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地味にすごい! 中公新書でオススメしたい10冊

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 先週末、この記事を見つけました。
 『応仁の乱』がベストセラーとなっている中公新書なのですが、正直、なぜ『応仁の乱』がこんなに売れているのだろう?と疑問に感じてはいたのです。
 内容がたいしたことない、というわけではなくて、日本の歴史のなかで、応仁の乱そのものはかなり知られていて、日本史で、「人の世虚し(ひとのよむなし:1467)応仁の乱」という語呂合わせを覚えた人は多いはずだし、「京都では『このあいだの戦争』、といえば、太平洋戦争じゃなくて、応仁の乱のことだ」なんていう嘘か本当かわからないような話を聞いたことがある人も少なくないでしょう。
 とはいえ、なぜ、その『応仁の乱』を題材にした新書がこんなに売れているのか?
 みんなそんなに『応仁の乱』に興味があったの?


 この『応仁の乱』という新書には、「中公新書」らしさが詰まっているのです。

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 この新書では、その「応仁の乱」の勃発から収束までが丁寧に説明されており、僕も「これを読んで、ようやく『応仁の乱』がどういうものだったのか、わかったような気がした」のです。
 正直なところ、あまりにも複雑怪奇というか、敵と味方が入り乱れ、入れ替わったりもしており、最後まで読み終えた時点で、最初のほうはもう忘れている、という感じではあるのですけどね。


 この「丁寧に説明されている」というのが、中公新書の特長だと思うのです。
 僕はけっこうたくさんの新書を読んできたのですが、中公新書というのは、岩波新書の次くらいに「お堅い新書」というイメージです。
 レーベルで「学術寄りかエンタメ志向か」をまとめると、

【より学術的】
岩波新書


中公新書ブルーバックスちくま新書


講談社現代新書NHK出版新書


〜〜〜〜〜〜〜


新潮新書、文春新書、光文社新書集英社新書、角川新書、朝日新書星海社新書、マイナビ新書


幻冬舎新書、SB新書、宝島社新書、扶桑社新書
【よりエンタメ志向】


 学術的だから良いとか、エンタメ志向だから悪いとか言うつもりは、全くありません。
 個人的には、面白い人が面白い体験を語ってくれる新書が大好きなので。
 ちなみに「〜〜〜」より下のレーベルには、個人的に「良作もあるけれど、有名人が何時間か適当に話したことをライターさんが適当にまとめて一冊の本にしたような新書や、学術的に怪しい内容を著者の主張を鵜呑みにして(たぶん、編集者だって「これはちょっと怪しい」と知っているはずなのに)出している「地雷新書」の割合が多いと感じています。ただし、「読みやすくて、面白い新書」もたくさん含まれています。
 新潮新書とか、「玉石混淆」って感じだものなあ。
 

 話が脱線しまくっていますが、中公新書って、「そのジャンルに精通した人が、学術的な根拠をもって書いている新書」が多いイメージがあるのです。
 正直、「内容が小難しくて、字も多くて詰まっていて、岩波新書ほどではないとしても、敷居が高い」感じがしますし、本によっては、著者の思い入れや自己陶酔が溢れすぎていて、読みにくいものもあるのですが、「中公新書の歴史ものと人物もの、地域ものにはハズレが少ない」と思います。
 著者も、岩波新書ほどの「権威」でも、幻冬舎新書ほどの「有名人」でもない、僕とそんなに違わないくらいの30代から50代くらいの「そのジャンルでいま活躍している、現役の研究者」が起用されていることが多いんですよね。
 そういう研究者たちが、わかりやすく、「現在の知見」を披露しているのですが、編集者にも「読者になるべくわかりやすくする、でも、わかりやすいだけ、センセーショナルなだけの内容にはしない」という意識があるのが伝わってきます。
 要するに、「ちょっとお堅いけれど、ものすごく誠実な新書」なんですよ、中公新書って。書店で緑の表紙を手にとるたびに、「ちょっと読むのに時間がかかりそうだな……」って思うのだけれど、がんばって読んでみると「時間のムダ」にならないものがほとんどです。
 岩波新書の場合は、けっこう「確立された権威」である高齢の著者が多いこともあり、「内容に興味はあるのだけれど、文章や文体の古さについていけない……」と感じることも多いのだよなあ。


 さて、前置きが長くなりすぎましたが、そんな「地味にすごい」中公新書のおすすめを御紹介していきます。歴史ものと人物ものが多いです。「僕が実際に読んだもの」から選んだので、「これが入っていない!」というのは、むしろ教えていただけると助かります。
 

(1)科挙―中国の試験地獄
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「人類史上もっとも難しい試験」といわれる「科挙」の制度を、科挙の最晩年の清の時代の制度に沿って、「各地域の予選」である「県試」から、「府試」「院試」、「各省単位の予選」である「科試」「郷試」「挙人履試」、「首都・北京で行われる本選」である「会試」「殿試」まで、さまざまなエピソードを交えながら、ひたすら辿っていく本なのですが、ものすごくドラマティックな話が紹介されたり、「著者の科挙に対する個人的な意見」が語られたりしている部分はほとんどありません。
読みながら、ちょっと無味乾燥だな、という気分になるところもあります。
読み終えてみると、そういう「研究者としてなるべく正確に歴史を伝えること」に徹しているからこそ、この本は50年近くも読み継がれてきたのだな、ということがわかるのですけど。



(2)パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地
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この本を手にとって、僕はすっかり、パタゴニア大自然に魅せられてしましました。
書店などで少しめくってみていただけれればわかっていただけると思うのですが、とにかく、パタゴニアは「青」が印象的な場所なのです。
僕たちがふだんイメージする「青空」って、「水色」だけれど、パタゴニアの空は、本当に「青い」。
そして、氷河には、透き通った碧さがあります。
夜の闇も、しっかりと深い。
ここで観る星は、本当に綺麗だろうなあ、と想像せずにはいられません。



(3)人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか
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 彼らの走力の高さのどこまでが「先天的」なもので、どこからが「環境の影響」なのか……
 結論としては、「わからない」としか言いようがないのです。
 同じ環境において、「人体実験」するわけにはいかないのだから。



(4)田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像
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「コンピューター付きブルドーザー」などと言われた田中角栄という人の仕事ぶり、そして、人の心をつかむ力に圧倒されてしまいます。
 実行力があって、人情にも通じている、そして、「掃除のおばさん」にこそ、気を配る。
 その一方で、政治を利用して、自らの「カネづくり」にも余念がなかったんですよね。
 田中角栄という人は、どこまでが「優しさ」で、どこからが「野心」や「処世術」だったのだろうか……



(5)うわさとは何か
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 この新書のなかで、とくに僕の印象に残ったのは、以下の部分でした。

 かつてメディア論の祖、マーシャル・マクルーハンが「メディアはメッセージ」という言葉で端的に表現したように、伝達「手段」として、あるいは、透明な媒体としてみなされがちなメディア自体もまた、メッセージ=伝達「内容」である。
 このようなエピソードを紹介しよう。
 太平洋戦争の終戦近く、米軍が日本各地に戦況を伝える宣伝ビラを散布するようになる。とくに説得力を持ったビラは、次の空襲目標とその予定日を事前に知らせるものであった。
 ビラの伝える予告が「実現」するにつれ、米国の宣伝ビラの信憑性は増していく。加えて、ビラというメディア自体が持つメッセージも内容の信憑性を増すことに貢献した。ある女性はビラについて次のように回想する。

 母は、アメリカが世界中の原料をすべてもっているにちがいないと申しました。私がビラを母に見せたところ、母は、「見てごらん、ビラをまくのにこんな立派な紙を使ってるなんて」と申しました。 
                  (川島高峰『流言・投書の太平洋戦争』)

 ビラに何が書かれているかは問題ではない。メッセージはビラの紙質にあるのだ。ビラの紙質は、書かれている内容以上に雄弁に米国の豊かさ、そして日本の戦況が芳しくないことを伝えたのである。
 うわさはその「内容」だけで成り立っているのではなく、それを伝える「形式」――口頭で広まるのか、電話が使われるのか、インターネットなのか、テレビ番組で取り上げられるのか、それらすべてのミックスなのか――と切り離すことができない。どのメディアでどのように伝えても同じ、というわけではないのだ。ゆえに、多様なメディアが存在する今日のうわさを捉える上では、「内容」だけではなく、「形式」、言い換えればメディアの側からもその特徴を考える必要がある。


(6)四大公害病 - 水俣病新潟水俣病イタイイタイ病四日市公害
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「公害」は、けっして、過去の話ではありません。
 そして、日本だけの問題でもないのです。
 「四大公害病なんて、昔の話」だと思っている人にこそ、ぜひ読んでみていただきたい新書です。



(7)ビスマルク - ドイツ帝国を築いた政治外交術
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 後世からみれば「大きな成功を収めた」ビスマルクなのですが、著者は、その政治人生が良く言えば「臨機応変」、悪く言えば「場当たり的」だったことを紹介していくのです。
 いまの日本に生きている僕は、これを読んで、ビスマルクって、中曽根康弘元総理っぽいタイプだったのかな、と感じました。
 中曽根さんも首相在任中は「風見鶏」とか「田中角栄さんに頭が上がらない」なんて言われていましたが、後世からの評価は「大物保守政治家」なんですよ。
 ある人物の「歴史的評価」というのは、必ずしも、リアルタイムの印象とは一致しないのです。
 アメリカのレーガン大統領も、在任中は「元ハリウッド俳優の強気なオッサン」だったのに、今は「アメリカが良かった時代の象徴」みたいな扱いになっていますし。



(8)中曽根康弘 - 「大統領的首相」の軌跡
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「オンボロみこし」として担がれたはずの中曽根さんは、日本の首相としては珍しく、1800日以上の任期(1年の自民党総裁任期の延長含む)を全うしました。
 時代に恵まれた面はあったにせよ、日本にとって、稀有な政治家であったことは間違いなさそうです。


 著者は、さまざまな史料にあたると同時に、中曽根さん本人にも29回ものインタビューを行ない、この新書を書き上げています。
 本人の見解にとらわれすぎると、偏った見かたになるおそれもあるので、と、史料から、同時代人の証言も集め、慎重な記述を心がけたそうです。
 まだ存命の人ではありますが、この新書は、中曽根康弘という「不思議な名宰相」を後世の人が知るために比較的気軽に読める、格好のテキストだと思います。



(9)研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用
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 世の中には、信じられないような不正をする人もいて、この本のなかで紹介されている事例のなかには、苦笑してしまうようなものもあるのです。

・マウスの背中をフェルトペンで塗ったサマリン
・他人の論文を盗んでは、自分の名前に変えて投稿したアルサブチ
・自分で埋めた石器を自分で発掘したSF

 最後の「石器ねつ造事件」なんて、発覚したときには驚いたというより、呆れてしまいました。
 でも、新聞社が証拠の映像を撮影して告発するまでは、SF氏は「神の手」なんて呼ばれていたんですよね。
 ひとりのねつ造者のおかげで、日本の古代史が変わってしまうところだったのに、みんな、なかなか気づくことができなかった。


(10)ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か
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 「ポピュリズム」という言葉、トランプ大統領の誕生という大きな「事件」もあり、多くの人が聞いたことがあるはずです。
 僕は「ポピュリズム」=「衆愚政治」ということで、「扇動者が無知な大衆を操作して、好き勝手なことをやる『悪い政治』」だと思っていたのです。
 でも、この新書を読んでみると、「ポピュリズム」というのは、そんな単純なものではないし、「悪」とも決めつけられない、と感じました。
 この新書、「ポピュリズムは悪いこと」というのを「前提」にせずに、すごく誠実に「現在の民主主義が抱えている矛盾とポピュリズム」について検討しているのです。



 というわけで、駆け足で紹介してきましたが、本当はこの倍くらい挙げたいところではありました。
 著者の主張を読者に押しつけるのではなくて、著者が思い悩んでいる姿が浮かんでくるのが伝わってくる「地味にすごい!」中公新書、ぜひ一度、手に取ってみてください。

(僕から中公新書へのお願いとしては、もう少し電子書籍化のペースを早くしてほしいです。ここに書いても伝わらないとは思うけど)



応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

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