっと気になり続けているんですよね。
 

メアリー・セレスト - Wikipedia

 

(6)華麗なる誘拐(1977)

華麗なる誘拐 (講談社文庫)

華麗なる誘拐 (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
日本国民全員を誘拐した。身代金五千億円を支払え―首相官邸に入った一本の電話。「蒼き獅子たち」と名乗った男は、三日後に人質を殺すと通告した。果たして、新宿の喫茶店で若い男女が死亡した。死因はシュガー・ポットに混入された青酸カリによる中毒死。偶然現場に居合わせた私立探偵・左文字進と妻の史子は、捜査に協力することに。だが、警察をあざわらうかのように、北海道で男が殺され、さらには福岡空港を離陸したばかりの飛行機が爆破された!犯人の狙いは?左文字は犯人にたどりつけるのか。


 日本国民を全員誘拐!
 実際にこれを参考にした犯罪も起こったと言われている作品なのですが、まあなんというか、最初にこれを読んだときには「やられた!」という感じでした。このトリック、西村さんがルーツなのだろうか。だとしたらすごい発想力だよなあ。



(7)終着駅殺人事件(1980)

終着駅(ターミナル)殺人事件 (光文社文庫)

終着駅(ターミナル)殺人事件 (光文社文庫)

内容紹介
青森県F高校の男女七人の同窓生は、上野発の寝台特急ゆうづる7号」で、卒業後七年ぶりに郷里に向かおうとしていた。しかし、上野駅構内で第一の殺人。その後、次々に仲間が殺されていく――。上野駅で偶然、事件に遭遇した亀井刑事は、十津川警部とともに捜査を開始した。累計一六〇万部の栄光! 第34回日本推理作家協会賞に輝く、愛と郷愁の国民的ミステリー!


 トラベルミステリーを確立したとも言われる作品。まあ、ひとつくらいはトラベルミステリーも入れて良いかな、と。
 高校で同級生だった男女七人がどんどん殺されていくという、「そして誰もいなくなった方式」のミステリなのですが、終着駅に近づいていく列車と登場人物がどんどん減っていく切迫感がたまらない。ちょうど僕も高校生くらいのときに読んだので身につまされた……と言いたいところなのですが、男子校だったので、「こういうことに巻き込まれそうもなくてよかった!」とか、ちょっと思っていました。



(8)十五歳の戦争 陸軍幼年学校「最後の生徒」(2017)

内容紹介
昭和20年4月1日。少年・矢島喜八郎、のちの作家・西村京太郎は、エリート将校養成機関「東京陸軍幼年学校」に入学した。8月15日の敗戦までの、短くも濃密な4か月半。「天皇の軍隊」の実像に戸惑い、同級生の遺体を燃やしながら死生観を培い、「本土決戦で楯となれ」という命令に覚悟を決めた――。戦時下の少年は何を見て、何を悟ったのか。そして、戦後の混乱をどのように生き抜いて作家となったのか。本書は、自身の来歴について、著者が初めて書き下ろした自伝的ノンフィクション。いまこそ傾聴したい、戦中派の貴重な証言である。


 これは最近かかれた自伝なのですが、あらためて考えると、西村京太郎さんの初期作品には、太平洋戦争や終戦直後の日本と、その日本を忘れようとしているかのような海外ミステリの紹介が入り混じっているんですよね。



 僕自身、近作はあまり手に取ることはなくなった西村京太郎さん。
 世間的には「トラベルミステリーばっかり書いて稼いでいる人」のように思われているかもしれませんが、少なくとも1970年代くらいまでは、いろんなタイプの作品をエネルギッシュに書き続けていた人なんですよ。
 時代が「トラベルミステリー」だけを求めたのか、本人が、もうこれでいいや、と思ってしまったのかはわかりませんが、もっといろんなものを書けた人なのに、と残念な気持ちはずっと持っているのです。
 今はもう、現役で書きつづけているだけでも十分すごいのだけれども。


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