いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

或る「貼り紙系の店」での出来事

 先日、家から比較的近い中規模書店(そんなに広くはないけれど、岩波新書の新刊が並んでいるくらい、と言えば、なんとなくどのくらいの大きさなのか、わかる人にはわかるのではなかろうか)を訪れました。
 マンガはそんなに読まないのですけど、桜玉吉先生の新刊『伊豆漫玉日記』が出たということで、マンガコーナーに探しに行ったんですよ。
 探している本がなかなか見つからず、でもこのくらいの書店なら、どこかにあるんじゃないかなあ、と、なんとなく探し続けていたのです。
 結局、見つからなかったんですけど。


 ブラブラしているうちに、その書店のマンガコーナーが、すごく物々しい雰囲気であることに気づきました。
 「万引きするな!」「カバーを外すな!」「勝手に包装を破ったら買い取ってもらいます!」「万引きは警察に通報します!」などの貼り紙が、本棚のあちこちにベタベタと。
 貼り紙で、棚の書名が見えないところもあるくらいです。
 僕は書店の現状についてもネットや書物経由で耳にしているので、最初のうちは「そうだよね、どんなに頑張って売っても、一冊万引きされたら赤字になっちゃうような商売だものなあ」なんて同情しながら、それを見ていたのです。
 でも、この店のマンガコーナーの貼り紙はあまりにも多すぎた。
 マンガコーナーだけ、なんですけどね。


 こういう「貼り紙系」の店って、街の名物みたいな感じで、ときどきみられますよね。
 どこまでが「計算」なのか判断がつきかねるけれど、いっぱい貼り紙しているから異常、って決めつけるようなことでもないだろうし。
 そもそも、ああいう「貼り紙系」の店って、やっている側も、半ば「宣伝」としてやっているのではないか、とも思っていたんですよ。
 誰も目に留めないような商店街の自転車店が、長年の「数多の貼り紙」で知られている、なんて例も僕の地元にはありましたし、貼り紙に俳句や謎のキャッチコピー、おやじギャグみたいなのが書かれていると、これもまた店と客とのコミュニケーションのひとつの形なのか、とも思えてきます。


 その書店には、某マンガの作者へのメッセージみたいな貼り紙もあり、苦笑しながら、「これ、もしかしてSNSとかで拡散されて話題になることを狙っているのだろうか?」って思ったんですよ。
 僕も「携帯で写真とってみようかな」という衝動に駆られたのですが……
 
 
 そのとき、一枚の貼り紙が目に留まりました。
「写真撮るな!こっちは必死にやってるんだ!」


 ああ、面白がって写真撮ってTwitterで拡散しなくてよかった……でも、こういうのが書いてあるってことは、実際にこういう貼り紙だらけの店内をSNSで拡散した人がいたんだろうなあ……


 しかし、こんなにあちこちに「客への注意や恫喝」が書かれていたら、「本を買う」という行為であっても、この店に関わるのは避けたくもなるよなあ、しかも「真剣」なら、なおさら……と、何か見てはいけないものを見てしまったような気持ちになって、僕は早足でその店を出たのです。


 万引きで困っているのはわかるけど、ここまでやっては、本をゆっくり見たい、万引きなんてするつもりもない客も平常心ではいられないし、タチの悪い人はバカにしてSNSで拡散もするだろうし、何も良いことなさそうなんだけど……何人も店員さんがいそうな規模の書店なのに、どうしてこうなった……
 街中の「貼り紙系」みたいに「これで話題になってるんですよ!」みたいな「戦略的貼り紙」だったら、僕もこんなどんよりとした気分にはならなかったのに。


 この体験で痛感したのは、世の中では「真剣にやっている人」の「真剣さ」がSNSで拡散され、嘲笑されるという事例が少なからずあって、僕自身もそういうのに無自覚に加担しているのではないか、ということでした。
 その一方で、同じようなことをやって、拡散されて喜んでいる人もいるわけで、まあなんというか、なんとも言いようがない、というべきか。
 この事例では「拡散されたくない」と表明されていて助かった、とも考えられます。


 書店もPOPなどで、「顔の見える書店員」アピールしていることが多いですよね、最近は。
 僕はそういうところで「POP本」を手にとるとき、「このPOPを書いた人が近くにいない」ことを確認してしまいます。
 だって、「これにつられて手に取りました」って、お互いになんとなく気恥ずかしいじゃないですか。
 書店で「本屋に関する本」とか買うのも苦手です。
 40過ぎても自意識過剰だな本当に。


 この「貼り紙系書店」に関しては、郊外で高齢者がやっている「よく生き残っているな、と言いたくなる『ノルウェイの森』のミドリの実家のような書店」ではなくて(そもそも、ミドリの実家の書店でさえ、もう40年くらい前に閉店しているのだし)、ショッピングモール内の中規模書店だっただけに、けっこう衝撃的だったのです。
 この貼り紙、ネタじゃなくて、ガチなのか……でも、本当にそうなら、店の誰かが止めたほうが良いんじゃないか……
 

 困っていることを「困っている」って(その人なりに)真剣にアピールすればするほど、その極端にみえる必死のアピールがネタとして拡散され、消費される。
 あるいは、それが話題になって、嘲笑目的でも人がたくさん来たり、商売繁盛につながる、というのは、なんだかとても歪んでいるような気がするのです。
 現実世界で貼り紙だらけの店を見たからといって、面識もない人に「精神科に行け」って言うようなことじゃないし(ネットでは、そういうことを言いたがる人もいるだろうけど)。


 こういう万引きに困っている書店はたくさんあると思うのだけれど、他の店はどうしているのだろうか?
 この店は極端な例だとしても、「万引きするな!」っていう貼り紙は、それなりに効果があるのだろうか?


 正直、もう極力Amazonにしようかな、あれこれ考えなくて済むし、とか考えてしまう出来事でした。
 必死になればなるほど、周りから人が離れていくっていうのは、「貼り紙系の店」に限った話じゃないのだろうけど。


fujipon.hatenadiary.com

伊豆漫玉日記 (ビームコミックス)

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